自分探しの旅
一通りの説明を終えたナズナさんは、ジョネスの顔写真とザバン市全体の地図を印刷すると私に図書館の外へ出るよう促した。

そこから少し移動をする。人がたくさんいる場所で殺人鬼を捕まえる話なんてできないからだ。
しばらく進み、人のいない狭い路地裏に入ってから、ナズナさんはようやく立ち止まった。
そして私を振り返り、ジョネスの顔写真を見せて話を始める。

「じゃあ、今からジョネスを捕まえたいと思う。が、ザバン市といっても広いからな。そんな簡単な話じゃない」
「うんうん」
「そこで、だ」

ここで一旦言葉を切り、軽く咳払いをするとナズナさんはジョネスの写真を渡してきた。
そして恥ずかしそうに『てれれーん』と妙な効果音をセルフサービスでつけたナズナさんの手のひらに赤い屋根のミニチュアハウスが現れる。

「……『隣の妖精さん家〜』…」
「帰ります」
「待て、話を聞け」

某未来の世界の猫型ロボットを始めたナズナさんに背を向け、その場から離れようとしたら服の裾を引っ張られた。
あれ、ナズナさんって具現化系だっけ?とかこんなボケる人だったっけ?とか恥ずかしがるなら言うなよ、とか色々言いたいことがあったが、口に出さずに呑み込んだ。

「これは俺の念能力だ」
「うん、まぁ、なんとなくわかるけど…」

どうやって使うの?と続けると、ナズナさんはかつて見たこともないような神妙な顔をした。

「まず中にいる“奴”を出す。先に注意しとくが、“奴”は気分屋だ。失礼のないように」
「奴?え、……さっき妖精さん家って言ってたけどまさか……?」
「ああ、…………フェアリーさんが住んでる」
「!?」

妖精さん!?やっぱり妖精住んでるの!?え!?私の頭の中はまた忙しくなった。
なにそれ超メルヘンとかつまりナズナさんは妖精さんを具現化したかったとか、念能力が妖精さん具現化ってどう考えても戦う気ないだろお前とか、なんたらこんたら。
結局何も口にしなかった。

混乱しすぎて黙った私のことは特に気にせず、ナズナさんはミニチュアハウスの木製のドアの横にあるベルを鳴らした。

「あの、すいません。ちょっと頼みがあるんで出てきてもらっていいですか?」

すごい低姿勢だ。
フェアリーさんどんな奴なんだよ…となんとも言えない表情になる。
気分屋と言うが、そんなに腰が低くなるほど有能なのか?フェアリーさん。

ややあってガチャ、と小さな木製のドアが開いた。それを確認してゴクッ、と唾を呑み込む。
フェ、フェアリー出てくるぞ!?ドアをガン見する。
すると出てきたのは魔法少女のような格好をして背中から綺麗な羽が生えた金髪の小さい女の子だった。
よ、妖精さんだぁあああ!!

「よ、妖精さんが!今にも空飛べそうな妖精さんが出てきたよナズナさん!」
「違う、フェアリーさんだ」

細かい。
適当に返してフェアリーさんをまじまじと見る。
視線を感じ取ったフェアリーさんは上目遣いで私を見てから背中に生えた羽を動かして宙に浮いた。
と、飛んだぁああ!!と一種の感動を覚えたのも束の間、ふよふよとゆっくり移動したフェアリーさんはナズナさんに向かって問いかけた。

『で、ワシは何をすればいい?』
「!?フェアリーさん話し方渋っ!!」

一人称ワシって!最早ギャップ萌えを通り越してる!!なにこの新ジャンル!!

『なんじゃこの小娘は』
「ちょ、セリうるさいから黙っててくれる」
「えっ!だって今、心の綺麗な子供たちの夢が一瞬にして崩されたんだけど!」
『ふん、失敬な。用がないならワシは帰るぞ』
「あっ、ちょっと待てフェアリーさん。捜してもらいたい男がいるんだ」

言いながら、ナズナさんは私の頭に拳骨をくらわせた。自分の念能力なのになんでこの人こんなに気遣ってんの?
フェアリーさんはふよふよと旋回しながら言った。

『それならまずは男の顔、名前を教えろ。それから人体の一部を寄越せ』
「なんかデ〇ノートみたいな条件だね」
「セリ、お前は本当に黙ってて」

と言ってまた拳骨。さっきも今もあまり痛くないのはナズナさんが手加減しているのか、私が石頭なのか。

ナズナさんは私からジョネスの顔写真を引ったくるとフェアリーさんに見せ、ジョネスの名前を告げた。
そして「えーっと、確か髪の毛が…」と服のポケットを漁ると、数本の毛髪が入った小さな袋を取り出した。大事な証拠品なのに随分雑な保管方法だなオイ。

『うむ、ジョネスという男の捜索か。良いだろう。今回の報酬は三日かの』
「三日?何の話?」
「俺が三日間、フェアリーさんを具現化する以外の念を使えなくなるって話だ」
「えっ、じゃあどうするの?」

さらっと言われたけどかなり大変じゃないかそれ。
ナズナさんなんて念がなかったらただの無力な子供じゃないか。

「念が使えないのにどうやってジョネスを捕まえるわけ?」
「そこはフェアリーさんが頑張ってくれるから」
「フェアリーさんそんな強いの?」
「ああ、釘バットで援護してくれる」
「怖い」

フェアリーさんを見るとふよふよしながら鼻唄を歌っていた。こいつ自由だな。
と思ったら、それはジョネスを捜すのに必要な過程だったらしい。
じと目で見つめる私にナズナさんは指を立てて「静かに、もうすぐわかるから」と言った。あいつフンフン言ってるだけじゃん…。
すると突然鼻唄を止め、フェアリーさんはわかったぞぉ!!と叫んだ。
そして、ナズナさんが広げたザバン市の地図のある一点を指差した。

『ジョネスが次に現れるのはおそらくホンザ六番地じゃな』

ふふん!と胸を張って言うフェアリーさん。信用できない。

「…自信あるの?フェアリーさん」
『ない』
「えっ」

どういうことだよ。
ナズナさんに目を向ければ「フェアリーさんの能力って結構フワフワした感じだから…」と言われた。いや、ダメじゃん!!
抗議しようと口を開くも言わせるかとばかりにナズナさんが発言した。

「まぁ、とりあえずホンザ六番地まで行ってみよう。頼むぞフェアリーさん」
『うむ』

背を向けて歩き出すナズナさんの言葉に返事をしたフェアリーさんは、ふよふよ飛ぶと何故か私の肩に止まった。

『ほれ、さっさと進まんか!置いてかれるぞ!』
「………………」

大丈夫だろうかこれ。

[pumps]