新世界より
1984年。
念を覚えよう!と決心したのはいいけど覚え方がわからず、ぐだぐだして2年が過ぎた。

念について私が知っている、というか覚えているのは系統を一通りと凝と絶と円とそれから個々の必殺技を作るぐらいだ。
具体的にどうやったら念を使えるようになるのかがわからない。
大体熟読してたわけじゃない漫画の能力の詳細なんて覚えてないよ。気付いたらみんな念使ってたんだもん。

というわけで、どう考えても自己流で修行は無理だ。
かと言って周りに念を教えてくれそうな人はいない………こともないんじゃないかと最近思った。

今更だけどナズナさんって念能力者じゃない?
子供にしては冷静すぎる少年の姿を思い浮かべる。そう、“少年の姿”だ。3歳の終わりぐらいからおかしいとは思っていたんだけど、あの子って全く成長していないのだ。
私が転生して5年、つまりナズナさんと出会って5年。5年前の時点でナズナさんの見た目は中学生くらいだった。
その時、仮に13歳だとすると今は18歳。13歳と18歳なんて全然違う。特に男の子なんて成長期で一気に背が伸びたりするんだから、外見が全く変わらないなんておかしい。
流星街で暮らしているから、といっても私達は全く栄養が取れていないわけじゃないし、それなりに規則正しい生活を送っている。

つまり、見た目が5年前のまま変わってない=念能力で若さ維持?ってことなのかも。
確か漫画でビスケがそんな感じだったから、あり得ないことではないはずだ。

それにナズナさんが念能力者ならやけに身体能力が高いことにも説明がつく。っていうかもう絶対あの子念能力者だろ。
思いがけない展開に口角を上げた。身近に能力者がいるなんてツイてる。下手したら誰も念の存在を知らない場合もあるわけだし。

ただ、それで念を教えてもらえるかどうかは別だ。
流星街の一部以外に行ったことがない幼児の私が「念教えて」なんて言ってみろ。怪しまれるどころか気味が悪い。
私は念を知っていてもおかしくないという環境にいないのだ。

ナズナさんが念能力者だと気付いたのは私が元々18歳で念を知っていたから。普通は5歳の子供が念の存在に気付くわけがない。
つまり今すぐ念の修行はできない。それどころか、成長しても念について教えてくれない可能性もある。キルアだって家族みんな念が使えたのに最初は知らなかったじゃないか。
とりあえず、ある程度成長してから念の存在に気が付いたフリして教えてもらう、がいいのかな。面倒くさいけど。

と思ったが、実はそんなに頑張る必要はなかったりする。
3歳ちょっとの時から毎朝走らされたりしていたが、5歳になってから本格的に走り込みが始まったのだ。
朝、スズシロさんの部屋へ行くのに30分以内は当たり前。しかも遅れたら腕立て伏せをさせられるようになった。
お昼過ぎから一人マラソン大会が始まるし、夜寝る前は腹筋背筋を100回ずつやらされる。5歳児になんてことさせるんだよ。

何故か知らないがナズナさんは私を鍛えるつもりなんだろう。
ハンターって魔獣とか未知の生物なんかが普通にいる世界だし、体力がつくのは良いことだと思う。身体が強くなれば病気なんかにも罹りにくくなるだろうし。これで念も教えてもらえれば万々歳。
まぁ、ちょっとムキムキになりそうなのが怖いけどね。マッチョな幼女とか誰得。

***

強くなるために今日も元気に一人マラソン大会を開始します。
正直面倒くさいが逃げ足が早くなるためには仕方ない、と自分に言い聞かせて準備運動をしていたらナズナさんに呼び止められた。

「セリ、ついでに集会所でこれ出してきて」

渡されたのはゴミ山から見つけた比較的使えそうな綺麗なものが詰まったビニール袋だ。
集会所というのは私が人を見つけた例の体育館みたいな所のことで、マラソンコースの途中にある。
できれば行きたくないけれど、ナズナさんはあれで生計を立てているようなものなので養われてる私が手伝わないわけにはいかず週一回くらいのペースで通っている。
行ってきます、とビニール袋片手に家を出る。


