変態と友達
結局シャルはハンター試験に合格したらしい。
メールで『受かったよー』とライセンスの写メを添付して報告してきたが、返信はしなかった。べ、別に悔しいわけじゃないんだからねっ!普通に考えて今回受かるのは無理だもん。

来年また頑張ればいいよ、と自分に言い聞かせふて寝……いや眠いから寝た。
すると半端な時間に眠ったせいか、変な夢をみてしまった。

うまく思い出せないのだが、突然マチに呼び出され「実は団長がストーカーに遭ってるんだよね」という話をされて素で「そんなの知らねーよ」と言ってしまった。その後長く話をしていたが内容は覚えていない。
そこから怒濤の展開なのだが、派手な格好で顔にペイント?をしている男が現れ私はボコボコにされたのだ。確か目になんか刺されたと思う。
逃げ出したのに追いつかれ、心臓を一突きされたところで私の目は覚めた。
汗だくだった。なんだったんだろう、あの夢は。

そんな不思議な夢を視た私が天空闘技場で200階にたどり着いたのはその一ヶ月後のことである。

相手に勝てたのは殆ど奇跡みたいなもので、もう一度戦えと言われたら絶対に負けると思う。
ギリギリでポイントを10点取り判定勝ちだ。かなり苦戦したが勝ったのは事実、どうせ200階から先には行かないので問題ない。
200階への登録をしない場合、次に闘技場へ挑戦する時は一階から再スタートになると受付のお姉さんに言われた。
やる気はないので、私が闘技場のリングに上がることはもうないだろう。200階クラスの選手からは「なんでアイツ念能力者なのに200階こねーの?」みたいな目で見られたが無視した。金も貰えない名誉だけの戦いには興味ない。
闘技場の出入口で出待ちしていたファンクラブの人達とハイタッチをして私は颯爽と銀行に向かったのだった。

「2億!!」

近くの銀行にて、振り込まれたファイトマネーの金額に思わず大きな声を出してしまい周囲の注目が一気に集まったため、そそくさと店外に出る。
いや、一試合で2億って!すごくないかこれ。銀行のすぐ近くの場所で通帳を見ながら一人感嘆の声をもらす。
今までのファイトマネーも大分貯まっていたのでハギ兄さんに新しく口座を作ってもらったのだが、久しぶりに見た預金額は物凄いことになっていた。
これだけお金があるなら、もうハンター証いらないんじゃないの?と思ったが「まだだ!まだ一生遊んで暮らせるほどじゃない!」と人間らしい欲が出てきたためその考えは頭から追い出した。
私の脳内って人間の醜い部分が集結していると思う。

しかし200階に行ったということはもう流星街に帰っていいんだよな…、とナズナさん達の顔を思い浮かべたところでイルミの顔が浮かび、連想ゲーム的なノリでキルアの顔も浮かんできた。

今日はまだ会っていないが出入口であれだけ大騒ぎしていたので、おそらくキルアは私が200階に到着したことを知っているだろう。
お別れも言わずに勝手に帰るのはよくないし、どうせそのうち家に来るだろうからお菓子をたくさん買っておこう。
二人でお別れお菓子パーティーをして流星街の実家に帰ることにした。今の住まいはマジキチいるし早く出ていきたい。

そう思って一番近いコンビニに寄っていこうと通帳をしまいながら歩き出したところで、前から歩いてきた人にぶつかってしまった。

「あっ、ごめんなさい!」
「ん?ああ、大丈夫だよ」

今のは完全に私が悪い。慌てて謝れば相手は笑顔でそう言って首を振る。
私がぶつかったのは赤い髪のとても格好いいお兄さんだった。

***

店員さんが運んできたアイスティーにミルクを一つガムシロップを三つ開けて中に注ぎ、かき混ぜる。

「…入れすぎじゃないかな」

ガムシロを三つ…?という声が聞こえたような気がした。

「私、苦いのダメなんですねー」
「こういうお店で出るアイスティーは苦くないよ?」
「女の子は甘いものが好きなんです」

言いながらアイスティーと一緒に運ばれてきたパフェを口に運ぶ。
私は先ほどぶつかったお兄さんと喫茶店で穏やかに談笑していた。なぜだ。

簡単に回想するとぶつかった拍子に私の通帳が吹っ飛び、それをお兄さんが拾ってくれたのだ。この時、中の金額はばっちり見られていたらしい。
この歳にしては異常な預金を見てお兄さんドン引き。顔がやばかった。
しかし、私の何が気に入ったのか知らないが突然「キミ、暇ならちょっと話さない?好きなものおごってあげるよ」と言われ「知らない人には着いていきません……あっ、やっぱりお願いします」と一度断ったもののお兄さんから発せられる邪悪すぎるオーラに私は頷くより他なかったのだ。
うん、私が悪い。でも許してくれ、なんだか逆らえなさそうな空気だったのだ。お兄さん念能力者だし、私より強そうだし。
回想は以上、話は冒頭に戻る。

