その時歴史が動かなかった
クロロが流星街を出ていったのって五年くらい前だっけ?疑問の答えとか言われても、そんな昔のこと覚えてない。
過去の出来事を、というか会話を一言一句覚えている人なんて普通いないだろう。余程印象に残らない限り大抵の人はそうなんじゃないか?
つまり、私の中でクロロとの話は印象に残らなかった=クロロはどうでもいい、ということである。本人に言うのはあんまりなので黙っておいた。向こうからすれば私だってどうでもいい存在だろう。
なんだかもの凄くシリアスな空気を醸し出していたクロロはやや暗めのトーンで言った。

「セリ、お前本気で言ってるのか?いつもの悪ふざけならやめなさい」
「いや、本気で覚えてないんですけど…」

いつもの悪ふざけってなんだ。クロロは珍しくショックを受けたような顔で口を手で覆っていた。
顔色も悪かったので、吐きそうなのかな?と思って鞄からエチケット袋を取り出し「吐くならここに吐きなね」と善意で渡したら、超光速で約三十メートル離れたごみ箱に投げ捨てられた。
一瞬何が起きたのかよくわからなかったが、とりあえずクロロの肩凄い。ピッチャー向いてる。

「それだそれ。言ったそばから悪ふざけするな」

呆れた声で注意を受ける。これは悪ふざけじゃない、気遣いだ。
私ほど素直で気遣いのできる良い子は少なくとも流星街にはいないだろう。

「昔からお前はそうだ。発言に一貫性がないし、いつもふざけたこと言って一人だけ大騒ぎしてたし、うるさいし馬鹿だし空気が読めない」

なんかめちゃくちゃ悪口言われてるんだけどこれ怒っていいの?ひとつ言いたいが私は空気読める方だぞ!?
腹が立ったので自分の中で最大級の怖い顔をしてクロロを睨むが、奴は既に私を見ていなかった。どこか遠くを眺めるクロロの姿は何故か哀愁漂っている。

「お前と付き合えるシャルはすごいと思っている。尊敬に値するよ。俺には絶対無理だ」

そこまで言う?私は無言で鞄から道中に買ったペットボトルの水を取り出すとクロロ目掛けて本気で投げた。
クロロは飛んできたペットボトルを見向きもせずに叩き落とすとブツブツ呟き始めた。

「そうだ、この性格がおかしいんだ。流星街で生まれたくせに明るいにも程があるだろ…腹立つな」
「…クロロ…?」
「どうやったらこんな能天気なアホ…間違えたバカに育つんだ?」
「何を間違えたの?ねぇ?」
「旅団に誘わなかったのは大正解だな…セリが入っていたらまともに活動出来てなかったぞ……恐ろしい…」
「聞こえてんだろ無視すんな」
「この先もずっとこの調子じゃ、いつかシャルにも愛想を尽かされるだろ」
「クロロさーん!元気ですかー!!」
「そういえば人は自分と違うものに惹かれると言うな。つまりシャルがセリを気にするのはそういう…?」
「元気があれば何でもできるっ!いちっ、にっ!」
「……………………」
「さんっ、だ…ぁ…」
「……………………」
「あー、その…」

クロロはなんとも言い難い顔でこちらを凝視していた。怖かったのですぐに視線を逸らした。
急に黙るんじゃないよ!本当に気の利かない奴だな!

「………………」
「………………」

続く無言。
クロロはこちらを凝視したままだし、私は地面を見つめている。
しかし確実に先程のどシリアスな空気はなくなっていた。おかしいな、私は何もしていないのに。
だが、いつまでもこの状態を続けるわけにはいかない。目的を忘れるな、今日の議題はクルタ族についてだぞ。
そこで私は意を決してクロロの方を向いた。

「クロロ…本題だけど」
「突然変異とか……………え?何?」

何か失礼なことを呟いていたが、もう気にしない。
いいか、トチるなよ自分。最初に何を言うかで決まるんだからな。大きく深呼吸をしてから口を開く。
後でタイムマシンがあるならこの時に戻りたいと後悔した。

「緋の眼についてどう思う?」

その言葉を言った瞬間、ついさっきまでの和やかとは言えないがそれなりに緩かった空気は一気に凍りついた。クロロはすっ、と目を細めた。

やっちゃったよ!馬鹿!

[pumps]