天空闘技場
天空闘技場に来て一ヶ月。私はこう思った。

≪さぁ、本日注目の一戦!天空闘技場に彗星の如く現れた怪力少女セリ選手の登場だーー!!≫

実況のお姉さんの言葉に沸き上がる観客。そういう恥ずかしい紹介いらないよ、とリングに上がる。

≪セリ選手はこれまで自分の倍以上の体格をもつ猛者達を全員KOで倒してきたという怪力少女!あの小さな身体のどこにそんな力が!?と多くの観客を驚かせてきました!≫

お姉さんの言葉に初めてここに来た日を思い出す。
最初の参加申込書に生年月日が書けなくて適当に書いたら調べられて嘘だってバレて疑いの眼差しを向けられたっけ……。結局ハギ兄さんに助けてもらって参加できたんだけど。
そして晴れて参加可能になった私は1階からスタートした。だが、この天空闘技場では圧倒的に女性の参加者が少ない。
挑戦にくるのは自分の力に自信があったり、一つの武術を極めたという男の人ばかり。そんな中で女、しかも子供の私が勝ち進めば話題にもなるわけで。

≪外見からは予想出来ない重い一撃!そのギャップがいいとファンクラブが発足し、いまや対戦相手のブログが「子供相手にムキになるな」「年下の女の子と本気で戦うとか」「セリちゃんに殴られて羨ましい」などといった荒らしコメントで炎上する始末!≫

マジかよ。今まで対戦してきた人ごめんなさい。

≪今回も見事なKO勝ちを見せてくれるのか!ネットは大騒ぎになるのか!?注目の試合が今はじまります!!≫

熱の入ったお姉さんの実況に盛り上がる観客。
それによる私の紹介がとにかく恥ずかしくて、恥ずかしすぎて、今すぐ試合を終わらせてこの場から逃げ出したい一心で私は試合開始と同時に目の前のマッチョな対戦相手の鳩尾に蹴りをいれた。
相手選手は私の動きについてこれなかったらしく、吃驚するくらい綺麗に決まった蹴りの衝撃で身体が僅かに宙に浮いた後、そのままリングに叩きつけられた。

≪セリ選手の蹴りが決まったァ!すごく苦しそうです!!≫

お姉さんの言葉通り相手選手は顔を歪めてのたうち回っていた。ドラマとかだと気絶するけど実際は苦しいだけなんだよね。審判のおじさんがカウントをとり始める。
言っておくが私は一切念を使っていない。純粋に自分の力だけで蹴りを入れた。
で、この状況だよ。どういうこと?私って怪力だったの?ガチでゴリラ化始まってるの?ゴリラ系女子とか新しいな。

≪ここで審判からKO宣言!セリ選手の勝利となります!≫

ぼーっとしてたらいつの間にか勝っていた。試合終了を言い渡されると同時に観客の歓声。

「では、君は90階へ」
「あ、どうも」

審判のおじさんにチケットを手渡される。
天空闘技場は10階単位で上がっていくシステムらしく、今の試合に勝利したことで私は80階から90階へ移動することになった。
しかし、実況のお姉さんが言っていた通り私は1階から今までずっとKOで勝ち進んでいる。私がここに来た本当の目的は戦いの基礎を学ぶためだ。なのにずっとKO。
私はこう思った。なにも学べていない。

≪見てくださいファンクラブの笑顔!奴ら大喜びです!!≫

「…………」

観客席の一部でガッツポーズをして喜んでいる人達を一瞬だけ視界に入れて、すぐにその場を離れる。
とりあえず今日はもう家に帰ることにしよう。

***

「ただいま、って居ないし」

闘技場から徒歩30分の距離にあるハギ兄さんの住むマンションに帰ると部屋には誰もいなかった。
実はハギ兄さんは一週間のうち四日は彼女の家に泊まりにいってる。「セリちゃん、しっかりしてるし大丈夫だよね!僕がご飯用意するとかめんどくさいし!」と元気に言って奴は居なくなった。まぁ、初対面のとき子供嫌いとか言ってたもんな。
ちなみに何回か彼女さんと一緒に歩いていたハギ兄さんを見かけたのだが、一緒にいた彼女が毎回違う女の人なのはどういうトリックなのかな?私子供だからわからないや。
適当に戸棚を物色するとカップラーメンを見つけたのでいただくことにした。ポットのお湯を注ぎながら、ぼーっとする。
ここへ来て、一ヶ月。なんかこういう普通の生活って久しぶりかもしれない。いや、闘ってるから普通ではないけど。


90階から100階へ。100階から110階へ。休みながら順調に私は上の階へ上がっていた。
100階以上は専用の個室をもらえるのだが、常に熱気ムンムンの男臭い闘技場で暮らすのはキツイのでそのままハギ兄さんの家で暮らしている。
ハギ兄さんに無理やり作ってもらった口座に振り込まれるファイトマネーも大分増え、天空闘技場の素晴らしさを実感していた私は最近とある問題に悩まされていた。

少し前から、誰かの視線を感じます。
家で夜ご飯を食べながらハギ兄さんに相談したら真顔で「自惚れんな」と言われた。怖かった。

「考えすぎでしょ。自分で思っているほど他人はそこまでキミのこと見てないから」

呆れたような言い方に、ハギ兄さんの彼女さん@が作ってくれたらしいピラフを食べながら「だ、だよねぇ」と頷く。
確かに転生前も学校に行く直前まで「髪型が決まらない!」とか言ってバカみたいにずっと鏡の前に立ってたりしたけど、ぶっちゃけ他の人達は誰も私の髪なんか気にしてないんだよね。
だから今回も気にし過ぎだとは思うけど、私も昔に比べれば結構人の気配に敏感になってきた方だ。それで視線を感じる、と思ったのだから誰かに見られているというのはあながち間違いでもない気がする。

「どう思う?」
「だから気のせい。そもそも見られてるって気がつくくらいなんだから相手は大したことないよ」

頬杖をついてハギ兄さんはめんどくさそうに言う。
なるほど確かにな、と少し安心する。そんな私にハギ兄さんは吹き出しながら言った。

「だいたい誰がセリちゃんごときをストーカーするのさ!ふはっ!」

何がおかしい。

[pumps]