自分探しの旅
アレリアが田舎だったせいなのか、決して大都会ではないはずのザバン市がものすごく都会に感じる不思議。

三日間船に乗って、私はようやく板ではない土の地面を踏みしめることができたのだ。
たいした事件も起こらなかったので省略させてもらうが、アレリアからの船旅は本当に大変だった。主に船酔いとか船酔いとか船酔いとか。

そしてまたしてもナズナさんに置いていかれた。
ドーレ港に着いてからザバン市行きのバスに乗って、到着してすぐに「ちょっと行ってくるから」と言い残し、走ってどこかに行ってしまったのだ。
ちょっとってなんだよ、と思ったのだが私は足が遅いので追いつけなかった。これはひどい。
探しにいきたくても、もともとザバン市に何の用事があったのか知らないので、ナズナさんが今どこにいるのかわからない。
しかもあの人は携帯を持っていないのだ。あ、あれ…これって本当にやばいんじゃないですか?

「ナズナさーん!帰ってきてよぉー!」

若干涙目になりながら人の少ない道で呼び掛ける。返事はなく、ゴミ箱の側で丸まっていた猫がビクッとしただけだった。
歩いている人達は一度こちらに視線を向けた後、すぐに逸らし、何事もなかったかのように進んでいく。都会は冷たい。流星街の人も冷たいけど。
私自身こんなので見つけられるとは思っていないので一人静かに道を進んだ。ああ、そういえばお腹空いた。

静かに、しかし長く鳴り続けて全力で空腹を訴える腹に手をあて、周囲に飲食店がないか確認する。
空腹を解決するために一時的に発達した嗅覚が、なんだか良い匂いがしていることに気がつく。
よく見ると少し行った先に飲食店の看板が出ていた。

「“めしどころ ごはん”………まぁ、ここでいっか」

いかにも美味しい食事を出してくれそうな店名である。微妙に見覚えがあるのはなんでだろう。
不思議な気持ちになりながら入店すると、私の姿を確認した店員のお兄さんが明るく声をかけた。

「いらっしゃーい!一名様ですね?お好きな席にどうぞー!」

言いながらお冷やを用意している。
一人でテーブル席を使うのは申し訳ないので、カウンター席に腰かけた。店内は思っていたより混雑していた。
メニューはお肉メインのボリュームのあるものばかりで男性が好みそうな雰囲気だが、ちらほら女性客もいる。

「お客さん、ご注文は?」
「えーっと、焼肉定食」

壁に貼られたメニューを見て言うと元気の良い返事が返ってきた。
店員のお兄さんは厨房に私の注文を伝えてすぐに別のお客さんに呼ばれ、そこに向かう。なんとなく店内を見回すと、どの店員も忙しなく動いていた。
接客業は大変だなぁと思いながら、おしぼりで手を拭く。すると私の後ろのテーブル席に座っている若い女性客二人の会話が意図せず耳に入った。

「聞いた?昨日もあの通りで殺されてたんだって」
「聞いた聞いた!ホント怖いよね」
「ね、今日も早く帰らないと」

…なんか今すごい話を聞いた気がする。も、って何?そんな日常的なことなの?
普通はこんな定食屋で話されることはないだろう、恐ろしい話に驚きを隠せない。
今すぐ詳しく聞かせてくれ、という感じだが「急になんだこいつ」という空気になりそうなのでグッと押さえる。いや、だって私今日からナズナさんの用事が終わるまでここに滞在するのに!

冷や汗をかいたところで確かジンさん(サバイバー)がザバン市で殺人犯が彷徨いてる、と言っていたことを思い出した。
ひょっとしなくても、彼女達が話しているのはその殺人犯のことだろうか?なんだっけ、遺体がバラバラって言ってたっけ?

「もう犯人の目星はついてるんでしょう?警察は何やってるのかな」
「早く捕まえてほしいよね。時間関係なく襲ってるみたいだし、怖くて怖くて…」

追いうちをかけるように二人の会話が耳に入る。目星ついてんの?警察仕事しろよ。
とは思うもののザバン市全域で犯行が行われているのなら、そんなに簡単な話ではないだろう。単純に範囲が広すぎる。
それに犯人が旅団並みにめちゃくちゃ強いという可能性もあるのだ。まぁ、そんなやつが一つの場所だけで殺人を犯しているとは考えにくいが。
そんな風に殺人犯について考えていると焼肉定食が目の前に置かれたため、私は食べることに全力を出すことにした。

***

「ありがとうございましたー!」

店員さんの声を背に受け、店の外へ出る。
腹は満たされたので適当にブラブラ歩き出す。

さて、これからどうしようか。殺人犯が彷徨いてるとか不安だし、早くナズナさんと合流したいのだが、どこにいるのかわからない。
捜すのは一旦止めて、一人で勝手にホテルの部屋でもとっておいた方が良いのか。

私にしては珍しく真面目に悩んでいると、後ろから名前を呼ばれた。

「セリ」
「ナズナさん!」

振り向くと上着のポケットに手を突っ込んで、どこか遠い目をしたナズナさんが立っていた。
なんというタイミング。私って運良いな!
これで悩まなくて済む、とほっとしてすぐに駆け寄る。

「どこいってたの?弟が迷子になったって、交番に行こうと思ってたんだよ?嘘だけど!」
「ああ、ごめん…」
「え……?」

なんだかナズナさんの様子がおかしい。私のボケに反応しない…?いや、いつものことか。
そうではなく、なんか覇気がない…?いや、いつものことか。謎の違和感の正体を探るべく、まじまじとナズナさんを見る。
ナズナさんはどことなく重い空気を纏いながら、口を開いた。

「実は大変なことになった」
「はぁ……?今夜は野宿とか…?」
「惜しい」
「惜しいの!?」

野宿が惜しいってどういうことだよ!?ボケただけなのに!
ナズナさんは焦る私を無視して溜め息をつくと、腕を組んで話し始めた。

「今、ザバン市では一人の男によって連続殺人が起こっているらしい」
「うん、知ってる。さっきもお姉さん達が話してたし。それがどうしたの?」

こういったことに全く興味のなさそうなナズナさんが、自分から話を持ち出すとは珍しい。だってこの人、自分が標的にならない限りは殺人とかどうでもよさそうじゃん。
首を傾げて先を促すとナズナさんは数秒溜めたあと、非常に言いづらそうに「それが…」と言葉を続けた。

「俺達がその連続殺人犯を捕まえることになりました」

わあ、なにその胸熱展開。

[pumps]