はじめてのハンター試験
急展開すぎてついていけない人のために回想を始めたいと思う。
変な名前ことカストロさんの試合を見た後、キルアと「カストロさんすごいねー」「俺はアイス食べたい」という話をしながら闘技場内を歩いていた途中、私はあるポスターを発見した。

「ハンター試験エントリー受付中…」

そんなAO入試エントリー受付中みたいな書き方するな。
試験日は年明けの1月7日。11月もそろそろ終わるという時期だったので受付が始まったのだろう。そのポスターの側の小さな机の上に『ハンター試験応募カード』とやらが置いてあった。
天空闘技場は目があったらバトル!みたいに戦いが身近にある強い人がたくさんいるので、こんなものが当たり前のように置かれているんだと思う。多分選手の中にはプロハンターもいるだろうし。
紙を一枚取ってみるといくつか記入欄がある。しかし、よく見ると記入必須なのは名前と性別と現住所くらいだった。すごいな、なんて流星街出身者に優しい試験だろう。

「何それ」
「お前には6年早い」
「は?」

キルアが私の手元を覗きこんできたのでシッシッ、と追い払いながら言った。君は6年後に受ければいいの。
私に追い払われたキルアはむー、と頬を膨らませた後、すごい勢いで私の脛を蹴ってきた。

「ぐぉっ!!」
「ふん」

脛は、脛はよくないよ…!と拳で机を叩く。
仮にもゾルディックならこんな地味にダメージを与えるのではなく大技決めろと思ったが、本当に大技決められても困るので黙っておいた。
キルアはつまらなそうな顔をして私から離れていった。何も言わないがその辺散歩してくるよ的な感じだろう。
迷子にならないようにね、と声をかけたら力いっぱいの「バーカ!バーカ!!」が返ってきた。反抗期かな。
わざとらしく音を立てて去っていくキルアの後ろ姿を確認した後、もう一度『ハンター試験応募カード』に目を向けた。
今回のハンター試験はパドキアのどこかで行われるらしい。詳しい試験会場の説明は応募カードを送った後に記入した現住所に通知が届くとのことだ。知りたければ応募しろって意味ですね。

で、私は今パドキアにいるわけで。多分私が試験を受けることに「お前弱いんだからやめとけ」と反対するだろうナズナさんやイルミはここにはいないわけだ。
…受けてみようか。脳内の天秤がぐらつく。
だって試験会場パドキアのどこかだよ?これはもう私に受験しろと言っているようなもんだろ。
弱い弱いって散々言われてきたけれど、天空闘技場で修行を積んだ私はなんやかんやで自信があるのだ。もちろん試験に受かる自信が。
大丈夫なんじゃないかな。そう思って名前と性別と現住所(ハギ兄さん宅)だけ記入して応募カードを提出したのが11月終わり頃の話。


そして、年が明けた1月7日…に行くのは不安なので6日に試験会場へと出発した。
そこからの道のりは結構大変だった。だって、試験会場の場所って教えてもらえると思ってたのに通知には聞いたこともないような町のバスを利用しろ、としか書いてないんだもん。
例を1つ挙げると書いてあった町を探して訪れた後“なんかハンター試験受けてそうな人”を探して見つけて着いていったら何故か動物園に来ちゃって「え…まさかの園内に試験会場が…!?」とドキドキしながら尾行したら、その人達は試験とか全然関係なく動物見に来ただけだったとか。あんな厳つい人がただウサギ見に来ただけとか思わないじゃん…。
そんな風に騙されつつも私は7日の昼過ぎにはなんとか正解ルートの雑貨屋さんに辿り着いた。人間本気出せばなんでも出来るもんだ。ハイ!回想終了。

目の前のスーツを着た人を無遠慮に見つめる。なるほどハンター協会のマスコットキャラクターか。
ここまでお疲れ様です、この子を見て癒されていってね!ってことだろう。確かに癒される。

「あの……番号札を」
「え?あ、そっか。すみません」

勝手に癒されていたらマスコットキャラクターが困ったように言ったので、慌ててその手に持っていたものを受けとるとプラスチック製の丸い形をしているそれには524という三桁の数字が書いてあった。

