新世界より
転生はまぁ、いいとして過去ってどういうこと。

カレンダーを眺める私の顔は相当引き攣っているだろう。
実はこのカレンダーが30年近く前の物、っていう可能性も捨てきれないが限りなく低いと思う。
だってこれ明らかに新品だし、30年以上前の物ならどんなに保存状態が良くても黄ばんだりするんじゃないだろうか。
そもそもそんな昔のものをこんな風に放置する意味がわからない。つまり今は『1979』年、もしくはその後5年以内ってとこか。やっぱり新品だから79年で確定かな。うーん、微妙な気分だ。

まぁ、タイムスリップっぽい感じになっているのは一先ず置いておこう。
次の着目点は『8』の隣に書いてある記号だ。『8』は恐らく8月ということなんだと思う。
ということは、まさか隣の記号は『月』を意味しているのか。
いや、これ文字?言葉が理解出来ない時点で日本じゃないっていうのは覚悟していたけど、こんな文字使う国ってあるの?そりゃ世界で使われている文字を全部知っているわけじゃないけど。
しかも妙なのは、なんとなくこの文字に見覚えがあることだ。全く読めないし、知らないはずなんだけど、どこかで見た事があるような……なんでだろう。

「〜〜、〜〜〜〜」
「あっ」

手に持っていたカレンダーが無くなった、と同時に人の声が聞こえた。
目の前には例の男の子。彼にカレンダーを取り上げられたらしい。ええー、いつの間に部屋に?気配っていうか、音とか何もしなかったんだけど。
あの、返してくれません…?みたいな目で見つめてみたが普通に無視された。結局この子は何者なんだろう。
見た目はせいぜい中学生程度。二階から飛び降りたり、ゴミだらけの場所で暮らしていたり、いつの間にかドアの前まで行ったり、突然目の前に現れたり。
なんかすごいよこの子。絶対何か記録持ってる。
そんな不思議な男の子はどうやら水を取りに行っていたらしい。ペットボトルに入った水を使って何かやっている。
あの水は何処かで汲んできたというより店売りの新品のように見えるのが謎だ。女の人の所で貰ってきたとか?
でも(多分)何か訳あってこんなゴミだらけの場所で暮らしている人が、そんな簡単に新品の水を手に入れられるのかな。

暫く待っていたら、男の子が哺乳瓶片手にこっちへ来た。どうやら私のミルクを作ってくれていたらしい。
押し付け事件の時にとても嫌そうな顔してたいたから心配だったけど、一応お世話をしてくれる気はあるみたいだ。
命は繋がりそうだと安心してミルクをもらう。熱っ!?何これ!
予想外の高温ミルクに驚きすぎて思わず「アガーッ!!?」と叫んでしまった。違うだろ〜!と全身を使って暴れると男の子は不思議そうな顔をした。

とりあえず私はここでこの子と暮らすの確定っぽい。。
この部屋と様子を見る限り几帳面で真面目そうだし、一応生活面は大丈夫だろう。ただ人肌を知らないみたいだから、できれば女の人の所に帰りたい。

***

それから少し経って、中学生くらいの男の子にお世話をしてもらうという18歳の時の私ならありえない状況にも結構慣れてきた。
今の私は赤ちゃんだから、冗談抜きでこの子がいないと生きていけないわけだ。
男の子は部屋の印象通り真面目な性格のようで、きっちり時間通り(多分)にほんのり熱いミルクを作ってくれるし、オムツも換えてくれるし、ゴミ漁り散歩にも連れて行ってくれる。
ただ、入浴に関しては水が無い為わざわざ女の人の部屋に行って代わりにやってもらっていた。女の人の家は水道管が通っているらしい。
それなら始めから一緒に暮らせば良いんじゃないのか、と思う。親子じゃないのかこの二人は。
通っているうちに女の人が内職のような事をしてるのはわかった。だから最初は仕事中に私の面倒を見れないから、息子(仮)に預けたのだと思った。
だからといって別々の家に住むのは変じゃないか?親の庇護下にあるはずの中学生が、なんで赤ん坊と二人暮らしさせられてるんだ。
確かに男の子は中学生にしてはしっかりしているけど、やっぱり保護者は必要だ。たまに私の扱い雑になるし。
とまぁ、色々言ったがこの話は考えても明確な答えがでないのでここまでにしておこう。

完全に違う話になってしまうが、実は今日私は物凄い事実を知ってしまった。
このゴミだらけの場所に男の子と女の人以外に人が住んでいたのだ。しかも結構沢山。うそー、ここって人が住んでいい場所なの?

発端は男の子に背負われて外にゴミを漁りに行った時だ。
これは毎日行われていて男の子はその辺で拾ったと思われる紐で私を背中に固定して出掛ける。
すごく不安定なので、落ちないように男の子の服のフードを握りしめ、軽く首が絞まった男の子が「うっ!?」とかなっているのはいつもの事だ。
男の子はゴミの山から使えそうな綺麗なものを種類問わず探し、持ってきたビニール袋に詰めていく。
使えそうな綺麗なもの、というのはそんなに見つかるわけではなく、一日2個か3個あれば良い方だ。その作業を毎日繰り返し、ついに今日ビニール袋がいっぱいになった。

おめでとう!で、どうするの?と心の中で質問したら、それに答えるかのように男の子は今まで一度も行かなかった方向へ向かった。
ええー、何この展開!と背中でドキドキしていたら、一部の壁が壊れかけた大きな建物に着いた。外観は壊れかけの体育館みたいな感じで、赤ん坊だから余計にそう感じるのかもしれないがとにかくデカい。しかも近くには集合住宅みたいなものまである。

外観のボロボロ具合とは異なり、中は意外にも綺麗でおじいさんから私みたいな赤ん坊まで老若男女あらゆる人がその建物内に居た。
中に入ると男の子は迷う事なく進んで行き、一人の男の人に声を掛けた。眼鏡をかけた若い男の人だった。この人はメガネと呼ぼう。

男の子はゴミの入ったビニール袋をメガネに渡した。受け取ったゴミを簡単に調べるとメガネは段ボールから水の入ったペットボトルを一本、カンパンみたいな食料とシンプルな衣服を男の子に渡してきた。
なるほど、こんなシステムがあったのか。それなら男の子が新品の水を持っていたのも頷ける。
それより、ただのゴミ捨て場だと思っていたのに近くの集合住宅らしきものも含め、ある程度の衣食住が保証されている事に驚いた。
メガネはここには不釣り合いなほどきちんとした身形をしているしボランティアの人だろうか。

というか、周りから妙に視線を感じるのは赤ん坊だからなの?
早く帰ろうよ、視線すごいよと男の子のフードを引っ張ったら、少しイラッとした顔をしたけどメガネとの話を切り上げて出口へ向かってくれた。
そして建物を出ようとした時に丁度入れ違いで中へ入ろうとした人とすれ違った。

一瞬、すごく嫌な感じがした。

すれ違ったのは赤ん坊になる前の私と同じくらいの男の人。
お父さん(仮)みたいにマッチョでもない普通の人なのに威圧感というか、こいつただ者じゃねぇ!みたいなものを感じた。なんだこれ。

感想としては人に会えたのは嬉しいけど、あの建物にはできればもう行きたくないな、と思いました。
言葉が通じなかったり文字が読めなかったりゴミだらけだったり変な人がいたり。
なんだかとんでもない場所にタイムスリップしちゃったな、私。

[pumps]