天空闘技場
<クロロの話>

久しぶりに流星街へ戻った。特に何か用があるわけではなく、ただ、なんとなくだ。
相変わらずゴミだらけの街(と呼んでいいのかはわからないが)をすっかり『外』に馴染んだ格好で歩く。向かったのは師匠の居る教会だった。

久しぶりに顔を合わせた師匠は昔と何も変わっていなかった。一応三年振りだというのに俺を見て「ちょうどよかった、どっかから煙草パクってこい」としか言わない師匠は人として何か大切なものを失くしているのではないだろうか。俺が言うのも何だが。
そんな師匠は言う通りに煙草を調達してくると俺に向かって思い出したように言った。

「そうそう、掃除してたらこんなもんが出てきたんだがよ」
「これは……」

渡されたのは、やや黄ばんだ小さな紙数枚。
その紙に書かれた文字を目で追って、自然と眉間にシワが寄る。昔、俺がセリを観察していた時の紙だった。

「お前にやるよ」
「いりません」
「俺はもっといらねーよ」

いや、あんたが課題だから書けたら提出しろって言ったんだろ。今更いらないとか言うな。

「それなら、捨てたらどうですか」

はぁ、と溜め息をつきながら言ってみると師匠はゆっくりと首を横に振った。

「なんか、それやるとセリに呪われそうでできないんだよ」
「は?」

何言ってんだこのジイさん。
よくわからない師匠の言い分に結局俺が紙を引き取ることになってしまった。
その時点で流星街のどこかに捨ててしまえば良かったものの、万が一その紙がセリの目に止まったら、セリだけでなく彼女の知り合い、俺の知り合いに見つかったらと思うと流星街には捨てられなかった。
まあ、燃やせばいいだけの話だったんだが。残念ながらその時の俺は、昔の自分の気持ち悪い行為を全力で後悔していたのでそこまで頭が回らなかった。俺ってこんなに気持ち悪かったのか。

流星街を出て、次の“仕事”をする予定の場所があるパドキア共和国を訪れる。ここに到着するまで一週間。その間、何故か俺は紙を捨てられなかった。何これ呪い?
まあ、パドキアにセリはいないはずなので、今度こそ早いところ紙を捨ててしまおう。そう俺が決心したのと、俺の携帯にシャルからメールが届いたのはほぼ同時だった。
今どこにいるか、という内容だったので天空闘技場の近くだと返した。何かあったのだろうか、と思っているとまたすぐにメールが届いた。

『じゃあセリの家の近くだね。今からセリの家で闇鍋するから団長も来なよ。〇〇って名前のマンションなんだけどわかる?』

最初の一文を読んだ時、携帯を落とした。セリいるのか!?家って何の話だ!?
落とした携帯を拾い上げるとメールに返信はせず、平静を装いながら歩き出した。はっきりした。今、俺がやるべきことはただ一つ。紙を捨てよう。
こういった時、『外』は不便だ。その辺にゴミを捨てることができない。捨てようと思えば捨てられるのだが、他にゴミがほとんどないのでどうしても目立ってしまう。しかも『外』で暮らす人の中には落ちているゴミを拾い仕分ける人までいる。そんなことしなくていいだろ。流星街はもっとひどい状態だから気にするな。

この時俺はめずらしく周囲に気を配っていなかった。そのことを後悔するのは曲がり角でセリとぶつかった後だ。
やばい、呪われる。

***

「つまり俺が自主的にやっていたわけではなく、師匠が課題と称して…………………聞いてるのかセリ」
「聞いてますよ。クロロはストーカーだったんですね」
「一部しか聞いてないだろ。おい、目が死んでるぞ」
「そうですか」
「…なんでさっきから敬語なんだ?」
「気のせいですよ、クロロさん。間違えたルシルフルさん」
「すごい勢いで俺達の心の距離が離れていると思うんだが」
「心の距離が近付いた覚えもないです」

という会話をどうして私達は全力疾走しながらしているんだろう。家着かないな、そろそろ疲れてきた。

「どこまでついてくるんですかストーカー」
「とうとう名前も呼ばなくなったか。…どこまでと言われたら、そうだな、セリの家までかな」
「え!?」

あの角を曲がればマンションに到着、というところまで来て私は走るのを止めた。
急に立ち止まった私を見て、同じく足を止めたクロロは「しまった!」と自分の発言に後悔しているような顔をする。

「セリ、ごめん間違えた。いや、間違えではないんだけど言い方がアレだったっていうか。その、俺も招待されてるんだよ闇鍋大会に」
「えっ、クロロも来るの…?」
「その顔やめてくれ」

クロロは私の何言ってんだこのストーカーという顔を見て気まずそうに言った。いや、マジで何言ってんだこのストーカー。闇鍋大会ってなんだよ、私は家を会場として提供した覚えないぞ。
そんな思いがぐるぐると私の頭の中を巡る。厳しい目をしている私にクロロは「くそ、やはり呪いか…」と独り言のように小さく呟いた後、こちらを見た。

「渡す物を渡したら、俺はすぐに帰るよ」
「渡す物?」

そう言ってクロロが見せたのは四つ折りにされた紙だった。お前紙大好きだな。ワク〇クさんか?

