天空闘技場
ストーカー!違う!ストーカー!違う!
という問答を繰り返していた私達はハギ兄さんの「うるさい」という言葉とともに飛んできたテレビのリモコンがすぐ近くの壁を破壊したのを見て黙らざるを得なくなった。
このまま騒いでいたら一分後、私達の頭があの壁のようになっていただろう。どちらともなく、お互いに「なんか……色々ごめん…」と謝る。ハギ兄さん怖いから早く仲直りしよう、と私達の心は一つになっていた。
「あー、それでさ……これあげるよ」
しばらく無言になった後、シャルは頬を掻きながらあるものを差し出してきた。
「え、なにこれ。携帯?」
なんと、それは一昔前の形をした携帯だった。私、スマホとかの時代の人なんだけど……、と一瞬思ったがくれた本人の前で言うのは酷いだろう。仕方ない、ハンター世界の時代が時代なんだから。
「ていうか、何?携帯くれるの!?」
「だからあげる、って言っただろ」
話聞いてないの?と呆れたようにシャルは続けた。
いや、だって携帯って……普通子供が友達に携帯あげる?こいつすげぇな、と渡された携帯をまじまじと見つめる。気の抜けた顔のネコの形をしていた。
「利用料は別に払わなくていいよ。どうせそれ店員操って別の奴に………あ、なんでもない。どうでもいい話だね」
「いや、結構重要な内容だと思うんだけど」
操って、って何?
「セリは気にしなくていいってば。俺のアドレスはもう登録してあるから」
ついでに他の旅団のみんなのアドレスも、という言葉にアドレス帳を確認すると他の修行メンバー8人のアドレスが入っていた。正直フェイタンとフィンクスのはいらないなって思った。結局シャルは私に携帯を渡して満足したのか、その日は帰っていった。
なんでも現在パドキアに仕事で何人か旅団メンバーが来てるのでしばらくはみんなでどっかその辺に泊まっているらしい。
シャルをマンションの外まで送った後、部屋に戻るとハギ兄さんが「プレゼントに携帯ねぇ」と頬杖をつきながら言ってきたので太っ腹だよねと返したら、なんだか可哀想なものを見る目を向けられた。何これ。
そんな『ストーカーが携帯くれたよ騒ぎ』の次の日からが大変だった。
シャルは毎日のようにメールをしてくるのだ。特に用もない、どうでもいい内容を。上半身裸でボディービルの選手のようなポーズをとっているウボォーさんの写メが何枚も添付されていた時は何の嫌がらせかと思った。
他にもノブナガが「そろそろ俺の実力見せてやるよ…」と言いながらミカンを握り潰しているムービーが送られてきたり。なんでミカンなんだよ、そこはリンゴだろ。くそ、あいつら楽しそうだな。
それらのメールに返信しないで放っておくと電話がくる。ちなみに向こうからの返信はめちゃくちゃ早い。女子高生かお前は!
そりゃ転生前の私だったらそのメールに付き合ったかもしれないけど今の私はずっと携帯なんて触れていなかったんだから、今更昔のような早さで弄るなんてムリだ。
マジで必要以上にメール送ってこないでほしい。めんどくさいから。
そう素直に伝えたら、その次の日からチェーンメールが大量に届くようになった。怖くて震えた。
***
≪セリ選手またもやKO勝ちです!彼女に勝てる選手はいないのか!?≫
リングの上で倒れているレスラーのような相手選手。
実況のお姉さんの言葉を聞きながら、審判のおじさんから140階と書かれたチケットを受けとる。
おいおい、まともに戦わないまま140階まで来ちゃったよ。大丈夫かこれ。
もう一度言うが、私は戦いの基礎を学びに天空闘技場にやって来た。一応目標はハギ兄さん曰く念能力者だらけの200階。
もうすぐ200階行っちゃうよ、何も学べてないよ…とやや不安な気持ちになるが、逆に考えればこのまま200階まで上がれればハンター試験で敵はいない、ということになるのでは?と思った。
そうだよ、私はイルミに「まともに戦えないセリにハンター試験は無理」と言われ天空闘技場で修行になったわけだけど、その闘技場に修行になるほどの敵がいなければ向こうも何も言えないんじゃないの!?
ざまあみろイルミ!よーし、今日は頑張った自分にご褒美としてコンビニでプリン買って帰ろう!
うきうきしながら闘技場を出て歩き始めた時、ポケットに入れていた携帯が振動するのを感じて取り出すとシャルからメールがきていた。
『今からセリの家で闇鍋やるから早く帰ってきなよ』
ちょ、待て。
あそこはハギ兄さんの家だから勝手に決めんな、とメールをしたら一分もしないうちに返信がきた。
『もう中入っちゃった。鍋の準備も出来てるし』
どうやって入った!?
鍵閉めてきたのに!不法浸入じゃん!こうしちゃいられないとコンビニに向かうのをやめて、我が家の方向へ走り出す。
部屋を汚されでもしたら私がハギ兄さんに殺される!
自分が死ぬ姿を簡単に思い浮かべることが出来た私は、かつてないスピードで家を目指した。多分自己ベスト更新したと思う。
「!」
「ぇ、うわっ!」
すると角を曲がったところで衝撃を受け、尻もちをつく。すぐそこに人が居てぶつかってしまったのだ。
何この漫画的展開!と痛みを我慢し、ぶつかった相手を視界に入れて謝ろうとすると何処か見覚えのある顔だった。
「…クロロ?」
なんと、ぶつかった相手はクロロだった。3年ちょっと振りのクロロは額に包帯のような白い布を巻いていて、一瞬誰かわからなかった。
「セリ……なんで、こんな時に現れるんだ……」
しかもなんか困ってる。
よく見るとクロロの周りにやや黄ばんだ小さな紙が散らばっていた。おそらく私とぶつかったせいで落としてしまったのだろう。なるほど、だから困ってるのか。
「ごめんクロロ!私急いでてさ。紙拾うの手伝うね」
「え?いや、……!」
すぐ近くの紙を一枚拾う。
文字がたくさん書いてあり、そこに“セリ”と私の名前が書いてあるのが目に入った。
「これ……」
「待て、それは…!」
クロロがめずらしく焦ったような声を出して私に手を伸ばす。
だが、クロロが私から紙をひったくるより私が紙の内容を目にする方が早かった。
<セリ観察日記>
チェックポイント
容姿:普通。
性格:いい加減で腹が立つ。
耐久性:多分低い。
○月×日 晴れ
今日はセリが顔面から転けた。手を使え。
「…………………」
「セリ、お前が今何を思っているのかはわかっている。誤解だ。それは誤解なんだ」
こいつ本物のストーカーだ!!