クモ
1989年、8月。私は多分10歳になった。

まぁ、自分がいつ生まれたのか知らないので正確にはまだ9歳かもしれないし実は11歳なのかもしれない。
でも転生して初めて見たカレンダーが1979年の8月だったので、とりあえず私は8月生まれの10歳ということにしておく。
四大行をマスターしてから10歳までの約二年は凝、円、隠などの応用技の特訓をしていた。どんなに念の才能がなくともずっと訓練していれば上達する。凝なんかは自分でもかなりよく出来るようになったと思う。

そんなある日のことだ。突然シャルから一部のメンバーが流星街から出ていった、という話を聞かされた。
出ていったのはウボォーさんとノブナガとフランクリンの年長組だった。確かに旅団結成らしき話はあったがその後も旅団メンバーはみんな修行しに来ていたし、特に進展はないように見えたのでこれには驚いた。

しかもそれなりに仲良くしていた三人なので一言もなく行ってしまったのは寂しい。「多分流星街には帰ってこない」とシャルが言い出したのでさらに寂しい。
そもそも結成話から二年近く経って、何故今頃彼らは流星街を出たのか。しかも年長組だけ。
詳しくは本人達しかわからないが、多分あの三人は外で生きていけるだけの力をつけたからだと思う。
旅団メンバーは個々の念能力こそまだ作っていないが応用技はほぼ全員が習得している。出ていった三人はもう念の修行をおじいさんにつけてもらうレベルではなくなった。しかも一人で暮らしても問題はない年齢である。
だから、三人は一足先に出ていったのではないだろうか?他の残ったメンバーに『外の世界』について教えるためにも。

ということは残りのメンバーも力をつけたら外に出ていく→全員出たら旅団活動開始ってことか?なにそのジワジワくる感じ。怖い。
しかし私は彼らに「盗みとか殺しはよくないよ!」なんて言えるような立場ではないので今のところは黙っておく。
旅団メンバーはいつの間にかクロロを団長と呼ぶようになっていた。その急激な変化に飲んでいた水を噴き出したのは記憶に新しい。だってこの間まで普通に名前呼び捨てだったのに。
旅団が漫画での旅団に近付いていくのを感じ、なんともいえない気分になった。

そんな10歳の爽やかな話。

「わぁ、ピアノ!」

特にやることもないのでおじいさんに遊んでもらおうと教会もどきの中に入るとグランドピアノが置いてあってテンションが上がった。別に弾けないんだけどね。
室内を見回すが、おじいさんはいない。鍵を掛けないなんて無用心だと思ったが廃墟とゴミだらけの流星街では鍵とか意味がないことに気がついた。
でもグランドピアノなんて高いものがあるのに、とそっと鍵盤を押してみる。

「あ、全然綺麗な音じゃん。弾ける弾ける」

予想外に澄んだ音が出てさらにテンションが上がる。ちゃんと調律しているんだろうか?
せっかくだし一人ピアノコンサートでもしようかと椅子を引っ張り出してピアノの前に座る。聞いて下さい『猫踏んじゃった』

「ピアノが弾けるんだな」
「うわぁあ!!」

突然声をかけられ驚いて掌で鍵盤を押してしまった。なんてはちゃめちゃな猫踏んじゃった。声の主はその音にほんの少し眉をひそめたがすぐに「気付かないとは思わなかった」と言う。

「ク、クロロロロロロ………!」
「ロが多い。俺の名前はクが一つにロが二つだ」
「あ、すいません」

すごく冷静にツッコまれた。動揺している自分が恥ずかしくなり、咳払いをする。

「なんでいるの?ここは第四地区ですよ」
「知ってるよそんなの。第三地区の人間は第四地区に来ちゃいけないのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……今日って修行ない日じゃん。なんか用でもあるの?」
「用…、って程でもないがちょっと師匠に話が」
「先生?あっ、おじいさんか」

一瞬誰かと思ったが、そういえばクロロはおじいさんのことを『せんせい』なんて呼んでいた。しかも敬語を使っていたし、実は尊敬していたりするんだろうか。興味ないからどうでもいいけど。
クロロは私の言葉に頷くと「でも、いないみたいだな」と言った。

「私が来た時からいなかったよ」
「そうか」
「うん」
「…………」
「…………」

訪れる静寂。ダメだ、会話が続かない。
元々そんなに仲良くないから何を話せばいいかわからないのだ。ていうか用ないのになんでまだ此処にいるの?もう帰れよ!

「セリは…」
「!?」

帰れよ!って思ったすぐ後にクロロが喋り出したからドキッとしてしまった。びくりと肩を震わせた私を見て逆にクロロが吃驚していたけど、すぐにいつも通り冷静に話し始める。

「俺達がこの先外に出ていこうとしているのに気付いているよな」
「………まぁ。ウボォーさん達は行っちゃったし残りのみんなも外に行けるくらい強いし」
「外に出て俺達が何をするつもりか知ってるか?」
「……………」

知ってる。が、それを言っていいんだろうか。
思わず黙ってしまう。そもそもなんでクロロは急にこんな話を始めたんだろう。私にどんな反応を求めているんだ。
意図がわからず黙ったままでいるとクロロは「シャルから聞いただろ?知ってるはずだ」と言った。私が知ってるの普通にバレてる。
顔を上げてクロロを見るとなぜか微笑んでいた。この流れでそれ!?なんで!?

「俺達が盗みや殺しをすることについてセリはどう思う?」

クロロの言葉に固まる。
頭の中に今まであった出来事が走馬灯のように流れてくる。私死ぬの?死なないよねそういう時じゃないよね?
と思ったと同時に漫画のクロロ達の画が浮かんだ。今までぼんやりとしか思い出せなかったのに、なぜか鮮明に浮かぶ。

「私は……やめたほうがいいと思うよ。盗みも殺しもよくないことだし」
「なぜ?」

クロロは微笑んだまま聞いてくる。
なぜ、といわれても当然の事としか言えない。少なくとも私は人を殺しちゃいけないし、盗みなんかするなと教えられた。誰に?

「どうしてセリはそう思うんだ?…いや、聞き方が悪いな。なぜセリは盗みや殺しがよくないことだと認識している?」
「…………」
「師匠に聞いたがセリは生まれた時から流星街にいるらしいね。それなのにどうしてそう思えるんだ?」

私は何も言えなかった。

[pumps]