マイ・インターン
何もない真っ白な空間に私は立っていた。なんだ、ここは?死後の世界か夢か。
ふと、人の気配がして視線を向けると転生する前の女子高生だった私が、鯛焼きが泳ぐ歌を口ずさみながらアイスを食べていた。なんだあいつ。
話しかけてみようかな、でもちょっと怖いな。様子を窺っていると視界がぐにゃりと歪んだ。

目を開くと薄汚れた天井が映った。
何処だここと思ってすぐにスズシロさんの部屋だということに気がついた。やっぱりさっきのは夢だったらしい。
今まで横たわっていたスズシロさんのベッドから体を起こそうと力を入れる。さて、何故私は流星街に戻ってきているのか。
その疑問は三秒で解決した。

「おはよう、気分はどう?」

と言いながら私の顔を覗き込んで笑いかけたハギ兄さんを見て、眠気とか色んなものが一気に吹っ飛んだ。

「体が重いとかない?一応念使ったからさ」
「別に変な夢みたくらいで、……………念?」

数秒遅れてハギ兄さんの言葉に反応する。
私、念使われてたの?

「あの夢、まさかハギ兄さんの念能力?」
「夢じゃない。どちらかといえば幻覚の一種さ」

ハギ兄さんは簡単な説明をしてくれた。
対象者の最も思い入れのある人間を造りだして見せることができるんだとか。え、自分出てきたんですけど。
そんな私の中でオリヴィア氏暗殺容疑がかかっているハギ兄さんは、どこか楽し気な空気を纏っていた。随分機嫌が良いらしい。
殺したからじゃないよね?となんとも言えない顔でハギ兄さんの首辺りを見ている(目が潰れるので)と「お仕事お疲れ様」と言われて頭にポン、と手を置かれた。

「ま、最終的には今回の護衛は失敗なんだけどね」

ハギ兄さんは明るく言った。いや、誰のせいだよ。

「失敗させたのはハギ兄さんでしょ」
「でも僕の仕事は成功した」

そう言ってハギ兄さんは私の頭から手を離し、近くにある椅子に腰掛けた。
やはりこの人がオリヴィア氏を殺したのだ。視線が交差する。

「ハギ兄さんは護衛と暗殺、両方の依頼を受けていたってこと?」

目を逸らさずに聞くとハギ兄さんは軽く頷いた。

「その二つとあと諜報も。おかげで護衛の報酬は無しだけど、暗殺と諜報の報酬は手に入る。僕の一人勝ちさ」

にっこりと笑って言う。
ハギ兄さんにとってオリヴィア氏は諜報と暗殺のターゲット。そのために『護衛』としてオリヴィア氏に近づいただけで、初めから護衛の仕事をする気などなかった、と。

「ていうか一度に三つ依頼を受けてもいいの?」
「いいわけじゃないけど、ダメなんて決まりもないし」

そんなのアリかよ。他三人の護衛メンバーの顔を思い浮かべる。
あの人達は護衛しか受けてないだろうからハギ兄さんのせいで今回は報酬無しのタダ働きとなったわけだ。
皆を不幸にしたハギ兄さんはとにかく上機嫌だった。なんでだろう?お金貰ったから?その答えは予想外のものだった。

「報酬自体は三流マフィアだしハンターの仕事に比べると安いけど、今回はこれが手に入ったから良かったかな」
「なに…………、え!?」

嬉しそうに言ったハギ兄さんはとんでもないものを見せてきた。液体に浸った人の眼球である。

「ぎゃあああぁぁ痛いっ!!」
「うるさい糞ガキ」

思わず叫んでしまったら殴られた。いや、だって目、目だぞ!なにこれ怖い!

「これは世界七大美色の一つ“緋の眼”だよ、綺麗だろ?」

ハギ兄さんは恍惚とした表情で言った。すごい聞き覚えある。

「クルタ族っていう少数民族の眼球なんだけどさ、流石に本人達に目を下さいなんて言えないから、こうして外に出回っているものはすごく珍しいんだ」

まさかあのオヤジが持ってるなんてね、と相変わらずうっとりとした様子でハギ兄さんは続けた。
どうやら仕事には一切関係なく超個人的な理由でオリヴィア氏のところから盗ってきたらしい。盗賊って結構いっぱいいるんだな。
緋の眼といったらクラピカだ。これいいの?ハギ兄さんが持ってて。一度叫んでおいてアレだが、緋の眼をまじまじと見つめる。
この先クルタ族は絶滅するんだ……旅団のせいで。それでクラピカは、と芋づる式に色んなことを思いだし、一人シリアスモードになっているとハギ兄さんは何を勘違いしたのか「あげないからね」と言ってきた。いらねぇよ。

「まぁ、キミの体調も問題なさそうだし、僕はこれで。またね」
「あ、はい」

そう言うとハギ兄さんは緋の眼を持って部屋を出ていった。あっさりしてんな。
一人部屋に残った私は意味もなく天井を眺めてぼーっとする。
初めてのお仕事、失敗。

[pumps]