天空闘技場
ストーカーがいるかもしれない話をした次の日。事件は起こった。
闘技場に試合の申込書だけ提出して家に帰ることにした私はあることに気がついた。

「…………あれ」

誰かに尾けられてる。
そう気がついたのは家まであと300メートルという処まで来た時だった。

「……………」

振り返ったりはせずに先程と変わらず歩き続ける。ここは冷静に対処すべきだ。
昔よりは気配を読めるようになったとはいえ、他の実力者達に比べれば私はまだまだ鈍い方だ。元平和ボケの日本人だし。
そんな私が気づいた、ということはやはり相手はハギ兄さんの言っていた通りたいしたことないのかな?
いや、でもさっきまでは全く気付かなかった。今、気が付いたのだって急に気配がして、それがずっと着いてきたから…………急に気配がした?

人の気配ってそんなに急に感じるものだろうか。突然消えたり、感じたり、なんてことはないと思う。
つまり今、私を尾けている奴は最初意図的に気配を消していた?ということは絶をしていたのか?え、念能力者のストーカーなの?
突然判明した事実に、ここは冷静に対処するぜ!と思っていたはずの私は一気に早歩きになった。あ、あれー?足が勝手に動いちゃうぞ?
て、ふざけてる場合じゃない!
さっきまで気付かなかった、それはつまり相手が私より絶が上手い=念が上手い=強い。ってことだ!多分!
私が早歩きになると相手の速度も速くなった。

かつてない状況に冷や汗をかく。正面から挑みに来ないでついてくる、っていうのが怖すぎる。正面から来られても困るけど。
ようやく見えてきたマンションに駆け込むと非常階段を二段飛ばしで上がった。なんでハギ兄さん4階に住んでんだよ1階でいいだろ!
と焦りながら部屋の前に向かう。気配を探るとストーカーさんはマンションの外に居るようだった。今のうちにとっとと鍵を開けて中に入ろう、と合い鍵を取り出して鍵穴に突っ込む。
ガチャ、という音が聞こえたと同時にドアノブを回した。
これでもう安心だ、と気が緩んだ。全国のお嬢様方に先に言っておくがそういうのダメだよ。家に入って鍵閉めるまでが戦いです。
中に入ってドアを閉めようとしたら、何かに阻止され閉まらなかった。
急いで振り向いた私の目に飛び込んだのはドアを掴む誰かの手。

「きゃああああ!!」
「うるさっ、何その女の子らしい悲鳴!」

おい、ここ4階だぞ足速いなストーカー!と思って叫んだ私の耳に聞き覚えのある声が入ってきた。
一瞬、ドアノブを掴んでいた力が緩む。すると一気に引っ張られたので慌てて力を戻すが、ドアは半開き状態になってしまった。

「え?シャル?」
「そうだよ!」

半開きのドアから見えたのは、ちょっと前に再会して気まずくなったシャルだった。
え?何、どういうこと?さっきまで私を尾けてたのがシャル?え?ってことは……………え。

「………シャルって私のストーカーだったの!?」
「はぁ!?人聞き悪いこと言わないでくれる!?」

憤慨した様子で叫ぶ。

「セリごときをストーカーするわけないじゃん!バカなこと言ってないでドアから手離して」
「いや、してたじゃん!そっちが離してよ」

ドアを挟んで言い合いになる。お互いドアを引っ張るものだからドアが辛そうだ。ミシミシいってる。

「ちょ、無理です帰ってください」
「なにそれ、せっかく俺が来てやったのにその言い方何?とりあえず早くこの手離してくれない?ドア壊すよ」
「誰か!ストーカーが家に入ろうとしてます!」
「いや、だからストーカーじゃないってば!やめてよ、そういうの!」
「お前がやめろよ!」

私とシャルがドアを挟んで必死の攻防をしていると丁度この階にエレベーターが到着する音がした。

「……何してるのセリちゃん」

エレベーターから降りてきたのはハギ兄さんだった。


***

「……………」
「……………」

向かい合って座る私達の間に会話はない。シャルは私をじっと見つめ、私は静かに目を逸らした。
ドアで揉めてた私達に「邪魔」と笑顔で言って家の中に入っていったハギ兄さんは、現在ソファーに座ってテレビを観ている。二人の問題なんだからここは二人だけで解決しなさい、という見守りモードなのか単に存在を無視しているのか。
そんなハギ兄さんはテレビのチャンネルを回すと私を見た。

「セリちゃん、お腹空いたからなんか買ってきてくれない?」
「このタイミングで!?」

こいつ空気読めないだけだわ。
その場の流れで家の中に入ったシャルは私とハギ兄さんのやり取りを見て顔をひきつらせた。
最初にハギ兄さんを見た時シャルは呆気に取られてから私に「あの人誰?」と聞いてきたが、色々説明がめんどくさいので兄です、とだけ言ったら「冗談は存在だけにしなよ」と眉を下げ困ったように言ってきた。そんなこと言われても私が困る。