マスコットキャラクターが言っていたように番号札である。私は524番。
会場に到着した順に配られているはずだから、この会場にはすでに523人の受験生がいるということだ。緊張から周囲を見てみると男の人ばかり。
こういう場に必ず居る筋肉質な男性に持ち運びにくそうな大きな剣…なのか槍なのかよくわからない武器を持っている人。子供が試験に来るのが珍しいのか、ひたすら視線を送ってくるような人もいる。
武器を持っている人を見て、もっとちゃんと準備すれば良かったと後悔した。Tシャツジーンズ姿に髪はポニーテールにし、持ち物はウエストポーチの中に途中で買ったペットボトルの水とグミ。
私だけちょっとした運動気分じゃねーか。グミってなんだよ。

「ちょっと、そこのお嬢さん」
「………ん?私?」

あーあ準備不足だ、もう帰っちゃおうかなとか思っていたら後ろから声が聞こえた。
辺りを見回す。お兄さん、おじさん、おじいさん、マッチョ。お嬢さんと呼ばれるような女は私くらいしかいない。

「そうそう、君だよ」

振り向けば、手に小さな袋を持った背の低い…ちょっと胡散臭そうなおじさんが頷いた。
第一印象では、どう見てもハンター試験に受かるようなタイプではない。お前戦闘力5だろ。
同時に人を見かけで判断するのはよくない、と思った。シャルとかハギ兄さんとかナズナさんとかあのカストロってお兄さんとか、みんな外見詐欺もいいところだ。
このおじさんも実は物凄く強いのかもしれない。「私の戦闘力は53万です」なのかもしれない。

「なんですか?」
「君、ハンター試験初めてだろ?」
「いや12回目です」
「ハハハッ、嘘はいけないよ。その計算だと君が初めてハンター試験を受けたのは2、3歳くらいになっちゃうだろ?」
「ああ、そうですね」

私のジョークを笑い飛ばしたおじさんは満足そうな顔をして「それに…」と続きを話し始めた。

「俺、このハンター試験を10歳の時から30回受けてるからね。君みたいな女の子が過去に受けに来ていたらすぐにわかるよ」
「30回!?すごいですね!」
「お、そうかい?」

おじさんの言葉に驚く。だって、それって30回ハンター試験を受けて“死ななかった”ってことでしょ?
普通にすごくないか?ハンター試験って運が悪けりゃ死ぬぜと言われるくらい危険なのに、30回生還ってラッキーなんてレベルじゃない。
この人アレだ。「私の戦闘力は53万です」じゃなくて「私の防御力は53万です」なんだ。
感心した目で見るとおじさんは少し困ったように笑った後、思い出したように手に持っていた袋から缶ジュースを取り出した。

「俺はトンパ。こいつはお近づきの印だ」
「これはどうも……私はセリっていいます」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「……………飲まない、のか?(まさか、中に睡眠薬が入ってることに気付きやがったのかこのガキ?)」
「………え?ええ、ちょっと(今ジュース飲んだら絶対トイレ行きたくなる。ハンター試験ってトイレ休憩とかあるっけ?)」

いや、ないだろトイレ休憩とか。日帰りバスツアーかよ。
一人でボケて一人で突っ込んでいる私をトンパさんは凝視していた。正確には私の手元の缶ジュースだ。そうか、せっかくジュースもらったのに飲まないのは失礼だよね。
後で頂きますね、とウエストポーチにしまうとトンパさんはものすごく安心した顔になった。どうした。

「ま、俺はハンター試験のベテランだからさ。何か聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ!」

胸を張るトンパさんに早速気になっていたことを聞いてみる。

「やっぱり女子って目立ちますかね」

こうして話をしている今も視線が痛い。
私の質問にトンパさんは腕を組んで「うーん」と周りを見ながら言った。

「まぁ、大半が男だからな。ああ、でも」

と言うとトンパさんは少し移動すると辺りをキョロキョロ見回し、しばらくして誰かを見つけたらしく私を手招きした。

「ほら、あそこの486番。あの子は多分君と同い年くらいじゃないか?」
「えー、っと……?」

トンパさんの視線の先を見てみると髪を五方向に纏めた何とも形容しがたい髪型をした女の子がいた。本当になんて言えばいいのかわからない。アレどうやってセットしてるんだろう。
そんな奇抜な髪型の彼女は遠目からでもわかるほど美人だった。Tシャツにジーンズと私とまったく同じ格好をしているのにまるでモデルのような輝きを放っていた。スタイル良い。

彼女を眺めている間に、また一人会場に辿り着く。トンパさんは私に「頑張れよ」と言うと着いたばかりの受験生の元へ行き声をかけていた。
トンパさんはバイト先の面倒見のよい先輩タイプなんだろう。良い人だ。
現在居るこの場所の探索も兼ねて、とりあえず奥の方に進むとイビキをかいて眠っている人が居た。すぐ側には私がさっきトンパさんから貰ったものと同じ缶ジュースが蓋の空いた状態で放置されている。
きっとジュース貰って舞い上がっちゃったんだな。だからって寝るなよと呆れつつその場を離れる。ちょっと緊張感が足りないんじゃないかな。