今のところは穏やかな空気だ、とパフェを食べながら思う。
こっそりお兄さんの顔を盗み見るが、私を連れてきた真意は読めない。
考えられる理由は通帳くらいだ。お兄さんは私の預金に興味があるのだろうか。上手いこと私を懐柔して金を下ろさせるとか…。

「キミ、何か仕事でもしてるの?」

黙々とパフェを食べながら一人考え込んでいるとお兄さんが頼んだアイスコーヒーをストローでかき混ぜながら聞いてきた。

「いや、今は何もやってませんよ。毎日寝てるか遊んでます」
「でもキミは念能力者だろう?」

その言葉でお兄さんが私をここに連れてきた理由が一つ追加された。
天空闘技場以外では普通に歩いていて念能力者を見つけることはない。私とお兄さん、二人の念能力者が道でぶつかったのは奇跡とまではいかないがかなり珍しいことなのだ。

「お兄さんも念能力者ですよね」
「まぁね」

どうでも良さそうに返事をするとお兄さんは私を上から下まで舐め回すようにじっくりと見た。寒気がした。

「35…いや、40点かな」

私の顔をじっ、と見つめながら小さく呟く。

「何がですか?」
「このアイスコーヒーの味さ」

不思議に思って聞けば、なんてことのない答えが返ってきた。それに「ああ」と適当に相槌を打ち、周りに店員さんがいないことを確認した後お兄さんに向かって小声で言う。

「この店の飲み物、氷たくさん入れてかさ増ししてますからね。私のアイスティーも氷が溶けて薄くなっちゃいました」
「ホントだね。この店は次から来ないようにするよ」
「ですねー、パフェもまぁまぁだし」

と言いつつパフェはもう半分も残っていない。スプーンを置き、アイスティーを飲む。
変だな、この人頼んだアイスコーヒーに一度も口つけてないのに。

「なんか面倒なんではっきり聞きますけど、お兄さん私に何の用ですか?」

考えるのが面倒になったので素直に聞いてみた。バカは自分が頭良いみたいな勘違いして小難しく考えない方がいい。ややこしくなるだけだ。
本当にハッキリ言った私にお兄さんは目をパチパチさせたあと、にやぁと笑った。マジでにやぁだった。今頃だがこの人ちょっと気持ち悪い。

「用?用は特にないなぁ。強いて言うならキミが可愛かったからかな」
「へえー」
「まぁ、嘘なんだけど」
「そこで嘘ついてほしくなかったです」
「ただの気まぐれだよ」

お兄さんのスルースキルやばい。
じと、と見つめるも私の視線は完全無視だ。それどころかお兄さんはこの話はもう終わりだと言わんばかりに話題を変えた。

「ところでキミ、強化系だろう」
「えっ、なんでわかったんですか!…あっ間違えた!違います!」
「うん。強化系だね」

一人満足げに頷きながら言う。相変わらずストローで何も入れていないアイスコーヒーをかき混ぜていた。いまだに口をつけていない。
なんでわかったんだろう、私はウボォーさんみたいに筋肉モリモリじゃないから少なくとも見た目では判別できない。
そう思ったのがわかったらしいお兄さんは、にやにや笑いながらその答えを言った。

「強化系は一途で単純、変化系は気まぐれで嘘つき。キミは強化系が一番しっくりくるんだよね」
「え?」

お兄さんの言葉に驚く。
同時に懐かしい記憶が流れてきた。水見式をやって初めて自分の系統を知ったときの私とナズナさんのやり取りだ。

「それって、系統ごとの…あれですよね。性格診断!」

言いながらテーブルを叩く。突然の私の食いつきっぷりにお兄さんはキョトンとした。
いや、だって!ずーっと前に私が話したときナズナさんは「そんなの知らねー」って言ってたけど、やっぱり間違ってなかったってことが今証明されたわけだし!

「確か、放出系は大雑把で操作系がマイペースとかでしたよね!お兄さんが知ってるってことはやっぱりこれって常識なんですねー!」
「いや、これは僕の勝手な診断結果だけど」
「ざまあナズナさ……は?」
「キミこそ、なんで知ってるんだい?」
「……………」

なにこれどういうことなの?
お兄さんの顔を見て、自分は今まずいことを言ってしまったのではないか、と思う。
私がなんで知ってるかと言えば漫画を読んだからだ。しっかりとは覚えていないけど、確かに漫画の中でそういった性格診断がされていたのを記憶している。
しかしナズナさんは系統ごとの性格なんて知らないと言っていた。つまりハンター世界で誰もが知っているような話ではない。

