二回目のハンター試験
試験官、ハギ兄さんに言われた番号の人達は我先にと後ろの出入口から退室していった。
わざわざハンター試験を受けにきて、いきなり「退室しろ」と言われて素直に出ていく人はいない。なら、何故彼らは逃げるように出ていったのか。
それはその、ハギ兄さんがわんぱくだからさ…。

ふざけないで真面目に説明するとハギ兄さんに退室しろ、と言われた受験生達はやっぱり納得いかないようで「あ?テメー何言ってんだ、調子乗んなよ」と見た目は弱そうなハギ兄さんに突っ掛かったのだ。私はこの時点でお手てのシワとシワを合わせていた。
マッチョな受験生と見た目が厳つすぎる受験生が先陣を切ってハギ兄さんに近付く。体格的にも人数的にもハギ兄さんが不利に見えるが、非念能力者に負ける人じゃない。
マッチョがハギ兄さんに殴りかかる。この時、何が起きたのかよくわからなかったのだが気がついたらマッチョは一番後ろまで吹っ飛んでいた。マジで何したの!?
それを見た厳つすぎる受験生は一瞬、躊躇したもののすぐにナイフで襲いかかった。
ここからあまり説明したくないのだが、ハギ兄さんは受験生からナイフを奪い、その受験生の頭を掴んだ。ミシミシいってた。
そして一番近くの机に奪ったナイフを刃先を上にして立て、そこに受験生の頭を叩きつけたのだ。痛い痛い痛いっ!
私はもちろん他の受験生達はこの行為にドン引きした。その机の席に座っていた人は自分が襲われたかのような悲鳴を上げていた。机に叩きつけるだけでいいじゃん!なんでそこにナイフ立てたの!?
ナイフは受験生の額に深々と刺さっていて、受験生は一言も発せずそのまま床に倒れた。ハギ兄さんは放置。

これが先程起きた出来事である。
文句を言っていた残りの受験生達は物凄い勢いで外へ出ていった。ナイフが刺さった受験生は未だに床に放置されている。あれ死んでない…?
助けたくてもハギ兄さんが怖くて動けない。全員無言だ。もう私あんな怖い人と生活したくない。

「皆さんわかっているとは思いますが、一次試験は筆記試験となります」

この空気でよく言ったな、と思ったと同時にハッ、とする。筆記試験、ペーパーテスト!
さっきまでのハギ兄さんの行動を見たシャルがこちらを向いて何か言おうとしたが私は無言で制した。
何が言いたいかはわかる。だが、倒れている人には本当に申し訳ないが今はそれどころじゃないんだ。
ハギ兄さんが試験官で課題はペーパーテスト。よく考えてくれ、中身ガキで他人の不幸は蜜の味なあの人がまともなテスト問題を作ると思うか?
外見は最高だが、空気は読めないし自己中だし子供嫌いだし全体的にSっぽいし頭おかしいし、実の母親から自惚れ屋の構ってちゃんなんて言われるような男だぞ。
ハンター試験とか関係なく奴なら予想出来ないぶっ飛んだ問題を出してくるはずだ。なんか既にニヤニヤしてるもん。

「では、今から試験問題と解答用紙を配ります」

ハギ兄さんが言うと後ろの出入口から人の気配がした。
振り向けば、さっきの金髪美人とスーツにサングラスをかけた男性三人が、問題と解答用紙だと思われる紙の束を抱えて前に向かって歩いてきていた。

「どうされたんです?こちらの方」

前に来た金髪美人が倒れている受験生を見て、ハギ兄さんに持っていた試験問題を渡しながら言った。

「ああ、なんか急に錯乱して自分にナイフ突き刺して倒れちゃったんだよね。邪魔だから退けてくれない?」

おい、なに堂々と嘘ついてんだ。
おそらく受験生全員がそう思っただろう。お前がやったところ皆見てたからな、と実際に口には出来ない。自分の身に何が起こるかわからないからだ。
金髪美人はハギ兄さんの言い分を信じて受験生を肩に担ぎ、出入口付近で倒れているマッチョもついでに回収してそのまま出ていった。明らかに非力そうな金髪美人が意外とマッチョでビビった。
それを見届けるとハギ兄さんはスーツの人達と一緒に用紙を配り始め簡単に試験の説明をする。

