自分探しの旅
電車っていいよね!
とか思ってニコニコしながら窓の外の景色を眺める私の横に無表情で座るナズナさん。
12、3歳の子供がこんなに感情を表に出さないなんて心優しい大人たちに心配されるからやめた方がいいと思う。


あの後、私の旅に出ようよ!という誘いを光の速さで断ったナズナさん(38)
予想通りの反応を返されたので私は静かに家を出てスズシロさんに報告。その結果、スズシロさんからナズナさんに『仕事』という名のお使いが言い渡された。
お使いの内容は知らないが、最終目的地はザバン市。流星街からスタートして用を済ませて帰ってくるまで最速でも二週間以上かかるらしい。さっすがママ!わかってるー!

「にしても、全然人いないね」
「………………」

話しかけたらシカトされた。
私達はアレリアという街の港に向かっている。そこから船に乗ってドーレ港に入ってバスでザバン市に行く予定だ。
それで移動中なのだが基本的にアレリア方面は結構な田舎らしく、観光地でもないため訪れる人は少ないようだ。私達以外の乗客はたった三人。電車ガラガラだわ。
私の前の席には誰も座っていないので、わざわざ振り向かずとも窓の外に広がる景色を眺めることができる。といっても何もないが。すっげぇ、まじ田舎だな。
そう思いながら静かに座っていると電車が終点の駅に着いた。アレリアではない。

「よし、降りるぞ。乗り換えだ」
「まだ着かないの?遠いなぁ」

ナズナさんは久々に口を開くとそう言った。電車は嫌いじゃないけど乗り換えはめんどくさい。
一度ホームに降り、既に停まっていたアレリア行きの電車に乗り込む。

「発車まで15分だってさ」
「じゃあ、ちょっと売店行ってくる」

時間があるようなので飲み物でも買おうとナズナさんの返事は待たずに電車から降りた。近くにある小さな売店では店員のおばさんが暇そうにしている。
一通り見てみると品揃えは結構悪い。何故か飲み物は水とコーラとサイダーが一本ずつしかなかった。ここが砂漠並みに暑かったら死んでたな。
迷うことなく水を手に取る。

「あ」

すると後ろから男の人の声が聞こえた。ちなみにたった今までこの付近に私とおばさん以外の気配は感じなかった。
水を掴んだまま少し驚いて振り向くと布で補強されたボロボロの帽子を被り、首に襟巻きか何かを巻いている全体的に薄汚れていて無精髭の生えた黒髪の男の人が立っていた。
男の人は私の水をガン見している。私達の間になんともいえない空気が漂う。
先に口を開いたのは私だった。

「…え、この水買っちゃまずいですか?」
「…いや、いいんだ。気にすんな。俺は泥水汲んで飲むから」
「何故あえて泥水?それは腹壊すからやめた方がいいですよ。これは譲りますから」
「いいんだって本当に。人間の体って強いし」
「いやいや無理しなくていいですから。人間ってものすごく簡単に死ぬんですよ」
「俺、こう見えて結構サバイバル生活送ってきてんだぜ」
「見た目通りじゃないですか」
「えっ」

突っ込むと驚かれた。
その見た目でサバイバル生活送ってないって言われた方が驚くわ。固まる男の人は一旦放置し、水と一緒にコーラを買った。

「私はコーラ飲むんで。これどうぞ」

水を差し出すと男の人はポカンとしたあと、申し訳なさそうな顔をして頬を掻いた。

「悪ぃな。この恩は忘れねぇよ」
「そんな大袈裟な……あっ、お金はください」
「オメーそこは…私の奢りですよ(はーと)とか言うだろ普通…」

言わねーよ。なんだこいつ。
白い目で見つめる私のことを無視して、男の人は受けった水を飲み始めた。いい飲みっぷりである。見る限り相当喉が渇いていたようだ。
格好といい言動といい、一体この人は何なんだろうと男の人の全身を上から下までゆっくりと眺める。
この人纏してる。念能力者じゃん。

「オメー、この付近に何か用でもあるのか?」

なんか念能力者によく会うな…とヒソカさんの顔を思い浮かべていると、水を飲むのを止めた男の人が手で口を拭いながら言った。
この辺りは本当に森と小さな村くらいしか無いので、私ぐらいの年の女がいるのが不思議なのだろう。首を振りながら答える。

「いや、ここじゃないんです。また電車に乗ってアレリアってところで降りるんですよ」
「アレリア?へー。なんだ、実家でもあんのか?」
「いえ、そこの港からドーレ港まで行って最終的にザバン市まで行く予定なんです」