「あ、お茶飲みたかったら自分でやってね」
「は?」
「いや、私がいれるよ!」

一人回想をしていたらハギ兄さんがシャルを一瞬だけ見た後、すぐにテレビに視線を戻して言った。何この人自由すぎ。
冷蔵庫に未開封のペットボトルのお茶があったのでそれを丸ごとシャルの前に置き本題に入る。

「で、なんで私をストーカーしてたの?
「だからストーカーじゃない!」
「容疑者は大体みんなそう言うんだよ」

言いながら、私のためにハギ兄さんが用意してくれた私物入れの段ボールから、ここに来る前にナズナさんが「夜道を歩く時はこれを使いなさい。打撃も出来る」と持たせてくれた懐中電灯を引っ張り出す。
そしてスイッチを入れ、シャルに光を当てて「お前がやったんだろ!吐け、吐けえ!!」とテレビでよく見る取り調べごっこをしたら、目にも止まらぬ速さで懐中電灯が叩き落とされた。
懐中電灯は既にただのガラクタになっていた。シャルは見たこともない顔で「あ?」と言う。すいません、ふざけすぎました。

「言っとくけど、今回のことはセリが悪いから」

シャルは懐中電灯を見ながらムスッとして言った。よくわからないけど、絶対私に悪い要素ないだろ。

「連絡くれないし」
「連絡?そんなこと言われても我が家電話とかないんで」
「なら『外』に出て公衆電話でも使えばいいだろ!」
「いや、まず連絡先を知らないっていうか」
「はぁ?何言ってるの。ちゃんと渡したでしょ」
「え?」
「あ、間違えた。貼ったじゃん」
「何言ってるの…?」

真顔で聞いたらシャルはややキレ気味に口を開く。

「だから前に会った時、ちゃんと背中に貼り付けといたんだよ!」
「「えっ」」

私とハギ兄さんの声が綺麗にハモった。バッ、と勢いよくハギ兄さんの方を向くとハギ兄さんは静かにコクッ、と頷いた。私達が今、思い浮かべているのはあのガムテープで貼り付けられていた紙だ。
「アレ……捨てちゃったよね……」「うん、僕は悪くないから」と私達は目だけで会話をする。
そんな私達の様子に気付いたシャルは信じられない、というような顔をした後「それより!」と目の前のテーブルを叩いた。

「そもそも、どうして流星街にいないわけ?俺がどれだけ苦労して現在地割り出したか知ってる!?」
「知らない」

即答すれば、シャルは顔を赤くして私の居場所を特定するまでの過程を話し始めた。
あの気まずい再会の後、結局色々とうやむやのまま私と別れたことに後悔したシャルは暫く悩んだ後「謝ろうかな……俺、何も悪くないけどこのままだと縁切られるし……俺悪くないけど」と私と仲直り?することを決心したらしい。
そして今年に入って久しぶりに流星街を訪れ、早速私の所に行こうと牧師コスプレのおじいさんに私の家を聞きに行ったら「セリの家?ていうか、あいつ今行方不明だぞ」「!?」と言われたんだとか。そういや牧師コスプレのおじいさんには行き先を告げていなかった。
シャルは私が大人と暮らしているということは知っているが、ナズナさんやスズシロさんの顔や名前は知らなかったので私の居場所について聞きようがなかったのだ。

そこから電脳ネットを利用して私の情報を集めようとしたが、残念ながら私は流星街出身で戸籍無しの存在しない人間なので何も出てこなかった。
ふざけんな、なんで戸籍ないんだよ!と自分も戸籍無いのは無視してイライラしながらも毎日調べ続けていたら、とうとう私の名前と顔写真と現在地がわかった。
天空闘技場で生まれた私のファンクラブのホームページによって。

『天空闘技場に天使降臨』という死ぬほど恥ずかしいタイトルの下に私の写真を見つけたシャルはまず「アイツが天使?人違いか…」と思ったらしい。
だが天空闘技場に行けば間違えなく私に会えると知り、不安とドキドキとほんのちょっとの笑いを胸に抱いてやって来たのだ。
私は試合に出るたび大騒ぎになるので見つけるのは簡単だった。ただ、見つけたのはいいが何て声をかけていいのかがわからず、絶をして様子を伺っているうちに尾行っぽくなってしまった………と。
そこまで聞いた私はふっ、と笑みを浮かべるとシャルに言った。

なるほど、つまりお前ストーカーだろ。

[pumps]