「こんにちはー…」

集会所で近くにいる人達に小さく挨拶をすると何人かが反応して返してくれた。
意外とまともな人が多い。もちろんガン無視する人もいるけど。

「セリちゃんお疲れ様〜」
「あ、メガネさん仕事お疲れ様〜」
「その呼び方やめようか」

中に入って引き換えコーナー(私が勝手に命名)に向かうと相変わらず周りから浮いた恰好のメガネが声を掛けてきた。
メガネの本名は前に聞いたが覚えていないのであだ名で呼んでいる。

「ナズナくんもひどいよねー、小さい子にマラソンやら筋トレやら強要させるなんて」
「体が強くなるのは良いことじゃん」
「そうかい?……あぁ、ひょっとして」

メガネは何か思い当たることがあるのか意味深に笑う。なんだ、一体なんなんだ。

「何かあるの?」
「いやぁ〜、もしかしたら『外』からの依頼を受けられるようにするためかなぁって。報酬もいいし。でも今のセリちゃんじゃ危ないからね」
「外って…」

それは前にスズシロさんから聞いた事がある。外というのは流星街の外を意味する言葉だ。
流星街は世界から孤立した無法地帯のように思えるが、実際にはしっかりとした制度の下に成り立っていた。その制度を作り上げるには外との協力関係は必須となる。
この集会所は外と明確な繋がりがあり、近くの住民が暮らしていくには私達のようにゴミを集めて生活品と交換するか、『外』からの依頼を受けて報酬を得るか。
スズシロさんは「あなたじゃ依頼を受けられない」と言っていた。メガネは『今』の私じゃ危ないと言う。
ってことは念とかが必要になる戦闘系の仕事なんだろうか。確か流星街ってマフィアと関係あったような……うわぁ、なんか怖い。

もう少し詳しく聞きたかったがメガネはこれ以上話す気がないらしく、次の人がいるからと私を追い出したため肝心なところはわからなかった。ムスカ似のくせに。
集会所を出てからメガネのせいで少し気分が悪くなった私は、回復しようと帰る前にスズシロさんのところに寄ってついでにナズナさんについて気になっていることを聞くことにした。

この前ナズナさんは念能力で外見が変わらないと仮定したけれど、それってつまり実年齢はもう少し上って可能性があるわけだよね。
で、ナズナさんはスズシロさんを師匠と呼んでいる。今になって考えてみれば念の師匠ってことなんじゃないか、ということはスズシロさんも念能力者の可能性があるのではないか。
あ、別にうまくいけば念教えてもらえるかもとか考えてないよ。
でもスズシロさんは相手が子供だからって誤魔化したりしないし、念についても普通に教えてくれそうなんだよね。
実際、外からの依頼についても話してくれたし、少しくらい期待してもいいと思う。

よし、近道して行こう!といつも通らない道もどきを進んだら教会のような建物を見つけて驚いた。
ついでに近くに首から十字架を下げて煙草を吸っているおじいさんが居てさらに驚いた。
神父さまですか?と聞いたら牧師のコスプレだって返されて粉々に砕けた飴玉をくれたので、怒っているのか善意なのかわからないけどお礼を言っておいた。流星街には色んな人がいるんだなぁ。


「ナズナの年?そうね、セリが今5歳だから27歳じゃない?」

嘘だろ。
部屋に着いてから早速話を聞くと、スズシロさんは予想通り普通に喋ってくれたけど念については何も説明してくれなかった。
そこ説明しないでいきなり実年齢はなんか間違ってるけどそんなに年上だと思っていなかった私には衝撃度が凄すぎて何も言えず帰路についた。

「おかえり」
「…ナズナさん27歳だったんですね」
「!?」

実年齢は27歳、つまり私が赤ん坊になった5年前のナズナさんは22歳。あの時点で元18歳だった私より4歳年上。
あの……今まで年下扱いして本当にすいませんでした……。

[pumps]