ザバン市って知ってますか?と続けると彼はまた水を一口飲んだあと「ザバン市?」と意外そうに聞き返した。

「まじか、気ぃ付けろよ。今ザバン市は連続殺人犯が捕まらずに彷徨いてるっていうし」
「殺人犯?」
「ああ。俺も詳しくは知らねーんだけどよ、今までかなりの数が殺されてるみてーだぜ。発見された遺体は全部バラバラにされてるとか」

犯人のシリアルキラー臭半端ない。
バラバラにされた人間を想像し、少し気分が悪くなって口を手で覆った。なにそれザバン市こわっ。

「オメー、一人でザバン市まで行くのか?」
「一応保護者と一緒です」
「ほぉー。じゃあまだ安心だな」

ペットボトルのキャップを閉めながら言う。保護者といってもあの人見た目は子供なんだよな…。乾いた笑いが出た。

「まぁ、気ぃつけろよ。オメーも念は使えるんだし自分の身くらいは守れんだろ?」

まったく今までそんな気配は出さなかったのに、ごく自然に念について触れてきたので少しびっくりする。

「おじさんも念使えますよね」
「おじ………」
「あっ、ごめんなさい。でもお兄さんって年ではないですよね?」
「そうだけどよ……。そうか、俺もおじさんか…」

男の人は軽くショックを受けたようだ。確かにおじさんは言い過ぎかもしれない。
髭のせいで少し老けてみえるが、実際はこの人まだ30前後だろうし。でも、お兄さんって呼ぶ気も起きないんだよね。

「お兄さんって呼んでほしいなら呼んであげますよ」
「なんで微妙に上から目線なんだよ、別にいいって。よく考えたら俺息子いるし、もうおじさんだわ」
「お子さんいるんですか?正直全然子持ちに見えないですよ」
「そうか?」

頷きながら、まじまじと男の人の顔を見る。
子持ち特有の家庭に疲れてる感が全くない。なんでだろう、念能力者だからかな?ビスケ方式?

「おじ……お兄さんお若いですね」
「………無理すんなよ。会話のたびにそうなるならせめて名前で呼んでくれ」
「お名前は?」
「ジンだ。お嬢ちゃんは?」
「私はセリっていいます。キモいんでお嬢ちゃんはやめてください」
「……………」
「ジンさんはこの後、電車に乗るんですか?」
「いや、俺は水買いに来ただけだ。また森に戻る予定だぜ」
「森に?また?…何やってるんですか?」
「まぁ、ちょっと…かくれんぼ?」

なんだそれ。胡散臭げに眺める私に気づいたジンさんは慌てて訂正する。
なんでも念能力者のお弟子さんに最後の修行として“自分を見つけること”という課題を出したらしい。で、今は色んな森や山を転々としてるんだとか。

「ふーん、じゃあご家族も大変ですね。森やら山やら移動させられて。息子さんグレるでしょ」
「いや、俺は今ちょっと家族とは一緒に暮らしてなくてな……あー、その…」

答えにくそうに、なんだか歯切れの悪い返事をするジンさん。
あ、あれ?…これは聞いちゃいけないことだったのかもしれない。

「あの、すみません。なんかまずいことを…」
「いや、いいんだって」
「………………」

なんだか微妙な空気になってしまった。ジンさんも少し困ったようにしている。私って本当に気が利かないな。
自分の発言に後悔しているとアレリア行きの電車から発車を知らせるベルが鳴った。そこで電車のことを思い出す。置いていかれる!

「ジンさん!私もう行かないと!」
「えっ、おお!気をつけろよー!!」

すぐに電車の入口に向かって走り出した私の背にジンさんから声がかかる。
コーラを持っていない方の手を挙げそれに答えると、私は電車内に滑り込んだ。


「お前飲み物買うのに何分かかってるんだよ」

扉が閉まって動き出した電車内をウロウロしているとナズナさんを見つけたのでほっ、としてその隣に座る。

「いや、ちょっとね……ふー、間に合ってよかったぁ」

ここまで来れば、とりあえず一安心だ。
手に持っていたコーラを飲もうとのキャップを緩める。ものすごい勢いで泡が出て中身が吹きあがった。

「うわぁあああ!!!」
「バカ!お前は本当にバカ!!」
「紙!なんか拭くもの!手が!!」

走ってきたせいでコーラは見事に振られていたらしい。
確かに私はバカだと思う。

[pumps]