その時歴史が動かなかった
ハンター試験に落ちた私は何事もなかったかのような顔をしてハギ兄さん宅に戻った。
試験に費やした日数は移動も含めて大体四日。漫画ではもう少し長かったはずだから今回は短い方だろう。
個人的には修学旅行に行って帰ってきたって感じだ。たいしたことやってないし。

そんな私が家に入って最初に見たのは号泣しているキルアとテレビを観て笑っているハギ兄さんだった。
まるで育児放棄の現場さながらの状態に呆然としているとキルアは帰ってきた私に気づき、ピタリと泣き止んだ後「生きてた!!?」と叫んだ。意味がわからない。
さらには「馬鹿!命を大切にしない奴なんか大嫌いだ!」と言いながら私にタックル。意味がわからない。
ハギ兄さんは「おかえり」と言うだけで素敵に無視をしてくるので、泣きじゃくるキルアを宥めて話を聞いた。
どうやら私が天空闘技場に来なくなったので心配したキルアが家に行ったらハギ兄さんに「死んだよ」と告げられて信じて泣いていたそうだ。私死んでたのか……。

私がどこに行っていたか知らないからって適当なこと言わないでほしいがそんな突拍子もない話を普通に信じるキルアはやはり6歳(今年7歳)なんだなぁ可愛い、と和んだ。
なんだか久々の癒しタイムに嬉しくなって、可愛いねとキルアの頭を撫でたら顎にアッパーをくらった。調子乗るなってことですね。

そんな帰宅から三日後のこと、奴が来た。

「ハンター試験とか関係ないから。携帯切って電話に出ないなんて本当にいい度胸してるよね。これはなんか埋め合わせしてくれないと」

私を待っていた次なる人物はシャルだった。うわ、めんどくさいの来たなぁ…とか思ってしまったのは許してほしい。
キルアと久しぶりに天空闘技場で一通りじゃれてテンション上がって帰宅したところでコイツだもん。もう成長したから可愛くない。
シャルは私への文句をぶつぶつ言いながら携帯を弄っていた。打つの速いな。
そんな彼に「電話やめない?そんなに私と話したいのか」とか言ったら「ただの暇潰しに決まってんじゃん!感謝しなよね」と言い始めるし。
これにはハギ兄さんもコーヒー噴き出して爆笑してたぞ。
扱いの難しいシャルに疲れて冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しコップに注ぐ。

「埋め合わせって何すればいいの?そんなことより私の新しい美人友達について語りたいんだけど」
「どこか遊びに行こうよ。セリ、いつ暇?」
「私はいつでも暇と言えば暇だけど。でも早い方がいいなぁ」
「うーん…」

シャルは携帯を弄りながら悩む。色々予定が詰まっているんだろう。
忙しいなら遊ばなくてよくない?と思ったが黙っておいた。オレンジジュースを飲みながら壁にかかったカレンダーを見る。

「来週の月曜とかは?」
「あー、ダメ。というか来週は丸々調べ物する時間に当てたいから無しで」

一週間使うって何調べる気だよ。
シャルは携帯とにらめっこを続けながら、私に「ハンター試験ってどんな感じ?」と急に話題を変えて聞いてきた。

「難しい?」
「え?うん、○×クイズとかだよ」
「!?」

嘘じゃねーぞ。
それ難しいのか…?という感じのオーラを出してくるシャルに詳しい内容を話してやると黙った。軽く引いてるようだった。
しかしすぐに頬杖をついて独り言のようにポツリと言う。

「ライセンスがあるとやっぱり便利かなぁ」
「?調べ物するのに?」
「うん。秘匿されている情報は個人で調べるには限界があるし。ライセンスがあればハンター専用の情報サイトにアクセスできるから、今よりずっと楽になると思うんだよね」

こいつマジで何調べる気だ。

「…それは調べる内容によるんじゃない?今は何調べてんの?」
「今?今はクルタ族っていう…」

発言の途中で私は勢いよくオレンジジュースを噴いた。

「汚なっ!!ちょ、やめてよ!?」
「いや、だって、ゴホッ!」

シャルはものすごく迷惑そうな顔で私を見ている。
でも、これってアレでしょ?クラピカ以外全滅フラグでしょ?咳き込みながら思う。
油断してた。いつの間にクルタ族襲撃の時期になってたんだ。まぁ、正確な時期なんて元々知らなかったんだけど……うわぁ、どうしよう…と、ここで自分の思考に疑問を感じる。何がどうしよう?クルタ族が襲われるから、何?どうする気なの?
口を閉ざした私をシャルは訝しげに見ていた。

オレンジジュースで汚れた床を黙々と掃除している私に、シャルが遊びに行く日を告げる。
二か月近く後だった。その間シャルが何をするのかはもうわかってしまった。

「で、どこに行く?」
「…別にどこでも………あっ」

場所の希望を求められた私は「どこでもいい」と言う途中であることを思い出し、私の私物入れである段ボール箱を漁る。そして雑誌を取り出して目的のページを開く。

「これこれ!私このジェラート屋さんに行きたい!」
「?いいけど…」

『女性に大人気!』と書かれたページを見てシャルは意外そうな顔をした。おそらく私が女子らしい興味を示したことに驚いているんだろう。
こいつ失礼だな、と思いつつ話を続ける。

「本当はナズナさんと行こうと思って前に誘ったんだけどさ、ナズナさんは女の人がたくさんいる場所嫌なんだって。やっぱりトラウマかな」
「………………………あ、そう」

私のその発言にシャルの顔がひきつって、視界の端でまたハギ兄さんが噴き出してた。

[pumps]