「なんなの、それ」
「教えてもいいが、聞いたらセリは俺達の共犯ということになる」
「やめとく」

なんとなく察した。旅団の活動に関わるものなんだろう。そんなものを私の家で渡すな。
とりあえず、すぐに帰るというクロロの言葉を信じてマンションに入るとエレベーターで四階へ向かった。シャル一味を効率よく部屋から追い出さなくてはいけないので、頭の中でどういう行動をとるか先に考えておく。
途中クロロが「意外と良いところに住んでるな」と言ってきたので「でも私は段ボールに私物全部入れてるけどね」と言っておいた。クロロは「!?」という状態になっていた。嘘じゃないもん。

「あれ………」

さて、部屋の前に着いたわけだが何かがおかしい。
何がおかしいのかといえば、人の気配がたくさんするのだ。不法侵入だというのにまるで隠す気のない気配。どう考えても五人は確実にいる。

「さてはクロロ……嵌めたな!」
「濡れ衣だ。俺は何も知らない」

と言いつつもクロロは心当たりのあるような顔だった。
私だって本当は中に誰がいるのかわかっている。ただ認めたくないんだ。どうせ旅団メンバーなんだろ、って。

「……………行きます」

そう言ってグッとドアノブに手をかけ、クロロを見ると静かに頷かれた。なんかイラッとした。
覚悟を決めてドアを開く。真っ先に目に入ったのはリビングへ続く廊下。
それを追っていき、次に見えたのは開きっ放しのリビングへの扉とそこに居る人の姿だった。

「で、闇鍋ってどんなモン入れりゃーいいんだ?」
「なんか普通じゃねェもんだろ」
「まず、その普通がわからないんだけど。鍋なんかやったことないし」
「普通の鍋っつーなら、はんぺんとか…」
「はんぺん?知らないわね」
「じゃあノブナガ、そのはんぺんとかいうやつに似てるもの入れてよ。その中でも特にセリにダメージ与えそうなものにしてね」
「シャル、お前なぁ……」

ここまで聞いてドアを閉めた。

「セリ?どうした」
「クロロ………………相変わらずワイルドなウボォーさんとフランケンにイメチェンしちゃったフランクリンとポニーテールなまっさんと侍のノブナガと胸の成長が半端ないパクと全ての元凶と思われるシャルが鍋囲んでた時はどうしたらいいの?」
「とりあえず落ち着け」

おい、なんだよアレ。シュール過ぎるよ、お前ら集まって仲良く鍋やるような仲じゃないだろ。
しかし、奴らは盛り上がっていた。どのくらい盛り上がっていたかというと私もクロロも絶をしていないというのに全く気付かないくらいだ。しかも一回ドア開けたのに。
どんだけ楽しいんだよ、天下の幻影旅団なら「そこに居んのは誰だ……出てきな」くらい言えよ。
再びドアを開ける勇気はないので閉めたまま中の会話を盗み聞く。ドアは決して薄くないのに丸聞こえだった。あいつら声デカイ。酒が入って盛り上がる大学生か。

「はんぺんに似てるもの……買ってきた中にねぇぞ?」
「そもそも何買ってきたのよ。買い出しは誰?フランクリン?」
「ああ、よくわからなかったからドッグフードを買っておいた」
「本気で食えねぇモン買ってくんなよ!」
「他は何があるの?」
「あとは……白菜とか」
「それじゃただの美味しい鍋だろ」
「よし、とりあえずドッグフードを敷き詰めて白菜で隠そう。で、セリに食べさせる」
「おい、本気かシャル。買ってきておいてこう言うのも何だが、ドッグフードは食えないぞ」
「シャル、お前セリが好きなんじゃなかったのかよ。流石に嫌われるぜ」
「は、はぁ!?何言ってんのウボォー!?あの馬鹿のこと好きとかありえないね!」
「今の発言、セリにメールしておいたから」
「ごめんマチ許して」

携帯が振動すると同時に私はその場に崩れ落ちた。
だから大学生の宅飲みのノリやめろ。そんな私の肩にクロロがそっと手を置く。叩き落としてやった。

[pumps]