新世界より
赤ん坊になって何日か経った。多分、三日か四日だと思う。
時計が見れないのって辛い。基本は腹時計と窓からの光で判断してる。
ちなみにお父さん(仮)はあれから帰って来ていない。私は預けられたか、捨てられたか。
別にどっちでも良いかな、女の人が普通に世話してくれてるし、なんて考えながら呑気にミルクもらっていたら急展開。

ドアをノックする音が聞こえたと思ったら、返事を待たずにドアが開いた。誰だ誰だ〜?と視線を向けてみたら、入ってきたのはあの黒髪黒目の男の子だった。
相変わらず無表情な男の子を見て、そういえばこの男の子と女の人ってどういう関係なんだろう、と疑問に思う。
女の人は見た目30代前半だし、親子と考えるのが無難だろうか。でも、全然似てないんだよねこの二人。
男の子はお父さん似なのかなぁ、とここでミルクが飲み終わる。
ご馳走様です、と心の中でお礼を言うと女の人は私を男の子に差し出した。違う、押し付けた。

えっ、どうしたの?何なの、この状況。二人は何か喋っているけど、やっぱり理解できない。
なので自分なりに訳してみた。

「この子は今日からあなたの妹よ。抱っこしてあげて!」
「わーい!今日からお兄ちゃんだ」

こんな感じか。間違いないな。うん、絶対合ってる、きっとそうだ。
だから女の人が早く受け取れよ重いんだよ、って顔してるのも男の子が両手振ってすごい嫌そうな顔してるのも気のせい…………なわけないですよね。

男の子は渋々、私を受け取った。渋々、渋々だ。酷くない?そんなあからさまに嫌がることないだろうよ。
そして女の人としばらく話した後、彼は部屋を出た。もちろん私を抱えたまま。
なんか、たらい回しにされてる気分なんだけど。

***

どうやら男の子は母親と思われる女の人と一緒に暮らしていないらしい。

押し付け事件の後、私は男の子に抱えられて部屋を出た。そして驚いた。
今まで居た部屋がコンクリート造りの病院みたいな所だったとか、男の子が階段使わないで二階から飛び降りたとか、その他色々おかしいところがあったけどそれ以上に外の光景に驚いた。

一面ゴミだらけだったのだ。ポイ捨てレベルじゃなくて、テレビに出てくるようなゴミ屋敷レベルを遥かに凌駕するような言葉に表せないほどのゴミの量。
どこを見ても、当たり前のようにゴミが積まれている。なんだこりゃ、ゴミ捨て場?
一応、道らしきものはあるが歩道のように整備されているわけではない。とりあえずゴミ退けてみました〜、程度だ。
しかし男の子は躊躇うことなく進んでいく。

正直、自分が今まで居た建物がこんなゴミだらけの場所にあったという事実にはかなりのショックを受けた。
女の人が当たり前のようにあの部屋で過ごしているのも、男の子が当たり前のようにゴミに囲まれた道を通るのも、どこか全く違う世界での出来事に思えた。

ふと、男の子が立ち止まる。
相変わらず周りはゴミだらけだ。というか、もう絶対にこのゴミ山から抜け出せない気がしてきた。
どんなに遠くを見ても必ずゴミが視界に入る。なんか泣けてきた。

と思ってたら突然視界からゴミが消えた。代わりに映ったのは木製の小さなドアだった。
何それ!?何したの今!?男の子はまるで子供専用のようなその小さなドアを開けて中に入る。一人で暮らすなら十分な広さの薄暗い部屋だった。
家具も必要最低限で全く生活感がない。小さな窓の近くにある一人掛けのソファーに私を降ろした男の子はそのまま部屋を出ていった。

え…、だからさっき何したの…?と聞きたくても聞けない。というかいきなり置いていかれたわけなんだが。
とりあえず部屋を見回してみる。薄暗いのは明かりが点いていないからか。
今、この部屋を照らしているのは窓からの光だけで、窓は私が座っているソファーの近くの一つしかない。
他にあるのは質素なベッドに段ボールらしきものが三箱積まれている。椅子とテーブルに日曜大工で作ったような台の上にカセットコンロがあって近くにはクーラーボックス。
……トイレとかお風呂は?そもそも水道がないみたいなんだけど。あ、そっか、ここってゴミ捨て場の中にあるんだから水道はないのか。

でも、それにしては汚れていないというか、埃っぽくない気がする。まめに掃除しているのだろうか?
水さえ調達してくれば普通に暮らせそうだ。外はゴミだらけだけど。
よかったよかった、と少し前のめりになっていた体をソファーの背もたれに預けようとしたら違和感を感じた。

背中に何かある、と思ったら紙だった。
紙といってもプリントみたいなペラペラの紙ではなく、少し厚みがある。しかも一枚じゃなくて何枚か束になっている。
紙には数字が書いてあり、一番上に大きく『8』その隣に初めて見る記号のようなもの。
下には『8』より小さく『1〜31』の数字がマスに一つずつ書かれていた。そのマスは横一行に七つあって……あれ、これカレンダーじゃない?
やけに見覚えがある。多分カレンダーだ、いや間違いないこれは絶対カレンダー!と、よく分からないがなんだか嬉しくなった。時が正確に分かるものを見つけられたからだろう。しかしそれは更なる混乱を招くこととなった。

『8』と書かれた近くに四桁の数字を見つけた。

『1979』

……カレンダーに書いてある四桁の数字っていえば西暦じゃないの?

[pumps]