変態と友達
なるほどそういうことなのか。座ったまま納得して一人頷く。
キルアはイルミを怖がって、無意識に友達(強調)の私に頼る。それを見たイルミは「俺が兄貴なのになんでそいつに…」ってなったんだろう。
えー、やだ嫉妬ぉ?イルミ・ゾルディックさん暗殺者は感情を持たないんじゃなかったんですか?

「イルミ、お主の気持ちはよくわかった」
「は?」

にやにやしながらそう言うとイルミは眉をひそめた。それを見て、私はさらににやつきながら口を開く。
後で自分の馬鹿さ加減を後悔したが、この時はキルアの中での自分とイルミの立場の差が嬉しくて仕方がなかったのだ。

「いやぁ、すいませんねぇ、私の方がキルアと仲良くなっギャーー!!」
「なにその顔、腹立つ」

私の言いたいことは最後まで言えず、顔面めがけて飛んできた武器によってまたも遮られた。腰が抜けて動けないので、避けるために全力で横に倒れ込む。
なんでこの人いつも顔面狙ってくんの?頭は的が小さくて狙いにくいんだから、普通は胸を狙うだろ。暗殺者のくせに!バーカ!と口には出せないので、青い顔のまま黙っておく。
そんな私を見てイルミは「初めから黙ってりゃいいんだよ」とでも言いたげな顔で鼻をならした。
私のにやにや顔はイルミ様の逆鱗に触れたらしい。あんたの知り合いだってにやにやしてたもん!!
とは口に出せないんですけどね。

「さ、こんなバカは放っといて帰ろう、キル」

私から視線を外して淡々と言うイルミに、座っていたキルアは立ち上がってこちらまで来るとブンブン首を横に振った。

「や、やだ…俺まだ帰りたくない!助けてセリ!」
「え?あっ、えーっと、待て!キルアを連れていくのは友達である私を倒してからにしてもらおうか!!」
「友達?」

助けを求められたのでキルアを庇うように手を伸ばしながら、まるでこの子を救えるのは自分だけだと勘違いしている正義の味方かのような台詞を放つ。
私達の発言に目を瞬かせるイルミに対して「俺達、友達になったんだ!」と私の横でキルアが嬉しそうに元気よく言ったので、私も大きく頷き口を開いた。

「友達が困ってたら助けてやるのが友達ってもんなんだよ!」
「うん!ちょっと意味わかんねぇけど、うん!だから助けてセリ!」

笑顔で話す今の私達はすごく輝いていることだろう。
お互いを見て、グッと親指をたてる。ここだけ空気がおかしい、ていうかなんだこのノリは。
私でさえ変だと思う状況に一人蚊帳の外のイルミが反応しないはずない。イルミは私達、というよりキルアを見るといつも通りの淡々とした様子で言った。

「何言ってるの?友達って、お前とセリは姉弟だよ」
「えっ!?やっぱりそうだったのか…?」
「違う違う違う今その設定引っ張ってくんな、ややこしくなんだろ。キルア、前も言ったと思うけど私達は一切(血縁)関係のない他人だから」
「他人……」
「ごめん言い方間違えた!友達!!」
「たーにーん!たーにーん!」
「イルミ変なコールやめろ!手叩くな!」
「うっ、うう、た、にん…?」
「キルア!気をしっかり!こんなふざけたコールに洗脳されちゃダメ!」
「たーにーん!たーにーん!」
「うるさいイルミ!なんでお前そんなノリノリなんだよちょっと黙れって!」
「セリちゃんが一番うるさいよ」
「痛っ!!」

突如、後頭部に打撃を受ける。
無表情で手を叩きながら他人コールをするイルミ、それに洗脳されかけ頭を抱えるキルア、それをなんとか止めようとする私…というカオスな状況を打撃によってぶち壊したのは美形すぎるあの人だったのだ。

「ハ、ハギ兄さん…」
「朝から何を騒いでるの?君達、近所迷惑だってわかってる?ねぇ?」
「痛い痛い!なんで私だけ!?」
「キミが一番うるさかったから」

朝帰りのハギ兄さんは私の頬を両サイドから引っ張った。今の私の顔はきっと面白いことになっているだろう。
すごく痛いがやめてと言ってやめてくれる人ではないので黙って耐えていると、視界の端でイルミが不思議そうに、キルアが「あ〜あ」という顔でこちらを見ながら話をしていた。

「キル、あれ誰?」
「ハギだよハギ!あいつ超こえーの」
「あぁ、あの噂の…」

イルミが思い出したように言うとキルアは自分が知っているハギという人物について語り始めた。怖いだとか怖いだとか怖いだとか。それを頷きながら時々相槌を打って聞くイルミお兄さん。

え?ええ?なにそれキルアってイルミのことトラウマレベルで苦手じゃなかったの?普通に喋ってんじゃん。よくいる仲良し兄弟じゃないか嘘つき。
頬を引っ張られながら、その微笑ましい光景に若干ショックを受けた。多分、苦手ってだけで仲は悪くないんだと思う。
されるがままの私に飽きたのか、つまらなそうな顔で頬から手を離したハギ兄さんは首だけイルミ達の方に向けた。

「で、何で揉めてるの?」

正直興味はないけど仕方なく聞いてやってる、といった感じの話し方だった。
話しかけられたキルアはびくっと肩を揺らし、それを見て目を細めたイルミが私の方を向いて言った。

