キルア
「いちにーさんしー!」
「ゾルディックー!」
「世界の暗殺ーは!」
「ゾルディックー!」

というアル〇ックの替え歌を掛け声に使用しながら私とキルアは家の近所を走っていた。キルアはひたすらゾルディックー!って連呼する係ね。
基礎体力作りの一環で、キルアが来てから毎日デカイ声でやっているのでそろそろ苦情がきそうだ。
ちなみにこのランニングを始めた日、キルアは「今までこんなにふざけきったトレーニングしたことない!なんか楽しい!」と言った。
私はふざけてるつもりもなく至って真面目にやっているのだが、そこは育った環境の違いだろう。ゾルディック怖い。
ランニングが終わったら天空闘技場へ行くのだが、キルアは6歳とか嘘だろってくらい強かった。

≪キルア選手KO勝ち!流石はセリの生き別れの弟!!≫

生き別れた覚えねーよ。
心の中で実況のお姉さんの言葉に突っ込む。私は試合会場には入らず、外のモニターからキルアの試合を見ていた。
キルアは全く、というほどでもないのかもしれないが、私からすればムダのない動きで相手を倒した。だてにゾルディックー!って言ってないなあいつ。

そして異常に強い6歳児でしかも私と仲の良いキルアの存在は天空闘技場の観客を沸かせたらしい。客席の一部にキルア!キルア!と騒ぎまくっている人達がいた。その光景に何とも言えない気分になる。なんだか私の時と状況が似ているのだ。
そりゃ、私はあそこまで鮮やかに倒してはいなかったが同じようにずっとKO勝ちだった。で、150階で自分より強い人間がたくさんいるという現実を知った。
ひょっとしてキルアも150階辺りで行き詰まっちゃうんじゃないかな。

「セリ!」

そんなことを考えていると試合を終えたばかりのキルアがすごい勢いで私の方に向かってきた。一瞬暴走列車かと錯覚した。
キルアはぶつかる直前で急ブレーキをかけるとキラキラした目で私を見る。

「見た?見た?さっきの俺の試合見た!?」
「うん、うん。見たよ」
「俺すごい!?強い!?」
「強い強い」
「此処の奴ら弱いよな!」
「それはやめろ」

誉めて!誉めて!とぐるぐる回るキルア。私達の会話を微笑ましく見守っている受付のお姉さん、一般客。
クソガキが………という目で見てる私達に負けた選手達。いい加減にしないと私らリンチに遭うぞ。

「なーんか、天空闘技場って楽勝だなー」

キルアは笑いながら言った。
おいおい、わかんないぞ。超強い人出てくるかもよ?私は出てきたよ。
実際にその二ヶ月後、キルアは150階から進めなくなったのだから私のカンもあながちバカにできない。


***
キルアは確かに強い。天空闘技場へ来て二ヶ月で150階まで進んだ。しかし、そこまでだった。

自分の一回り以上大きい大人相手にずっと快勝を続けてきたキルアは、150階に到達してから苦戦を強いられている。
これは天空闘技場にいる人間が強すぎるのか、キルアは6歳“にしては”強いだけだったのか。おそらく両方だろう。

100階を越えたキルアはすぐさま我が家から与えられた専用の個室に移動した。キルア曰く「あんな小さなベッドじゃ寝られない」らしい。ハギ兄さんにチクってやる。
キルアが個室に移動したからといって私たちの関係が切れるわけはなく、現在天空闘技場内の売店に私とキルアは来ていた。
何も知らない人の目には仲良し姉弟のように映るだろう。しかし私たちはそんなに穏やかではなかった。

「キルア先輩どうですか、“天空闘技場?楽勝だね”とか言っといて、ここ最近ずっと150〜160階うろうろしてる気分は」

そう言ってニヤニヤしながら小突くとキルアはわかりやすく怒った顔をして指をビキビキと変形させた。何それすごいな。

「うるせー!お前も150階だろーが!!俺より先に来てたくせに!」

キルアが変形させた指で私を攻撃しようとするが、余裕で避けた。あらあらスピードが遅くってよ。

「一体いつから150階だと錯覚していた?私は昨日170階に到達したよ」
「なん…だと…?」

私の言葉にキルアは変形させた指を戻しもせず、膝をガクガクと震わせた。
この話は本当だ。私はキルアとゾルディックー!なんてのん気にジョギングをしながら着々と階数を上げていたのだ。随分と時間がかかったけど。

