変態と友達
空になったアイスティーのコップを軽く音を立てて置き、正面のお兄さんに頭を下げた。

「ちょっと上手く処理できないのでこの話やめませんか?」
「うん、僕は別にいいよ」

今までと変わらぬ声で答えられる。表情はあるのにイルミと同じくらい心が読めない人だと思った。

「で、何の話をする?」

聞こえてきた楽しげな声に顔を上げれば、相変わらずニヤニヤするお兄さん。頬杖をついてこちらを見ていた。
さりげなく目を逸らし、代わりにお兄さんのアイスコーヒー付近を見つめる。
そういや何にも考えてなかった。突如降りかかった難題に頭をフル回転させる。
普通の話題じゃ多分この人を満足させられないだろう。つまり、今、私が彼に求められているのはアッと驚かせるような意外性のある楽しくて盛り上がる話題。いや、なんだそれ!
ぐるぐると頭の中を色んな内容だの話とそれに対するツッコミが駆け巡る。結果、私の口から出たのは意外性も面白味の欠片もない話だった。

「じゃあ、えーっと…好きな食べ物とか…」

言って即座に後悔した。
そんな話をして誰が楽しいのか。小学生の卒業アルバムにあるクラスページの項目のような内容だ。
お兄さんだって呆れてものが言えないだろう。

「そうだな、僕の好みは青い果実かな」

意外と普通に答えてきた。
多分適当に話を合わせてくれているんだろう。この人の気遣いを無駄にしてはいけないと思い、私も真面目に返答する。

「えーっと、熟れてないやつですか?種類にもよるけど、基本的に固いし渋くて食べられたもんじゃないですよ」

柿はやばかった。昔こっそり食べた記憶が甦ってくる。
その経験から真剣にアドバイスをする私に、お兄さんはまたもやアイスコーヒーをかき混ぜながら返した。

「そう、固くて渋い。つまり果実としてまだまだなんだ。…過程を見守り熟すのを待つ。青い果実が熟れたとき、どうなる?」
「美味しくなります」
「その通り」

お兄さんは今までのニヤニヤではなくにっこりと笑った。
なるほど、意味わからん。何言ってんだこいつ。
眉根を寄せる。お兄さんはどことなく恍惚とした表情で「いいよね…楽しみだよ…」と呟いていて、一人の世界に突入しているよう。
私は完全に引いた。そんなに渋いのが好きなら勝手に食ってろよ、と途中から存在を忘れかけてたパフェの残りを口に運んだ。


「おっと、そろそろ時間だ」

その後、当たり障りのない話を続けていると腕時計を見たお兄さんが言った。

「この後ちょっと呼ばれているんだ。僕は行かないと」
「そうなんですか。すみません長々と」
「いや、大丈夫だよ。それなりに楽しい時間が過ごせたし」

にこりと笑ってそう言うとお兄さんは伝票を手に取る。そういえば奢ってもらう約束だった。
ちょっと気持ち悪くて変わってるけど律儀な人だなぁ、と感心しているとお兄さんは思い出したように「そうそう」と私を見て続けた。

「キミの名前を聞いてもいいかな?」
「ダメです」
「早いね」
「あっ、なんか反射的に」

心のどこかで「この人に名前教えちゃだめだよ!」って誰かが叫んでる。教えたら後で絶対に後悔すると思う。
お兄さんは帰るはずなのにまったく急ぐ様子を見せずに椅子に座り直して言った。

「じゃあ僕の名前を言ってもいいかな?」
「ダメです」
「僕はヒソカっていうんだけど」
「ヒソカさんは人の話を聞かないタイプですか」
「全て聞いた上で言ってるんだ」
「嫌な人ですね」
「そうかな?僕からすれば反射的に酷いことを言うセリも嫌な人だよ」
「私のどこが………………ん?」

何事もなく進んでいるはずの会話に違和感を感じた。あれ?この人、私の名前言わなかった?
思わずお兄さんことヒソカさんを凝視する。
私は名乗っていないはずだ。なのに今、この人は私の名前を呼んだ。なにこれエスパー?怖すぎ。
ヒソカさんは私が何に驚いているのか分かっているようで、ニヤニヤ顔MAXでこちらを見ている。
お、お先にどうぞ…と心の中で呟き、無言で続きを促すと彼はそれまで私が考えてもみなかった事を言った。

「通帳の表紙に名前が書いてあったよ?その反応を見る限り本名で間違いないみたいだけど」
「あ」

その言葉に固まる。
元はハギ兄さん名義で作った通帳だが、ハギ兄さんの名前をペンで塗りつぶしてその上に自分の名前を書いていたことを思い出した。つまり、ぶつかって私の通帳を拾ってくれた時にその名前を見たということだ。
思い返して頭を抱える。名前を知られたのも、知られる可能性があることに気づかなかったことにも何故か悔しさが込み上げてきた。
向こうは初めから私の名前を知った上でニヤニヤしながら話をしていたわけだ。

「違いますよ…アレ本名じゃないですからマジ……何言ってんですか…ニヤニヤすんなよ…」
「はいはい、悔しいからって嘘言わない」

顔を伏せて机をバンバン叩きながら必死に強がる私を宥めるように言うヒソカさんに苛ついた。うわぁ、こんな人に最初から名前知られてたとか。

「でもこれで確信に変わったかな。やっぱりキミがあの子みたいだ」

頷きながら言う。
せっかく話が終わりかけていたのに、また新しいワードを出してきた。なんか帰るって言ってからの話の展開がすごい。全然帰らないじゃん。
首を傾げる私にヒソカさんはゆっくりと話し始めた。

「実は僕の知り合いがね、『天空闘技場付近に15、6歳くらいのいかにも弱そうな念能力者の女の子がいたらその子は多分妹だ』って言ってたんだよね」
「え?何それ」
「女の子の名前はセリ。話を聞いてちょっと見てみたくなっちゃって。でも本当に会えるとは思ってなかったよ」
「いや、ちょっと待ってください。何の話をしているんですか?」

妹?ってことは兄?知り合いって誰のことだよ勘違いじゃないの!?
一人置いてけぼりで混乱する私にヒソカさんは驚いたように答えた。

「あれ、わからない?知り合いはイルミって言うんだけど」

お前かよ!!
瞬時に無表情でピースをしながらヒソカさんと肩を並べるイルミの姿が浮かんできた。や、やめろ!知り合いでーすとか言うんじゃない!
このとき妹じゃないとか名前言うなとか色々ツッコミどころがたくさんあったが、一番衝撃を受けたのはイルミに同い年くらいの知り合いがいたことだった。

その後、ヒソカさんは本当に時間が迫ってきたのか呆然とする私を置いて「またね」と笑顔で去っていった。
結局あの人は最後までアイスコーヒーを飲まなかったなぁ。

[pumps]