見知らぬ人々
次も絶対に会うとわかっているイルミと別れて一人流星街の我が家へと戻る。
絶賛成長期で背が伸び身体も大きくなったため、最近はあの小さなドアから入るのがつらくなってきた。

「ただいまー!ナズナさん、お腹すいたー」
「おかえり、今日の夜ご飯はオートミールみたいだよ」
「えー、私アレあんまり好きじゃ……て、なんでハギ兄さん?」

家に入るとナズナさんの姿はなく、何故かハギ兄さんが椅子に座って寛いでいた。椅子からはかつてない輝きが見える。

「ナズナさんは?」
「母さんの所に用がある、って行っちゃったよ」
「そうなんだ」

言いながら、一先ずドアの方を向いて閉める。
そして再び前を向くと目の前にハギ兄さんがいた。

「!?」
「帰ってきたばっかで悪いけどさ、ちょっと仕事に行かない?オートミール嫌いなんでしょ?」
「!実は大好きです」
「じゃあまた別の日に食べればいいよ。ナズナさんには僕の方から連絡しておくから」

そう言うとハギ兄さんはドアを開き、私の肩をおもいっきり押した。

「え、ちょ、ギャアアアア!!」

お忘れの方が多いだろうが我が家の入口は積み重なったゴミ山の上の方に位置する。
ハギ兄さんの素晴らしい笑顔を見ながら私は背中から一気に転がり落ちた。

***

「本当なら僕が母さんから頼まれてた仕事なんだけどさ、ちょっと急用が入っちゃって」
「代わりにやってほしいって?」
「そうそう、……あれ?セリちゃんなんか怒ってる?」
「そりゃあな!」

ドアから突き飛ばされて、詳しい説明もなく流星街から連れ出されれば怒りたくもなるわ。
力いっぱい肯定してやったら隣を歩くハギ兄さんは大笑いした。
普通にしてても美形すぎて人の目を集めるのに急に笑いだしたせいで余計に注目されてる。何これ私が恥ずかしい。

「ちょ、もう笑うのやめて。それで今回の仕事の内容は?」

周りの視線を感じながらもハギ兄さんに聞く。これを知らなきゃどうしようもない。

「あぁ、今回は依頼人の“お宝”の警護ね。二日間だけだから安心して」

二日間か、意外と短い。
というか人じゃなくてお宝守るのは初めてだ。

「お宝って何?宝石とか?」
「あー、なんだったかな?興味なくてちゃんと話聞いてなかったら覚えてないな」
「………………」

お前急用あるって嘘だろ。
やる気なかったから私に押し付けただけだろ。じと、とハギ兄さんを見ると 本人は気付かないフリをしながら「でも面白い情報があるよ」と少し楽しそうに話し出した。

「そのお宝、とある集団に狙われてるみたいなんだ。何に狙われてると思う?」
「さぁ?どうでもいいです」
「えー、いいの?聞いたらびっくりするよ?」

これは聞け!って言ってるんだな。この構ってちゃんめ。
私は大人なので聞いてあげることにした。

「どんな集団に狙われてるんですか?」
「今話題の幻影旅団」

思いっきり転けた。

「え、ちょ、大丈夫?」

そうは言うもののハギ兄さんは手を貸してくれないので一人で立ち上がる。よろよろしている私に「痛い?マヌケだね」とだけ声をかけたハギ兄さんは、先ほどの話の続きがしたくてたまらないらしく、再び歩き出しながら言葉を紡いだ。
なんでも今回の依頼人であるモリスン氏は幻影旅団が自分の“お宝”を狙っている事を知り、急遽警備の人数を増やしたらしい。

「ちょっと待って、どうして幻影旅団が来るってわかるの?」

隣を歩くハギ兄さんに聞く。
確か旅団は怪盗キ〇ドのように予告状を出したりはしなかったはずだ。

「占いでそういう予言が出たんだよ」
「占い?」

オイオイなめてんのか、と言いそうになって慌てて口を閉じた。でも占いなんて信憑性低すぎるだろ。
私の言いたいことがわかったらしいハギ兄さんは「ただの占いじゃない」と説明してくれた。

「念能力の占いさ」
「念?」
「そう、とあるマフィアの娘が最近になってやけに当たる占いを始めたらしい。一応念についての知識があるモリスン氏がその話を聞きつけて試しに占ってもらったところ、襲撃が予言された」
「旅団の襲撃が、ってこと…?」
「いや、実ははっきりと幻影旅団とは予言されてないんだ。ただ少し前にこの近くで襲撃があっただろ?」
「ああ、美術館の?」

ついさっき見たばかりの新聞記事のコピーを思い浮かべる。
あの美術館は今私達が居る街の近く…というには遠いが、それなりに近い場所に位置する。ハギ兄さんは私の言葉に頷きながら話を続けた。

「奴らがまだ近くに潜伏している可能性は高い。だからこのタイミングでの襲撃の予言は幻影旅団のことではないか、っていうのがモリスン氏の考えみたい」

確証はないもの念能力の占いだから馬鹿には出来ない、ということだろう。
なんだ、可能性があるってだけで絶対に旅団が来るわけじゃないのか。私が一人ほっとしつつ、しかし心のどこかで残念だと思っているとハギ兄さんは肩を竦めて「ま、モリスン氏の考えすぎな気もするけどね」と言った。

「お宝が何か知らないけどさ、それが幻影旅団に盗まれるほど価値のあるものかな?」

ハギ兄さんは小馬鹿にしたような憎たらしい顔をした。これだから自信過剰の成金は!とでも言いたげだ。
構ってちゃんの自惚れ屋(スズシロさん談)が何を言うか。

「でも襲撃される、って予言は確かなんでしょ?なら、たとえ来るのが旅団じゃなくても価値はあるものなんじゃない?」

と言うとハギ兄さんは「どうかな」と首を横に振る。
私は……モリスン氏を信じてるぜ!きっと世の盗賊みんなが欲しくなるようなお宝に違いない!
と思って行くんじゃなかった、と私が後悔するのは一時間後のことである。

[pumps]