キルア
早いもので、私が天空闘技場で修行を始めて半年が経過した。
闇鍋事件後もシャルは相変わらず毎日メールを寄越してくるし、たまに家まで押し掛けてくる。
しかも極稀にノブナガとかウボォーさんとかある程度私と仲良い人達も何人か引き連れて。お前ら暇なのか。

そんな深刻なストーカー被害にあっている私は、天空闘技場で未だに200階行けずに150階付近をうろうろしていた。誰だよ修行になんねーとか言ってた奴は。
いや、最初の方は調子良かったんだ。ただその先がちょっと…………。
初めて150階に上がった時に当たった相手にボコボコにされてから、先に進めなくなった。その私をボコボコにした相手は念能力者ではなかった。単純に私の方が弱かったのだ。
そして、その相手選手のブログは炎上した。私は大丈夫だから止めてやれよファンクラブ。

「よし、…お願いします」
「はい、お預かり致します」

試合の申込書を受付のお姉さんに提出する。なんだか修行らしくなってきたじゃん?とか必死に強がってみる。本当はまたボコられるかと思うとめちゃめちゃ怖いしお腹痛い。
横腹を押さえながら、建物を出てゆっくりと歩いていると試合を見に来たらしい男の子とそのお父さんらしき人を見かけた。小学生の時から戦いに興味を持つなんて恐ろしい子だ。
楽しそうにしている二人を見て、ふと、ナズナさんの顔が浮かぶ。こんなに長く此処に居ると思っていなかったのでなんていうか、ホームシックになってきた。
ナズナさんとスズシロさん、それから牧師コスプレのおじいさん、ついでにメガネ……みんな元気かな。連絡を取りたいけど取れそうな奴が一人もいないよ。いい加減お手紙以外の連絡手段を持ってほしい。

「んん?あれは……?」

そんな風に流星街の我が家について考えていると私が進もうと思っていた先にやけに見覚えのある人物を見つけた。あれ……?あのスペシャルキュートな後ろ姿は…!
その正体に気づいた私は声をかけるより先にダッシュした。

「ナズナさーーーん!」
「!?うわっ!!」
「え!ギャアア!」

その人物、ナズナさんに全力で突進するとぶつかるギリギリのところで避けられる。
予想外の出来事に私は勢いが出過ぎて急には止まれず、途中で派手に転けた。とんでもない音がしたので近くにいたお姉さん達が「えええ!?」と驚いた後、慌てて駆け寄り心配してくれた。涙目で「大丈夫………大丈夫です」と震えながら言って立ち上がった。すごく恥ずかしかった。

「……………ああ、ごめん」

許さねぇ。
私の側に寄ってきたナズナさんを若干睨みつつ服の汚れを払う。まぁ、今のは私が悪いんだけどね。

「で、なんでナズナさんがここに?」
「それは」
「あっ、ひょっとして私が居なくて寂しかったとか?それで思わず来ちゃった感じ?」
「……………」
「もー、だったら早く言ってくれればいいのに!ツンデレなんだから!」
「……………」
「……………」
「……………」
「ごめんなさい私が悪かったですね」
「それで俺がここに来た理由だけど」
「はい」

ナズナさんって怖い。突っ込みもせずにずっと無表情で黙ってるんだもん。
その後「お前に頼みがある」と言いつつ詳しい説明をせずに歩き出したナズナさんに着いていく。案内されたのは天空闘技場から程近い場所にあるファミレスだった。

「お腹空いたの?」
「違う、此処で待ってる奴がいるんだよ」
「待ってる人?」

はて、ファミレスなんて家族の笑顔が溢れる平和な場所で待っていてくれる人がナズナさんの知り合いにいただろうか。
と思いつつ店内へ入る。うーん、メガネとかスズシロさん?でもそれなら最初に何か一言あるんじゃないかな?
私が全く知らない人だろうか……と思った時、談笑する一般人に紛れて凄まじいオーラを放っている客が居ることに気がついた。
いや、全然紛れてないわ。全力で存在を主張してる。そりゃ、あんなに体格よくて筋肉モリモリで銀髪なら……あれ。

