その時歴史が動かなかった
シャルと遊びの約束をしてから五日後、私はヨークシンシティにいた。
何をしに来たのかと言えば旅団の団長クロロと話し合いに来た、といった感じか。話し合いの内容は正直、私自身よくわからない。
本気で私は何をしに来たんだろう。偽造パスポートの用意とかここに来るまで結構大変だったのに、肝心の目的はハッキリしていない。
でも多分、私はクロロとクルタ族について話したいのだと思う。

シャルからクルタ族を調べるという言葉を聞いて、「ああ多分そろそろだろうな」と思って、それでしばらくぼーっとして、気が付いたらクロロに連絡をとっていた。

『ちょっと面貸せよ』
これが私のクロロへのメール内容だ。もっと他にも言い回しがあるだろ。流石にシカトされると思ったのだが、そこでクロロの謎の優しさが発揮された。
『そちらから来るなら、別に会ってもいい』とのことだった。
その返信を受けた私は謎の行動力でパドキアからヨークシンへと向かって今朝到着した。つまり謎だらけだ。

地図を片手にクロロが指定した図書館の敷地内に入る。
館内には入らず、外をしばらくウロウロした後、ベンチを見つけたのでど真ん中に腰かける。
鞄から携帯を取り出し、クロロに『外のベンチに座って居るから暇になったら来て』とメールをしておく。話す内容が何も決まっていないので当分は暇にならないでほしい。

背もたれに寄りかかって力を抜き、だらしなく座る私はこれから何を話す気なのか。
クルタ族について?話すったってどうやって?そもそも旅団がクルタ族を襲うと確実に決まったわけではない。
シャルはクルタ族を調べるとは言っていたが、それがクロロに頼まれてだとか、旅団の活動に関係があるから、とかは一切話していない。
ただ本人が気になったから調べている可能性だって十分ある。まぁ、クロロや旅団の活動に関係があるからと言って、それを私に話す必要はどこにもないわけだが。

それでも今回は関係なくとも、旅団はいつか必ずクルタ族を襲うはずだ。
だから今、私がヨークシンにいるのはクルタ族を襲ってほしくないから最高責任者と話をつけようと。
旅団一人一人を説得してもあいつらは私よりクロロが好き(なんか語弊がある)だから、誰も聞きやしない。なのでトップを説得しようと。
そういうことなんだきっと。

鞄に入れた携帯がメール受信を知らせる。

『今から行く』というものすごく簡潔なクロロからのメールは、私に緊張を与えるには十分すぎる威力を持っていた。
それとなくクルタ族から興味を反らす。とりあえず、これを第一目標として話をしていこうと思う。
正直、こんなことをしても私にメリットは何一つない。でもそんな問題ではない。全く知らない人達だけど、何の罪もない人達が私の知り合いによって、異常に残虐な方法で命を奪われようとしている。
私はそれを知っている。止めない理由だってないのだ。
独りよがりな善意を押しつけているだけの気もするが。

***

「まさか本当に来るとは思わなかった」

私の右側から声が聞こえた。
正面を向いたままでも声の主はクロロで、私が座っているベンチの右隣のベンチに居ることがわかる。
まるで独り言のように呟かれた彼の言葉に私は苦笑した。

「本当に驚いたよ。セリが俺と二人で会おうとするなんて思いもしなかった」

それは私達が元々仲良くないからか、ストーカー呼ばわりしたからなのか。多分前者だろう。
同じベンチに座らないでいるあたりが私達の微妙な距離感を表している。

「で、何の用?」

クロロが言う。向こうもおそらく私を見ていない。

「用っていうか、話って言うか」
「へぇ」

なので私も正面を見続けて話す。クロロは気のない返事をする。

さて、何と切り出そうか。
クルタ族襲うのやめない?直球過ぎアホか。というか向こうが何も言っていないのに急にクルタ族っていう単語を出すなんて不審すぎる。
意外と難しいな。私は別に世間話をしに来たわけではないのだから、絶対にクルタ族について話さなくてはいけない。
だが。急にこれを言うのはちょっと……何でもいいからきっかけが欲しい。出来ればクロロの口から「俺達クルタ族襲うんだよねー」とか言ってほしい。
そしたら「バッキャロー!」って言えばいいだけだし、話の流れもスムーズだ。

しかし、現実はそんなに上手くいかない。
このあと、クロロの口から出たのは私の期待したものではなかった。

「セリ、話があるんじゃないのか?」
「あー、っと」

クロロがやや困り気味に言う。
待て、急かすな。こっちは色々考えているんだから。そんな私の思考をクロロはぶった切る。

「すぐに話せないのなら、俺から話してもいいか?」
「へ?」

間抜けな声が出た。何それ、クロロから話すってどういうこと?私に話があるの?
予想外の展開に軽く混乱し始める。前から思ってたけど私って頭弱いよね。
私の混乱が解けるのを待つことなくクロロは話始める。

「俺が流星街から出ていく日にした話を覚えているよな?」

その時、初めてクロロの方に顔を向けた。いつの間にかクロロも私を見ていた。
目と目が合う。この間は何秒くらいだろう。
よくわからないけど、クロロが次の言葉を発するまで私は周りをゆっくり見て、こんなことを考えていられるほど時間があった。

「あの日の疑問の答えを、ぜひ聞かせてほしい」

顔は穏やかなのに、クロロは恐ろしくなるくらい全く目が笑っていなかった。お互い見つめ合う。
私はクロロから目を逸らさずに、静かに言った。

「それ何の話だっけ」

そんな話は全く記憶になかったので、正直に言ってみた。

もしこれが漫画だったら、その瞬間のクロロの顔はギャグ漫画の絵柄みたいになっていたと思う。
それほど私の言葉はクロロに衝撃を与えたようだった。

[pumps]