見知らぬ人々

「セリ、あのさ久しぶり」
「……………」
「元気にしてた?俺はまぁ、普通だけど」
「……………」
「今も流星街で暮らしてるんだよね?…外には来ないの?」
「……………」
「もし外に来たいっていうならさ……あー、その…」
「……………」
「シャル、お前一人で喋ってて楽しいか?」
「俺のところに来ても……え?は?セリ聞いてないの!?」
「お前も聞かずに話してんじゃねーか」

近くにいるはずのシャルとウボォーさんの会話が遠く聞こえる。
私の目はカトーの死体に釘付けだった。

「セリどうしたの?そもそも誰こいつ」
「…私と同じで、モリスンさんに雇われた人」

黙っていても仕方ないので口を開く。思ってた以上に暗い話し方になってしまった。
そんな私に少し驚きを見せたシャルはしばらく止まった後、ややトゲのある話し方で言った。

「何、まさか、こいつのこと好きだったとかふざけたこと言わないよね?」
「それはない」
「あ、そう」

即答する。別にそんな甘酸っぱいもんはない。一日半でラブもライクも生まれるか。
クマオの頭を掴んでいる手にぎゅっと力が入る。なら今、私は何を思ってカトーの死体を見つめているのだろう。
カトーはこの仕事場で唯一ちゃんと関わりがあった人だ。ついさっきまで確かに生きていた。そのカトーはシャルによって殺された。
こう言っちゃなんだが、おそらく私はカトーが死んで悲しんでるわけじゃない。
ただ殺したのがシャルだった、というのが嫌だったんだ。何が嫌なんだ?

私は人殺しというものに多少なりとも嫌悪感を抱いている。だが、そのわりには暗殺一家のゾルディック家と普通に接している。
それは彼らが私が名前も顔も“知らない”人を殺しているから?

今、カトーは私の目の前でシャルに殺された。私の目の前で名前も顔も“知っている”人が殺された。だから嫌だと思った?
それならハギ兄さんがオリヴィア氏を殺した時はどうなんだ。
彼がした事を責めることもなく、私はあれからもずっとハギ兄さんと仲良くしている。
ゾルディック家とハギ兄さんはよくてシャルはダメ?一人一人の顔を思い浮かべた時、なんとなくわかった。
私は“友達”が人を殺したのがショックだったんだ。

私とシャルの間に微妙な空気が漂う。主に私がシリアスになっているだけなんだけどね。
そんな私達を交互に見てウボォーさんは困ったようにしている。

「あー、お前ら久々に会ったんだからよ、もっと楽しそうにしようぜ」

無理だよ。なんとなく今どういう状況なのかわかるだろ。
ウボォーさんは頬をポリポリ掻くと一度咳払いをして私に言った。

「ま、それは置いといて。セリ、お前が持ってるそのクマこっちに渡してくれねぇか?」

ウボォーさんはクマオを指差す。
そうだ、忘れてた!こいつらクマオ盗みに来たんじゃん!慌てて首を横に振る。

「私、一応警備だし渡せないよ。とりあえずモリスン氏のとこに行かなきゃ」
「モリスン?誰だそれ」
「…このぬいぐるみの持ち主だよ。さっき見ただろ」

シャルが呆れたように言うがウボォーさんは全くわかっていないようだった。
シャルは私を横目で見るとそのまま話を続けた。

「でも、多分モリスンは」
「やと見つけたよ」

が、それは遮られた。

「フェイタン?」
「出た!!」

私のすぐ後ろから野性のフェイタンが現れた!
戦う(負ける)、逃げる(捕まる)、自害(やだ)、諦める(=死)
まともな選択肢ない!!
フェイタンは私を見てニヤリと笑うとじりじりと近付いてきた。