「セリ、久しぶりだな」
「え、シルバさん?お久しぶりです…?」

なんとそこに居たのは相変わらずダンディーなシルバさんだった。失礼だけどファミレスが似合わなすぎる。
どうしてここに、と言おうとしたと同時にシルバさんの隣にちょこん、と座る可愛らしい男の子が目に入った。
多分5、6歳だと思われるシルバさんと同じ銀髪で猫目の男の子は私とナズナさんを興味深そうに見ていた。そう、キルアである。

とりあえず座れ、という威圧感のすごいシルバさんのお言葉に甘えてテーブルを挟んでキルアとシルバさんの向かいの椅子に腰かける。
私の前に座るキルアは穴が開くんじゃないかというほど私を凝視していた。見すぎ見すぎ。

「誰?」

キルアは目線を自分の前に座った私に定めて言った。その問いに答えたのはシルバさんだった。

「お前の生き別れの姉だ」
「えっ」
「え!?」

キルアが目を丸くし、私は首を全力で横に振った。違うよ!?

「シルバさん何言ってんですか!そういうボケはキキョウさんとイルミでお腹いっぱいです」
「?俺はまだボケていない」
「あ、いや、そうじゃなくて」

この人めんどくさいな。いつからこんな天然キャラになった。

「シルバ、そういうつまらないボケはいいから早く本題を」

ナズナさんが放っておくと永久にボケ続ける私達のために話を進めようとする。

「ナズナ、お前は何も話してないのか?」
「話そうと思ったけど、こいつの相手をするのがめんどくさいから止めた」

ナズナさんってそんなに冷たい人だったっけ?そんな感じだったな。頬杖をつきながら冷めた目で言うナズナさんを見て、シルバさんはやや呆れたような顔をした。
そして少し考える素振りを見せた後、私に向かって言った。

「実はセリ、お前に頼みがある」
「頼み…?」

シルバさんが?私に?
予想外の展開に固まってしまった。私はナズナさんに頼みがあると言われてここに連れて来られたが、それはシルバさんの話だったらしい。
オイオイ、どういうことだ。私に出来る事なんて限られているというのに。
シルバさんは自分の隣に座るキルアに視線をやった。その時、なんとなくキルア関連の頼み事だということを察した。

「まず、こいつはキルア。イルミとミルキの弟だ」
「あの赤ちゃんだった子ですよね」

私の言葉にシルバさんは頷く。そのやり取りを見たキルアは「こいつ…何者だ…?」という目で私を見つめていた。
キルアの様子に気付きながらも特に何も説明はせず、シルバさんは話を続ける。

「このキルアがこれから家を離れて天空闘技場で修行することになったんだ」
「えっ?」

シルバさんの言葉に真っ先に反応したのはキルアだった。
なんか初耳みたいな感じだけど大丈夫?ちゃんと家庭内でコミュニケーションとれてる?

「な、何それ……」

キルアは信じられないという顔で弱々しく呟く。どうやら本当に何も聞いてなかったようだ。
やっぱり、まだ小さいからね。いくらあんなバイオレンスな家族でも離れるのは寂しいだろう。

「今日は……ジャンボチョコバナナパフェを食べさせてくれるんじゃ…」

絶望的な声だった。
そこかよ。そんなこと言われて連れてこられたのか。子供って立場を最大限に利用されてるな。

「お前はこれから天空闘技場に挑戦しろ。200階に行くまで家には帰ってくるな」

シルバさんは全く答えになっていない事を淡々と言った。
キルアの眉はどんどん下がっていく。

「パ、パフェは…」

どんだけパフェ食べたかったんだ。

「200階まで行けば食わせてやらないこともない」

結構曖昧な言い方で誤魔化している。しかしキルアはその言葉を聞いて、わかりやすく表情を明るくした。
なんて感情豊かな子だろうか。イルミの弟とは思えない。そんなキルアの顔を見て少し笑った後、シルバさんは私の方を向いた。

「それで、セリ」
「はい」
「お前は今、天空闘技場で修行中だとナズナに聞いた」

ナズナさんを見たら静かに目を逸らされた。私の情報色んなところで漏らされ過ぎでは?

「それで、だ」

シルバさんは真っ直ぐ私の目を見て、『頼み』を口にする。

「キルアが200階に行くまで、面倒を見てやってくれないか?」
「…………」

私は自分の面倒見るので精一杯なんだが。

[pumps]