はじめてのハンター試験
紙にはまだ続きがある。
二人のうち、どちらが次の試験に進むかは戦闘や話し合いなど各自に任せる。
この場に残る一人は制限時間終了まで手錠を付けて宝箱の中にいること。鍵を使わずに扉を壊した場合は二人とも失格。
私は無言で持っていた鍵を手放した。宝箱の中に落ちた鍵は軽い音を響かせる。

「……どうする…?」
「……えっと…」

メンチちゃんは苦虫を噛み潰したような顔で小さく問いかけた。
私はと言えばメンチちゃんがこちらに意見を求めてきたことに少々驚いていた。いや、もっと血の気の多いタイプかと思っていたので問答無用で襲いかかってくるかなって。マジごめん。

「どうしようか……」

悩んで悩んで悩んだ末に私はこんなことしか言えなかった。
もしもペアの相手がこっちに冷たい態度を取ったり協力なんてしません、っていうような人だったら何も言わずに腹パンチして宝箱に閉じ込めておくけど、メンチちゃんだし。相手は年の近い友好的な女の子。ちょっとキツイ感じの美人さんで私の好きなタイプだ。
そんな子を腹パンチ出来るか?旅団ならやるだろうが私は無理だ。
しかし、この試験に合格できるのは私かメンチちゃんどちらか一人だ。わざわざペアを組ませておいて揉めるように仕向けるとか三次試験の試験官も中々いい性格をしている。

「……………」
「……………」

どちらも言葉を発しない。
これを究極の選択と言うのだろうか。メンチちゃんの顔はどんどん険しくなっていく。
正直ここでメンチちゃんが「勝負しよう!」とか言ってきたらそれはそれで楽だ。
何があろうと念能力者の私が絶対に勝つだろうし、向こうから仕掛けてくるんだから負い目も感じない。
だが、メンチちゃんは私と同じように悩んでいるのだ。

「……とりあえず、座らない?立ちっぱなしは辛いよ」
「そうね…」

私の言葉にメンチちゃんは素直に従い、床に腰を下ろした。胡座をかいて床を見つめている。
もし、ここで少しでも戦う気があるなら「座る?オイオイ、なめてんのか。あたしら敵同士だぜ」みたいな空気になっているはずだ。
えーっとつまり、張り詰めた空気ってことね。それとなく警戒しているのが伝わるはず。少なくとも床なんて見ないし、私から目も離さない。
それが無いということはメンチちゃんは武力で何とかしようとは思っていないのだろう。
ということは話し合い。これは長期戦になりそうだ。


「……………セリ、あんたはどうしたいの?」
「どうしたいって?」

五分か十分か、それとも実際は一分も経っていないのか。
長く感じた沈黙を破ったメンチちゃんの問いかけの意味をわかっているのにわざと聞き返す。

「受かるのはどちらか一人よ。あたしはこの試験に受かりたいわ。でも、それはあんたもそうでしょう」

ここで一度溜め息をつくとメンチちゃんは私をまっすぐ見て口を開いた。

「ここで落ちるなんて嫌よ。でもあんたと戦って一人残るのも……、それにあんたハンターになって父親を探すんでしょ」

それ嘘です、と今言うとボコられそうなので黙っておく。

「結局お互いここでは退けないわけよ。……どうする?」

そう問いかける彼女はさっきよりもずっと暗い顔をしていた。
戦闘にならない、私の意見を聞いてくれる、そして今さっきの言葉からわかることは…。
@メンチちゃんは温厚で争いを好まない人
Aメンチちゃんは私にちょっぴり友情的なものを感じている

よし、Aだな!
個人的にAの方が嬉しいし、こう言っちゃ何だが@は普通に無い気がする。すごく失礼だが。
しかし、これで最終手段「私はいいからメンチちゃん行きなよ」と言って静かに宝箱の中に入る、が出来なくなった。
だってこの子熱いタイプだもん。そんな合格の仕方は望んでいないと思う。Aだっていうなら尚更だ。
友情を感じている相手にそんなことをされれば、真剣に悩んでいる自分がバカみたいになる。
まぁ、私なら「えー、マジで?いいのぉ?」とか言って試験通過しそうだが…酷いな私。

メンチちゃんはそれっきり口を開かなかった。私も黙ったままなので再び沈黙が訪れる。
ここで気がついたのだが、“宝”がすぐに見つかったのは今の私達のように答えが出なかったり、戦闘になったりするからだろうか。
時間はいっぱいあるんだから、思う存分考えなさい的な。それで悩む姿なり、戦っている姿なりを隠しカメラとかで見てる……とか。うわぁ、嫌な奴。心の中で試験官の好感度が一気に下がった。


「なんか喉乾いたわね」

しばらくして、久々に口を開いたメンチちゃんはそのまま「水とか持ってない?」と続けた。
そういえばメンチちゃんは手ぶらだ。水などの用意はしてなかったらしい。
ちょっと待ってとウエストポーチを開けた時、トンパさんから貰ったジュースがあったことを思い出した。
すっかり忘れていた、せっかくだし飲もうかな。メンチちゃんにペットボトルの水を取り出して渡した後、私は頂いたジュースを取って蓋を開ける。
すると、それを見たメンチちゃんが「げっ」と顔を歪めた。

「それ、トンパっておっさんから貰ったやつでしょ?飲む気なの?」
「うん。ダメなの?」
「だって、あんなおっさんから貰ったジュースなんて嫌でしょ。いかにも胡散臭そうだし、絶対なんか裏あるわよ」

あたし捨てたもん、とメンチちゃんは嫌そうな顔をして言った。
まぁ、胡散臭そうなのは否定しない。だが人の厚意をそんな風に捉えるのも良くないだろう。
そう思って「私はトンパさん信じてるから!」と豪快にジュースを飲んだ。メンチちゃんは「ちょマジやめた方が」と止めに入ったが時すでに遅し。
私が眠りについたのはその三十分後のことである。

[pumps]