「そんな…」

この現実を受け入れ難いらしいキルアは消え入りそうな声で呟いた。おい、どんだけショックなんだ。私のことナメすぎだろお前。
言っておくが一応この天空闘技場、主に150階から170階に行くまでの間で私は成長しているのだ。なんだかんだで修行は出来ていると思う。

「私も強くなってきたよね…」
「……ふん、知らね。なぁ、それよりコレ買って!」

キルアは変形していた指を元に戻すとちょっと拗ねたようにアイスを手に取った。私の修行をそれよりで片付けるとはなんて奴だ。
ムカついたのでキルアの側頭部に拳を当ててグリグリしてやった。みさえがしんちゃんによくやるアレだ。

「痛い痛いちょマジでやめろ!誰かー!姉に虐待されてます!」
「お前の実家の教育の方が虐待だわ。なんでもないですよー!ただのお仕置きですよー!」

キルアが騒いだため、周囲の視線が集まり恥ずかしくなったので小走りで売店を出た。
すると近くのモニターの周りに人だかりが出来ているのを発見する。モニターには現在行われている試合の映像が映しだされていた。痛がっているキルアの手を引いてモニターの側に近寄る。
今の時間は1階から50階までの試合しかやっていない。通常この階数での試合は新人発掘の意味も込めて一つのモニターに一試合といった割合で映像を流している。
だが今、近くにあるモニターはすべて同じ人物の試合を映していた。

映っているのはゴツいおじさんと若い男の人だ。
おじさんはいかにも『まあまあ強いけど見かけ倒し』な天空闘技場によくいるタイプに見える。決して弱くはないし、強いんだけどね。
対する若い男の人もそんなタイプだ。だって顔がなんかカッコいいもん。
あの顔は『物語の主人公にはなれないが脇役にしては目立つ』タイプだ。あんな感じの微妙な二枚目は大抵普通よりちょっと強いレベルで終わる。もっと強くなってクールで美形になると主人公の仲間もしくはライバルポジションにつけて………ってそんなのはどうでもいい。
とりあえずどちらの選手も天空闘技場にはゴロゴロいる、ぱっとしないタイプの人だと思う。

では、何故全てのモニターが彼らの試合を映しているのか?それは若い男の人の動きを見てわかった。
若い男の人は予想以上に強かったのだ。対戦相手のおじさんを圧倒する動きは武術に疎い人でもわかるほどの実力差を示していた。
モニターを見ていた人々は隣同士で興奮気味に話す人もいれば、ポカンと口を開けているだけの人もいた。私は前者だ。

「キルア見た?今の見た?何あの動きすごい!!」
「…………別にたいしたことないよ、あんなの」

私の言葉にキルアは頬を膨らませた。流石6歳文句なしに可愛い。
男の人の動きはきちんと武術を習得しているのがわかる動きだった。キルアの無駄のない動きがちょっと進化した感じ。少なくとも私みたいに適当に蹴って殴って、という戦い方ではなかった。
トリッキーで予測できない動きというよりは型の決まった正統派。1〜50階付近にこんな人が出てくるなんて珍しい。この階数の強い人は=力が強い人という意味でもあり、大抵一発KO勝ちでズンズン進んで後で行き詰まるからだ。そういう意味ではあの若い男の人は本当に才能のある強い人なのではないか。

「お、勝ったぜ」

私たちの近くの人達がざわつく。モニターを見ると審判に勝利を告げられた若い男の人がリングを去っていくところだった。

「アイツ、昨日ここに来たばっかだってよ」

近くに居た男性が周りの人々に言う。
期待の大型新人登場は観戦者達を一気に盛り上げた。口々に今後が見ものだと語る。

「そういやアイツの名前わかる奴いるか?」

一人の男性の言葉に少し離れた位置に居た人が答えた。

「確かカストロって名前だよ」

つい変な名前と思ってしまったことは謝罪したい。

[pumps]