「俺が弟と家に帰ろうとしたらセリが勝手に騒ぎ始めたんだよ」

お宅の教育どうなってるの?と言いたげな顔で話す。待てよ!その言い方は卑怯だぞ!私が全面的に悪いことになるじゃん!と反論する前にハギ兄さんが口を開く。
ハギ兄さんは「へー」といかにもどうでも良さそうな声を出すと私の方に向き直った。

「それはセリちゃんが悪いね」
「えっ、いや、その説明だと確かに私が悪いっていうか、実際に騒いでるの私だから悪いんだけどえっとでもゾルディック家ってえーっと」
「要点を伝えられないなら黙ってて」
「はい…」

上手く説明できない私にピシャリと言い放つ。なにこの人怖い。
怯える私に慌ててキルアが助け船を出す。

「ちょっと待った!セリが悪いんじゃなくて、俺が家に帰るのが嫌だから、えっと友達としてセリが止めてくれてるんだ!」

キルアの訴えを聞いて、ハギ兄さんはキョトンとする。ちょっとメチャクチャだけど、まぁ、私よりは分かりやすい。
うんうん、と頷いているとイルミは呆れたような声で「まだそんなこと言うの?」と言った。

「暗殺者に友達なんていらない」
「イルミ、友達はいいもんだよ。目と目でものが言えるんだ〜」
「うるさい」
「ごめんなさい」

怒られて秒で謝る私にキルアの「こいつあんま使えないな」という視線が刺さる。ごめんね、イルミお兄さんって本当に怖いんだ。

「そんなのどうでもいいからとっとと帰れば」
「ハギ兄さん、どうしてそんなに冷たいこと言うの?キルアが可哀想」
「知らないよ、僕には関係ないし」

書類上の兄が心底どうでもよさそうに堂々と言う。奴が子供嫌いだということを忘れていた。

「でも、ゾルディック家の教育って流石におかしいと思わない?友達作るな、なんて酷いよ」

諦めずにキルアを助けてあげようアピールをする私にハギ兄さんの無情な一言「そんなのセリちゃんには関係ないだろ?」が勝負を仕掛けてきた。

「その家にはその家なりのルールがあるんだ。他人のセリちゃんが口出していい話じゃないと思うけど」

その言葉に固まる。
ハギ兄さんは何でもない、当然のことのように言い切った。実際、深くは考えず本人の常識を口にしただけなのだろう。
確かに、その通りだ。友達は必要ない、これがゾルディック家のルールなら本来私が口を出していいことではない。
……でもそのルールがどう考えても異常だから口出してんだよなぁ。どうしたって別に友達くらいいいじゃん、と思ってしまう。

黙る私、イルミ、キルア。
そんな私たちを見て、ある意味空気が読めていないハギ兄さんはめんどくさそうに全員に向かって話す。

「別にこれで一生会えないって訳じゃないんだしさぁ」

暗にお前ら悩みすぎだよ、と告げる。

「でもセリって家に来るの嫌がるから、キルが自分から会いに行かない限りはこれでお別れじゃない?」
「うん。私、自分からゾルディック家に行くつもりないよ」
「………君達、せっかく話を終わらせてやろうとしてたのに…」

人の気遣いに応えられない奴って嫌い、と続けるとハギ兄さんはさっさと家の中に入ってしまった。
えっ、なんだあの人。突然来て突然帰っていったぞ。

残された私達の間には微妙な空気が流れる。私はハギ兄さんの先程の言葉を思い出しつつイルミを見た。
ここで私が止めても話し合いが長引くだけで、最終的には帰ることになると思う。力づくで止めに入ってもイルミの圧勝だろう。
つまり、これ以上やっても結末は変わらないのだから時間の無駄だ。少し考えた後、仕方ないとキルアに言った。

「ま、とりあえず今日のところは帰ったら?」
「でも、家に帰ってもセリは来てくれないんだろ…」

眉を下げて言うキルアにまいったなぁ、と頬を掻く。

「うーん、じゃあ一回だけキルアに会いに自分からゾルディック家に行くよ」
「一回だけかよ」
「悪いがそこは譲れん」
「それいつ?」
「えーっと、気が向いたら」
「……………」
「それ本当?セリ来る気ないでしょ」
「黙れイルミ………ごめんなさい針千本の刑はやめて」

私とイルミの命懸けの攻防を見ながら、キルアはなんとか自分を納得させようとしているようだった。結局何を言っても家に帰ることは避けられないと理解したのだろう。
私はその間ずっとイルミに髪を引っ張られていた。

「帰ろう、兄貴」

キルアが静かに言う。
それを聞いたイルミは「うん」と短く答えると掴んでいた私の髪を離した。おい何本か抜けたぞ。

「じゃあな、セリ。約束守れよ!」

一度そう言ってしまえば、そこからの流れは早い。キルアの荷物は天空闘技場の個室にまとめて置いてあり、我が家には私物を置いてないのですぐに出ていけるのだ。
私に向かって別れの言葉を口にするキルアの顔はいつも通りだった。特に泣きそうな気配はない。
なので私もいつも通りの顔で別れることにした。

「はいはい、元気でね」

手を振りながらイルミ達を見送る。
エレベーターに乗り込むギリギリまで、キルアはイルミに手を引かれながら顔はこちらに向けていた。
二人が乗ったエレベーターの扉が閉まる。それを見届けるとこれで私も実家へ帰るのか、と少し寂しい気持ちになりつつハギ兄さんの家のドアを開いた。

しかしゾルディック家行きたくないなぁ。

[pumps]