クモ
別に流星街の住民全員が盗みや殺しを良いことだと思っているわけではない。ただ、それらをやってはいけない悪い事だと言い切れる人間もいない。
必要になればやる。それが此処の住民達の考えだ。生きるための手段の一つともいえる。
いざとなれば殺しや盗みはやむを得ない、仕方のない事だと思っている…そんな人間が多いこの流星街で私の考え方は異質なのだろう。当たり前だ、私は元々別の世界で生きていたのだから。
だからといってクロロ達の考え方が流星街らしいとも言えない。彼らの考え方も私とは違う意味で異質なのだ。
黙る私を見てクロロは再び言葉を紡ぐ。

「初めて会った時からずっと、セリは変だと思ってた」
「?」
「流星街の住民らしくない、俺達とも根本的に何かが違う………どうしてそう感じたのかずっとわからなかった。でも今、話をしてわかったよ。セリはまるで『外』で生まれ育った普通の女の子みたいだ」
「え」
「………セリは外の人間と同じ感覚を持っている。この環境で育ちながら『正常』過ぎるんだ。それは逆に『異常』だと思わないか?」

クロロの言葉にますます何も言えなくなった。
環境によって人は変わるとよく言われる。だから異常な街で育ったのに正常な感覚を持っている私は異常だと?仕方ないじゃないか、正常な感覚を持ったまま異常な街、ていうか別の世界に転生しちゃったんだから。
これで私が実は前世の記憶持ってるんですとか言っても信じないくせに。私も信じないけど。それを言ったら本当の意味で私のこと異常だと思うだろうなコイツ。
というか前にメガネに「セリちゃんが一般人?ないない」とか言われてたのに今度は異常とか正常とか、クロロには悪いけどもういい加減にしてくれ。

普段使わない頭をフル回転させてこの場を切り抜ける方法を考える。ピアノ弾いてただけなのにどうしてこうなったんだろう。
一人悩む私を見て、クロロは小さく笑った。お前はさっきからなんなんだよ。
思わずクロロを睨みつける、という命知らずな事をすると睨まれた張本人は「そんな怖い顔しないでくれ」と困ったように言った。

「別に俺はセリを悩ませたり、怒らせるつもりでこんなことを聞いてるんじゃない」
「現在進行形で二つとも起きてるんだけど」
「ただ純粋に疑問に感じたんだ。俺達と同じように流星街で育ったはずなのに、どうしてこんなに違いがあるんだろうって」
「無視かよ」
「俺がセリを仲間に誘わなかったのもこれが理由だよ。セリは人を殺すのも盗みをするのも嫌がるんじゃないか、って思った。やっぱりその通りだったな」
「えっ」

何その裏話。流れでさらっと言い過ぎだろ。クロロは一人ぽかん、とする私に近付くとピアノの鍵盤を押した。
ポーン、と軽い音が教会もどきに響く。

「この疑問の答えは今言えないなら言わなくていい。また別の機会に聞かせてもらう」
「もう一生答えられなさそうな時はどうしたら?」
「そんなのはありえないね。セリはもう答えがわかってるはずだ、あえて言わないだけで。…だから時間をあげるよ。次に俺と会う日までに答えをまとめておけ」
「え、それって明日の修行の時とか?」
「明日はもういない」
「は?」
「俺は今夜にでも流星街を出る」

クロロはなんでもない事のように言った。

***

「おじいさんはクロロに会いましたか?」

教会もどきをバックに地面に胡座をかいて座るという女子失格の私は、横で煙草を吸っているおじいさんに問い掛ける。
おじいさんは煙草の吸い殻を落として踏みつけながら口を開いた。

「ちゃんと会ったぞ、昨日。あいつ流星街を出ていくから俺に礼と挨拶言いに来たって、ずっと待ってたんだとか。律儀な奴だねぇ、黙って行く奴のが多いのに」

笑いながらそう言うとおじいさんは懐から煙草のケースを取り出した。

「煙草もう止めた方がいいですよ」
「あ?これはなぁ、煙草じゃねぇよ。煙草に見せかけたチョコレートだ」
「火ついてますけど」
「まぁ、クロロなら外でも立派にやっていけるだろ」
「会話のキャッチボールが出来てませんよ」
「きっと立派な賞金首になるだろうな」
「そりゃ旅団の団長………は?」
「ん?」
「え、え?クロロ達が何しようとしてるか知ってるんですか?」
「盗賊だろ?知ってる知ってる」
「ちょ、知ってんの?知ってて止めなかったの?」
「なんで止める必要がある」

本気でわからない、といった表情でおじいさんは言った。えええマジかよこのジジイ。
昨日の夜、宣言通りクロロは出ていった……らしい。朝になって修行に行ったらクロロがいなかったのだ。
シャル達が口を揃えて外に行った、と言うのでとりあえず間違いない。そこで段々人が減っているというのに、いつもと変わらぬ態度のおじいさんに聞いてみたところ、この答えだ。
しかも立派な賞金首って何だよ、賞金首になってる時点で何も立派じゃないだろ。

「クロロ達は盗賊団を結成したんですよ。物を買わずに盗むし、場合によっては人を殺すんですよ?もっと真っ当に生きてほしいって思わないんですか?」
「流星街の人間が真っ当に生きれるわけねぇだろ」

おじいさんはふう、と煙を吐きながらどことなく冷めた目で言う。
だからって立派な賞金首はおかしいだろ…と言おうと口を開きかけてやめた。なんかこの話題って堂々巡りな気がする。
色々と諦めたような様子を見せた私におじいさんは不思議そうな顔をした後「それに…」と話し出した。

「あいつらが盗賊の道を選んだのは微妙に俺のせいかもしれないしな」
「どういうことですか?内容次第ではぶっ飛ばしますよ、煙草を」
「煙草か……困るな。いや、実は随分前クロロに“どうしても手に入れたいものがあったらどうする?”って聞かれたんだよ」
「ふーん。何て言ったんですか?」
「“何がなんでも手に入れる、人を殺してでも……なーんちゃって”って言ったら“参考になりました”だと」

そうくるとは思わなかったわー、とおじいさんは頭を掻きながら言う。

「……………………え?まさか、それで盗賊団結成したわけじゃないですよねあの人」
「流石にないと思うぞ。……ちょっとくらい影響は与えたかもしれないけど」

遠い目でハハッと空笑いをする。
もし、そんなおじいさんの軽いノリの一言で凶悪犯罪者集団が誕生したのなら酷すぎる。おじいさんは責任取った方がいい。
ドン引きしていると「でも」とおじいさんが口を開いた。

「最終的にはあいつらが考えて決めたことだ。それになぁ、昨日クロロが言ってたんだが…」

そこで一旦言葉を止めるとおじいさんは短くなった煙草を地面に捨て、新しい煙草を取り出し火をつけた。

「別にあいつは外の連中を不幸にしてやりたいとか、世界に名を轟かせたいとか、そんな理由で盗賊になるわけじゃないんだと。きっかけは……本当の始まりは欲しい物があった。それだけだ」
「………欲しい物?」
「ああ。それも宝石とかじゃない、どこにでもあるたいした価値もない物だ。ただ、純粋にそれを欲しいと思った。それが始まりだよ」

煙草の煙を吐き出すおじいさんの横顔を眺める。
正直全くクロロの気持ちがわからない。だから何だと言うのか。始まりは純粋なものだったとしても結果的に彼らがこれからする事は多くの人を不幸にする。
そんな理由から盗賊団を結成して平然と人を殺すようになるの?

私はそっと地面に視線を落とした。

[pumps]