自分探しの旅
アレリアに着いた時にはナズナさんはすっかり怒っていて、先程以上に口をきいてくれなくなった。私が悪いけどさみしいです。
そのナズナさんは私を置いて足早に去っていってしまった。多分、船に乗るために港に向かったんだと思う。ナズナさーん…と眉を下げてしょんぼりしながら、ゆっくりと後を追う。
置いていかれたのにこんなにのんびりしているのは、心のどこかでナズナさんが私を置いて船に乗ってしまうわけがない、と思っているからだろう。
たとえ今すぐ船が出港するとしても、その船には乗らずに私が来るまで待っていてくれるだろう。なんだかんだで優しいし。これがハギ兄さんなら普通に置いていかれただろうが。

ゆっくりと歩く。急げよって感じだけど歩く。初めて訪れる町なんだから、観光くらいしたい。そう思って歩きながら、周囲を見回す。
…………なんもねぇや。

足は止めずに絶望した。本当に田舎だ。大した店もない。
住宅街というほど家もないし、町というより村といった方が正しい気がする。歩いている人はいるけど、歳のいった方ばかりだった。まだ明るい時間だというのに子供の姿はまったく見かけない。
単純に子供が少ないんだろう。田舎町にはよくある現象だ。
観光など出来そうにもないな、と残念に思いながら若干足を早める。仕方ないな、港に行ってやるよ。
ふぅ、と息を吐いて進んでいると私達が入ってきた町の入り口とは違う、おそらく町の外の森へと繋がる別の道を見つけた。

「あれ……?」

変な人がいる。
失礼な言い方だが、まっさきに浮かんできた。
その森へ繋がる道付近に、田舎町には珍しい、やけに人相の悪い男がいた。見た目で決めつけるのはよくないが、あれは犯罪者だと思う。でも殺人は出来ないタイプかな?
違法なことしちゃってます、って感じがひしひしと伝わってくる。
そして驚いたことに、犯罪者(仮)男は念能力者だった。しかも結構強い。私一人では多分、ギリギリ勝てないと思う。
そのことに気がつき、身を固くする。

ジロジロ見ていちゃもんつけられたら嫌なので前に向き直った。すると眼前には肌色の何か。
それが人だと分かった時、私は衝撃を受けて尻餅をついていた。

「わっ、…と、…ごめんなさい!」
「うおっ!…ああ、俺こそ悪い。前を見てなかった」

頭上から低い男の人の声が聞こえると、その声の主がすっと私に手を差し伸べてきた。

「大丈夫か?」
「あっ、どうも…」

その手に自分の手を重ねて立たせてもらう。なんだか私っていつも誰かとぶつかっている気がする。
次からもう少し周りに気を配ろう、と立ち上がってぶつかった相手の姿をハッキリと視界に入れた瞬間、私は固まった。

「本当に悪かった。どこも怪我ねぇか?」

そう言う男の人はムッキムキの上半身に何故か素肌の上から、明らかにサイズのあっていない袖なし上着を着ていた。
さらに髭の似合う渋い顔立ちにリーゼント。でも素肌に上着、ムッキムキ。
なっ、…なんだこの……微妙にワルイドを履き違えたような格好は…。

こんな田舎での予想外の邂逅に言葉が出ない。
さらにこの人は念能力者だった。またかよ!?ジンさんといい、さっきの犯罪者(仮)男といい、なんだよこの異常な遭遇率は。
念使える人ってほんの一握りなんでしょ?にしては行く先行く先に念能力者がいるぞ。いい加減確率おかしいって絶対に。
リーゼントさんはあんぐりと口を開けて見上げる私をあまり気に留めず、口で謝りながらも先程の犯罪者(仮)の男の方にさりげなく視線を向けていた。
私もそちらを横目で確認する。犯罪者(仮)男は念能力者二人から視線を向けられて気が付かないほど鈍感ではないらしく、私達を軽く睨みつけた。

リーゼントさんは黙っている。私もどういう行動を取ればいいのか、よくわからなくて黙っている。
さっぱりわからない状況に戸惑っていると、犯罪者(仮)男に近づく人の姿が見えた。
類は友を呼ぶ、というやつか。新たに現れた人物もかなり人相の悪い男だった。歳は40過ぎだろうか。
その男と犯罪者(仮)男は短く言葉を交わすと、一度だけ私達を見てから、どことなく警戒した様子で森の方へ向かって歩いていった。