「解答用紙には自分の受験番号を記入してください。問題用紙は解答用紙と一緒に最後に集めます。試験時間は90分。とは言っても簡単な問題ですから、時間は余ると思います」

その言葉にペーパーテストと聞いて諦めの空気を纏っていた人々が顔を明るくした。

「ハンターを目指す皆さんにとっては“簡単な”問題ですから、八割正解で一次試験は合格となります」

素晴らしい笑顔でそう言ったハギ兄さんを見て鳥肌がたった。嫌な予感しかしない。
簡単を強調するあたりが怪しい。しかし周囲を見てみるとほとんどの受験生がその言葉を信じているようだった。いや、私の考えすぎならいいんだけどさ。

全員に用紙を配り終えるとスーツの人達は外へ出ていった。てっきりカンニング防止のために監視でもするのかと思っていたので少し驚く。
カンニングが必要ないくらい本当に簡単な問題なのだろうか?
スーツの人達が出ていくのを確認したハギ兄さんは受験生全員の様子を伺い、後ろの壁にかかっている時計を見る。
時刻は19時29分。時計の長針が6を指したとき、静かに口を開いた。

「では、始めてください」

一斉に紙を捲る音がした。
私も同様に紙を捲り、問題を読んで固まった。

『殺人鬼ベンニー=ドロンが作ったベンズナイフ288本全ての形状の特徴を記述せよ』

全然簡単じゃねーよふざけんなバーカ!!!
受験生ほぼ全員が固まっているのが空気でわかる。待って、まずベンズナイフって何!?
しかもこれ288本もあるの!?90分で全部の特徴書くとか絶対に無理じゃんバッカじゃないの!?馬鹿!!
問題から目を離し、前のハギ兄さんの顔を見る。ああっ、ニヤニヤしてるすっごいニヤニヤしてるさっきよりずっとニヤニヤしてる。あっ、今吹き出した!なんか手で口元隠してるけどバレバレだからな!

しかしあの反応で確信した。あいつ一次試験に受からせるつもりない。
スーツの人達を監視として残さなかったのはカンニングの心配がないから。解けないとわかっていての行動だ。
最初に簡単とか言って期待させておいて、いざ問題を見た時の皆の絶望的な顔を見て一人笑う。流石は顔以外全部ダメな男だ。

試験開始から5分が経過する。私はシャーペンを持ちながらも、受験番号以外なにも書けずにいた。
何か埋めなくては、と思うのだがベンズナイフ自体を知らないので何も思いつかない。
カンニングしようとか考えていたけど、まずこの部屋に答えがわかる人なんているのだろうか?聞こえてくるのは溜め息ばかりでシャーペンが動く音の方が少ない。
ほとんどの受験生が何も書けずに詰まっているのだ。合格したいなら自分の力でなんとかするしかない。

とりあえず本当に何でもいいから埋めてみよう、とシャーペンを握る手に力を入れる。
特徴、特徴ね。ベンズナイフってことはナイフだから、尖ってるとか?鋭くて切れ味抜群とか?
ふむ、いいかもしれない。こんな風に書いていけば間違っていても部分点くらいは貰えるかも。
合格は八割正解だから正直無理だとは思うが確率はゼロではない。キルアが言っていたじゃないか「諦めたらそこで試合終了だぜ…」って。
大切なのは諦めない心だ!そう自分に気合いを入れて答えを埋めていく。

すると突然ポン、と頭に手が置かれ驚いて顔を上げる。そこにはハギ兄さんがいた。
そしてニヤニヤしながら私の解答用紙を見て、思いっきり吹き出した。おいお前いい加減にしろ。
頭に置いたままの手で私の髪をぐしゃぐしゃにすると「ぶふっ!ふ、ふふふ…!!」と笑いを噛み殺しながら去っていった。もう死ねばいいと思う。
ムカムカして書いていた答えを全て消した。もういい諦めよう、今年は運がなかったのだ。ごめんねキルア、人生諦めが肝心です。君も成長したらわかるよ。