じゃあ、このお兄さんは誰なんだ?
僕の勝手な診断結果って言ってるってことは漫画に出てきたキャラクターなのだろうか。確かに漫画キャラっぽい美形さんだけど、こんな人いたっけ?
お兄さんは私の目を見てくる。私もお兄さんの目を見る。まったく記憶にない顔だ。そもそも私の漫画に関する記憶そのものが信用できないわけだが。

うーん、と首をひねる。
お兄さんは相変わらず何も入れていないアイスコーヒーをかき混ぜていた。暇なんだろう。
あまり待たせるのも悪いと思い、私は口を開いた。

「私のどのへんに一途な要素あります?」
「かなり無茶な話の逸らし方するね」

考えた結果お兄さんからの質問はシカトすることにした。だって漫画で読んだとか言えないし。
お兄さんはツッコミは入れたものの、私が系統別の性格診断を知っていたことなど正直どうでもいいらしい。
無理矢理変えた話題に少し呆れたような目を向けたあと、さっきのようにニヤニヤ笑って答えた。

「どちらかと言えば単純な要素で判断したんだけど」
「そんなの知りたくなかったです」

これはひどい。

「なんとかして私の一途要素を見つけてください」
「頼まれて見つけるものじゃないと思うよ」

その通りである。
しかし、そう言いつつもお兄さんは「一途なところか…」と呟いて私を見て考え込む。
やや気持ち悪いところはあるが意外にもお兄さんは優しい人らしい。

「そうだなぁ、例えば好きな人が出来たら何があろうとずっとその人を想い続けたりしないかい?」
「さぁ?今のところそういう状況になったことがないので、よくわからないです」
「つまり、人を好きになったことがないと」
「(転生してからは)まぁ。お兄さんは好きになったことは………あるだろうから、今好きな人とかいるんですか?」
「んー、そうだねぇ。気になる人はいるかなぁ」
「うわぁ、それ恋ですよ」
「うん?でも、恋とは違うと思うんだよねぇ」
「相手を見てドキドキしますか?」
「すごくする」
「興奮しちゃって夜な夜な妄想とかしちゃいますか?」
「するする」
「その人とやってみたいこととかありますか?」
「あるね」
「おめでとうございます。それは恋です」
「あれま」

私の一途要素を探していたのに何故かお兄さんの恋を発見してしまった。
予想外の展開に少し楽しくなってきた私は軽く身を乗り出しながらお兄さんに質問をする。
女子が恋ばな好きなのは仕方のないことだ。

「それで、その人はどういう人なんですか?」

テーブルに置いてある紙ナプキンを丸めてお兄さんの前につきだす。
私の質問にお兄さんは口元に手をやると少し考える仕草をしたあと口を開いた。

「簡単に言うと強くて良いオーラを出している最高な人、かな」
「強い…?(なんかすごい褒めてる)」
「ああ。見ててこう…ウズウズしてくるんだよね…」
「ウズウズ………その人とは今はどういう関係ですか?友達とか先輩とか」
「仕事仲間…というより上司かな?」
「えっ、同じお仕事なんですか。それすごいチャンスですよ!」

ぐっ、と手を握る。
それなら、上司が好きなことを他の皆に伝えて上手いこと協力してもらえばいいじゃないか。
と告げるとお兄さんは少し困ったように言った。

「とは言っても僕は最近入団したばかりの新人でね。まだ他の人とはそんなに交流がないんだ。みんな忙しいみたいでさ、会ったことのない人も多くて」
「あれ、そうなんですか?じゃあ、今のところは自分の力でなんとかするしかないですね…」
「うん。でも僕人見知りなんだよねぇ」
「いや嘘つくなよ」

人見知りは偶然ぶつかった女の子をお茶に誘ったりしないだろ。
そう突っ込んでも、お兄さんはニヤニヤするだけだった。この人はニヤニヤが標準装備らしい。

「それにしても、こんな時期に新しい職場に入るなんて珍しいですね」

なんとなくニヤニヤに耐えられなくなり、お兄さんから目を逸らして気になったことを聞いてみる。新社会人にしても中途半端な時期だ。
不思議に思う私にお兄さんはあっけらかんと結構重い理由を答えた。

「ああ、前任者が亡くなったからね。そこに僕が代わりに入ったんだ」
「えっ、……それは……よく背景が分かりませんが、大変お気の毒で…」

考えていなかった答えに視線をさ迷わせながら言うと、お兄さんは可哀想なものを見るような目を向けてきた。なんでだろう。
全体的に反応が薄く、あまりこの話題に突っ込んでほしくなさそうに見えた。まぁ、前任者ってことは新しく入ったお兄さんからすればよく知らない人だよな多分。それで悔やみの言葉をもらっても確かに反応しづらい。
そこまで黙って考えているとお兄さんも黙っているため、なんだか変な空気になってしまった。話題変えるか。
気まずさからアイスティーを一気飲みする私に、お兄さんはのんびりと「喉乾いたの?」とか聞いてきた。
なんだろうこの状況。

[pumps]