「さきはよくもやてくれたね、セリの分際で」
「ちょ、待て落ち着こう!あれは事故みたいなもんだから!その……、」

急いでウボォーさんのたくましい背に隠れ必死に弁解する。
いまいち状況が呑み込めてないシャルとウボォーさんは「まぁ、とりあえず落ち着けよ」とフェイタンを手で制す。
そんな一触即発の中、突然フェイタンの背後から聞いたことのない声がかかった。

「いつまで待たせんだ、早くそのガキ殺して奪えよ」

そう言って現れたのは、あのひょろっとした顔色の悪い念能力者だった。
予想外の人物の登場にぽかん、とする。

「え、あなた…」

警備の人ですよね?と言葉にはしなかったが、相手には伝わったらしい。彼は私を鼻で笑った。

「依頼人のモリスンなら死んだぜ。俺が殺しといた」
「はぁ?」

警備の人なのに?いや、そもそもなんでこの人は当たり前のように此処に現れたんだ?
私の疑問に答えてくれたのはウボォーさんだった。

「あいつはうちの4番だ」
「4番?」

なにそれ野球的な?エース?

「ちなみに俺は11番な!」

ウボォーさんはそう言うと服をめくって私に腰を見せた。そこには11という数字の入った蜘蛛の刺青。
それを見てなんとなく理解する。旅団員の証みたいなもんだろう。

「……ってことは旅団の人?」
「そう、この屋敷への侵入経路を調べてくれたんだ」

シャルが言う。えっ、じゃあ旅団手引きしたのこいつかよ!
フェイタンに殺気を飛ばされていたのも忘れ、まじまじと見つめる。全然強そうに見えないんですけど。

「おい、まさかこいつも団員か?」

シャルやウボォーさんと普通に話している私を指差して4番さんは言った。

「違うよ、セリは俺の………………………と、友達……?」

4番さんの言葉に答えたシャルは段々声が小さくなり、最後は疑問系になった。なに、此処に来てまさかの私達友達じゃない感じ?
もしかしたらシャルは私がカトー殺しにドン引きしたのを見て不安になったのかもしれない。4番さんは「友達ねぇ」とバカにしたような言い方をした。思った以上に腹立つ奴だな。

「アイツつい最近団長がスカウトしてきたんだがよ、なかなか使える奴だぜ」
「へー…」

ウボォーさんが内緒話をするように私の耳元でこっそり言う。人は見かけによらないな、と思った私の視界の端にフェイタンが映る。
え、と体が反応するより早くフェイタンは私の手からクマオをひったくると次の瞬間、クマオの腹を裂いた。

「!?クマオォォオ!!」
「クマオ?」
「ちょ、なにやってんの!!そんなことしたらクマオのお腹から綿が…っ!綿、…わた…?」

真っ白の綿を想像していた私の目に飛び込んできたのは、色とりどりの宝石が散りばめられたネックレスだった。

「へ?」
「おっ、それだな。団長が言ってた呪いの首飾り」

ウボォーさんが言う。
なん…だと?と凝をしてそのネックレスを見るとオーラが見えた。ひょっとしてクマオの腹から見えたオーラの正体はこのネックレスだったのだろうか。

「ていうか、呪いって…」
「持ち主は必ず不幸になるらしいね」

ネックレスを手にフェイタンが言う。なんてありきたりな。
フェイタンはもう用はない、とばかりに腹の裂けたクマオを床に捨てた。なんて奴だ何の罪もないクマオの腹を裂くとは。
旅団はクマオの中身を盗りに来ただけでクマオ自身には興味なかったようだ。よかった、テディベアと生活を共にするクロロはいなかったんだね…。

「お宝手に入れたし、もうワタシ達やることないね。引き上げるよ」
「だな、早いとこ戻ろうぜ。セリ、お前はどうすんだ?」

ウボォーさんが私に聞く。
…そういえば私はどうしたらいいんだ?モリスン氏は死んじゃったらしいから依頼終了だし。待ってたらハギ兄さんが迎えに来てくれるかな?
でもなぁ、とカトーの死体にもう一度目をやる。次にシャルを見る。

「私は…」


[pumps]