完全に試験を放棄し、机にうつぶせになる。今年は諦める受験生がたくさんいるだろうなぁ。
そう思い、気になって組んだ腕の隙間からこっそりシャルを見るとなんと半分以上の答えを埋めていた。
ええー!?と叫びたくなるも我慢する。いや、まだあの答えが合ってるかわからないし、私と同じで適当に埋めてるだけかもしれないし!
ふと、シャルがこちらを見た。バッチリと目が合う。逸らす理由もないのでそのまま何となく見つめ合っていると、急にシャルがにっこりと笑った。
どうしたの?と目で問いかけてみる。ちょうどその時だった。

「え」

小さく声が漏れる。
チク、と腕に僅かな痛みを感じる。冷たい何かが刺さったようだった。何が刺さったのかはわからない、確認も出来ない。
私の意識が途切れたからだ。

***

「そこまで。後ろから問題用紙と解答用紙を前に送ってください」

その声にハッ、とする。
パチパチと目を瞬かせると、とんでもないものが目に入った。
私の解答用紙の答えが全て埋まっているのだ。え?え?なにこれどういうこと?

私は確かに諦めたはずだ。解答用紙は白紙だったはずだ。じゃあなんで答えが埋まっているの?
実は別の人の解答用紙とか…、と思うも記入されている受験番号は165だし、まぎれもなく私の字だった。
ありえない展開に混乱していると後ろから問題用紙と解答用紙が回ってくる。先に問題だけ前に送り、自分の解答用紙を眺めた。…この解答用紙を提出していいのだろうか。
字は確かに私の字だけど書いた記憶はまったくない。トリックは分からないが、もし答えが全て合っていて合格したとしてもこれは私の実力ではないのだ。
一人考え込んでいると隣から伸びてきた手にひょいっ、と解答用紙を奪われた。

「え?ちょっとシャル」
「早く提出しなよ。セリのところで止めたら他の人に迷惑だって」

そう言うとシャルは後ろから回ってきた解答用紙と一緒に私のも前に送ってしまった。

「でも、アレ…」

納得いかず、しかしどう説明すればいいのかわからないでいるとシャルが急に「これで一次試験は大丈夫だね」と言った。

「メンチには悪かったけど、流石に席が離れてるし障害物も多いから刺せないや」
「え?何、何の話してんの」

一次試験は大丈夫?刺す?障害物?
いきなり色々な情報が入ってきたため私の頭はさらに混乱する。しかし、頭のどこかでなんとなく分かってきていた。

「ヒントはこれとこれ」

言いながらシャルはこっそり携帯と細長い針のようなものを見せてきた。
針といっても実際は針よりももっと太いし、上の方には羽の飾りがついている。この二つを見て、私の最後の記憶では何かが刺さったような痛みを感じたのを思い出した。
まさか刺さったのはこの針っぽいものか?刺されたのを感じた後は一切記憶がない。これは昔ハギ兄さんに念能力を使われた時と状況が似ている。
ということは……凝をして携帯と針っぽいものを見ると二つともオーラを纏っていた。シャルは確か操作系だったはずだ。
そこまで考えて、私は答えを導きだした。

「…これで私を操った?」
「うん」

シャルが事もなげに言ったと同時に私は頭を抱えた。いやいやいや、思いっきり不正行為じゃねーか!
確かにカンニングしちゃおうかな、とか思ってたけど実際にやるつもりはなかったんだって!ちょっとぐらいならいいとは思ってたけど、今回は全部答え埋まってたし!丸写しみたいなもんじゃん!
机をバンバン叩く私をシャルは訝しげに見ている。

「シャル、答えに自信ある?」
「うん?まぁ、全問正解とはいかないけど八割は合ってると思うよ」
「………………」
「団長の手伝いしてて良かった……って、どうしたの?」

シャルの言葉に返事はしない。
これは合格する可能性が高い。普通に考えて合格出来るのは嬉しい、でも今回は完全なる不正合格なのだ。
元学生の私は昔からカンニングはするなと教えられてきた。私の良心が耐えられない。
採点を始めたハギ兄さんを視界に入れる。採点というか答えがまともに埋まってない答案はどんどん床に捨てていってる。すごいペース早い。
この分じゃ、すぐに合格者の番号が呼ばれるだろう。ゆっくりと息を吐いた。

決めた、棄権しよう。

[pumps]