ある程度進むと床に青い線が描かれていることに気付いた。よく見ると私が今立っている場所は青い線で囲まれている。進んできた方向を見ると赤い線が見えた。どうやら向こうは赤い線で囲まれているらしい。
何だこれ。バレーボールの試合でもするの?と思ったが、それにしては一つのコートが異様に広い。よくわからない。
諦めて先程トンパさんが教えてくれた486番の女の子の近くまで戻り、彼女の姿が見える位置で腰を下ろす。
同性が近くに居た方が何となく安心するので試験が始まるまで此処で待機しよう。

体育座りをして暇潰しとしてウエストポーチから携帯を取り出す。すると新着メールが24件と不在着信が11件きていて驚いた。
シャルか?シャルなのか?と確認したら本当にシャルで携帯潰したくなった。しかもいつも通りのどうでもいい内容。
とりあえず『最近迷惑メールが多いのでアドレス変えました。勝手に他の人に教えないでね』というメールをシャル以外に送っておいた。携帯の電源を切ってウエストポーチにしまう。

そのままぼけーっとしてどのくらい時間が経ったろうか。
私は『ピンポンパンポーン』というデパートなんかでよくある館内放送の音により意識を戻した。

『只今をもちまして、ハンター試験の受付を終了させていただきます』

聞こえてきたのはお姉さんの声だった。聞き取りやすい声質だ。
どこから声が?と思ったら私がいる場所から少し離れた位置にスピーカーらしきものを発見した。そこから、さらに言葉が発せられる。

『参加者は615名。棄権者がいなければ、これより一次試験を開始いたします』

その言葉に私のように座っていた人達は次々と立ち上がった。やる気満々っすね。私もその人達を見倣って立ち上がる。

『棄権する方がいらっしゃらないようなので一次試験の○×クイズを開始いたします』

…………………は。
その場に居た全員が固まった。○×クイズ……だと…?
いやいや予想外にも程があるだろ。立ち上がった時の「やったらァ!」の気合いをどうしてくれる。
みんながいい感じにザワザワしていると再びスピーカーからお姉さんの声が響いた。

『今から出題されるクイズの答えが○だと思った方は赤い線の中へ。×だと思った方は青い線の中へお移り下さい』

ハッとして下を見る。そうか、さっきのあれは○×クイズのための線だったのか。

『なお、シンキングタイムは移動時間込みで一問につき一分となっております。時間内に○×どちらかに移動できない場合は失格となりますのでご注意下さい』

マジかよ。
未だに戸惑っている様子の受験生達の間をすり抜け、スムーズに移動が出来るよう今のうちに赤と青の線の境目に移動する。これで完璧だ。
あとは問題次第なわけだが…、聞き逃さない様に耳を澄ます。

『それでは第一問、私の昨日の夕食はカツ丼である。○か×か』

知らねぇよ!?
この場にいる全員がそう思っただろう。個人のことを問題にするなよ、わかるわけないだろ!
しかし試験は既に始まっている。移動込みで制限時間は一分。正解の確率は二分の1なので「わからないけど、とにかく移動!」といった感じで動き出す人と「ハンター試験で○×クイズって…え、何それ…」とそもそも一次試験の内容に戸惑って動けない人で別れていた。
しかし困った。誰も答えがわからないので“迷ったら得意な顔をしている人がいる方”に移動することが出来ないじゃないか。これはもう完全に勘で答えるしかない。

スピーカーから流れる無慈悲な『残り三十秒』宣告に受験生達は慌てて移動する。
判断材料が一切ないので私は直感で×にした。こういう時の最適解が分からないので仕方がない。ぱっと見た感じでは○の方が多いので不安になってきた。
落ちたらどうしよう。○×クイズでハンター試験不合格とかなんか恥ずかしい。お姉さんによる終了十秒前カウントダウンを祈るような気持ちで聞いた。

『正解は×です』

当たった!
と心の中で喜んだのと同時に隣の○を選んだ人達が叫びながら下へ消えた。何それ!?
なんとお姉さんが正解を告げたすぐ後、○の床が真ん中からパカッと開いたのだ。ごく自然な成り行きで中にいた人達は落下する。

『不正解だった方はこうなります』

ええええええ!?

[pumps]