小さくなる二人の後ろ姿をリーゼントさんは厳しい目で見つめていた。

「……………」
「どうかしたんですか…?」

独り言のように小さく問いかける。

「お嬢ちゃん、この町の子か?」
「…?いえ、観光客みたいなもんですけど…」
「悪いことは言わねぇ、早く此処から出ていきな」
「え?」

リーゼントさんの台詞に目を丸くする。
どうして、と聞く前にリーゼントさんは声を落として早口で言った。

「俺の勘が正しけりゃあ、この町、とんでもないことを隠してるぜ」
「とんでもないこと?」
「お嬢ちゃんが知る必要はないことだ。今なら、ザバン市行きの船に間に合う。早いとこ帰りな」
「えっ?ちょっと…リーゼントさん………あっ、やべ」

心の中のあだ名を口にしてしまい、慌てて口を覆うように手をやるが、リーゼントさんには聞こえていなかったらしい。彼は私に背中を向けて「じゃあな」と言いながら犯罪者(仮)男たちが消えていった方向に進んでいった。

まさか後を追うの?とんでもないことって結局なに?よくわかんないけど危ないんじゃないの?
状況についていけず、上手く整理出来ずにいる様々な情報がぐるぐると私の頭の中で駆け巡る。
ど、どうしよう。私は船に乗ってしまって良いのだろうか?あの人を放っておいて、本当に良いのだろうか?
でも犯罪者(仮)男、強そうだったし、私が行ったところでどうしようもないのでは……。

何が正しい行動なのか分からずに、一人困ってオロオロとしていると、私の正義のヒーローが現れた。

「セリー、お前なにしてんだよ。船がもう出るって…」
「ナズナさーん!大変だー!」
「お金落とした?」
「いや、そういうレベルの大変じゃない!」

めんどくさそうに私を見てくるナズナさんに、所々飛ばしながらも一から説明する。
ナズナさんは私より強いだろうし、この人と一緒なら犯罪者(仮)男くらいはなんとかなりそうだと思った。
つまり、私は期待していたのだ。ナズナさんがリーゼントさんのところに向かおう、と言ってくれるのを。
だが、私の正義のヒーローは冷たかった。

「で?」
「え?いや、でって……その、ひょっとしたらリーゼントさんがあの二人にボコられちゃうかもしれないでしょ?」
「で?」
「いや、だから私達も行こうよ。リーゼントさんの勘違いならいいけど、何かあったら大変だよ」
「言いたいのはそれだけ?」
「………………」
「そいつはお前に此処から出てけって言ったんだろ?なら早く船に乗ろう」

ナズナさんは心底めんどくさそうに、頭を掻きながら言った。
本当に、どうでもよさそうな態度だった。

「心配じゃないの?」
「別に。俺、そいつに会ってないし、どうでもいいだろ」

ナズナさんはたった一度きりしか会わないような他人の行く末など、興味がないようだった。いや、私も基本はそうだけどさぁ。…これで死んじゃったら、すごく後味悪いじゃん。
ナズナさんの言うことは分かるが、心情的に納得できないでいる。ああ、私はいつからこんな熱い人間になったのか。
でも普通の人なら自然な考えの気もする。そんな私に気がついたナズナさんは顔を顰めた。

「ほんの少し話しただけの人間のやることに、一々に首突っ込んでられるかよ?だいたい、お前が勝手に心配してるだけで、向こうは助けなんか必要としてないかもしれないだろ」

そう言うと私の手を引っ張ってナズナさんは歩き始めた。
特に抵抗はせずに、私も足を動かした。何も言い返せないからだ。
言い返せずとも私は行くから!と逆らって行動できないのは、やっぱり心の中では「どうせ他人だし」と思っているからなんだろう。
それもそうなんだよなぁ、となんともいえない気持ちを胸に抱いたまま、船に乗り込みザバン市へ向かった。

私達がアレリアを出たすぐ後、アレリアで町ぐるみで隠蔽していた犯罪をバショウというハンターが突き止めた、というのをシャルにハンターサイトで見せてもらい、安堵したのはしばらく後のことである。

[pumps]