黄金の国ジャポン
ジャポン旅行初日、メンチちゃんが寿司職人に弟子入りしました。
なんと絶対に断ると思っていた板前のおじさんがメンチちゃんの弟子入りを了承したのだ。

「えっ、ちょ、ええええ!?」

狼狽える私を尻目にメンチちゃんはおじさんに「これからよろしくお願いします!!」と元気よく挨拶する。
おじさんはおじさんで先程までの優しい雰囲気を一気になくし「先に言っとくが俺は厳しいからな…」と寿司職人としての貫禄を感じさせるオーラを纏って言った。おいマジかよ!?

「じゃあ、早速奥で準備を…」
「えっ!?ちょっと待って下さい!メンチちゃんも立ち上がらないの!!」

よっしゃァ!!と意気込んで席から立ったメンチちゃんの服の裾を両手で掴んでひき止めれば「え?何か問題が?」と言いたげな顔を向けられた。この料理バカ!

「メンチちゃんが寿司作り始めちゃったら私はこれからどうするのさ!?」
「えっ、あー、そうねぇ…」

一番の問題はこれだ。
私は元々メンチちゃんにくっついてきただけで特に目的もないのに一人で何してろと言うのか。
メンチちゃんは忘れてたわぁとボソッと呟いた後、思案顔になった。
そしてすぐに名案だと言わんばかりの顔で「あんたも一緒に弟子入りすれば!?」と言い出したが、私は間髪を入れずにそれを断った。
だって寿司って一人前の職人になるまで十年かかるって言うじゃん。特に寿司に対して熱い思いも無い私にそんなことできると思ってんの?

「ええー、じゃあどうする?明日からは自由行動ってことで特に予定決めてなかったけど、一人はちょっと無理よね…」

言いながらメンチちゃんはガイドさんの方をちらりと見た。
そう、明日からは二人で目についたその辺の飲食店を適当に回る予定だったので、ガイドは今日しか頼んでいない。
明日からガイドさん無し、メンチちゃん無しで一人でその辺回るのはちょっと…。知らない国、ってわけでもないけど初めて来た国を一人でうろつくのはハードル高すぎるだろう。
そう思って私とメンチちゃんはうーん、と唸る。すると傍でこれまでのやり取りを聞いていたガイドさんが「それなら…」と口を開いた。

「私は明日から別の仕事があるので来れませんが、他の者を代わりに呼びましょうか?」

追加料金がかかりますが、と続ける。
それに対して私が口を開く前にメンチちゃんが反応した。

「それでよろしくお願いします!!」

お姉さん早いよ。
そんなこんなで私は明日から別のガイドさんとジャポンツアーを開始することになった。
追加の料金は元はと言えばメンチちゃんが原因なので払ってくれるらしい。
普通、友人に「わり!あたし寿司屋に弟子入りするから一人で旅行続けてて!」とか言われたらキレると思うんだが、料理大好きっ子のメンチちゃんなら仕方ないかぁと許してしまうあたり、なんか私色々洗脳されかかってるのかもしれない。
まぁ、メンチちゃん美人だし良いんじゃないかな。

夜にホテルで意気揚々とMy包丁を研いでいるメンチちゃんを見てたら、なんか普通に頑張れ!って気持ちになった。
夕食で出た湯豆腐美味かった。

***

次の日、目を覚ますと隣のベッドで寝ていたはずのメンチちゃんが既にいなかった。
えっ、と半分寝ぼけた状態で部屋を見回すとテーブルの上に「寿司作りに行ってきます」との書き置きがあった。
ホテルの人の話だと夜明けとともに出掛けたらしい。

いきなり置いていかれた私はゆっくりと朝食を食べた後、適当に荷物を持ってホテルのロビーで新しいガイドさんの到着を待っていた。
個人のためにわざわざホテルまで迎えに来てくれるなんて親切だなぁと考えながら、ボケーと待っていると後ろから声をかけられた。

「よぉ!あんたがセリか?」
「えっ?そうですけど…」

なんだこのハゲ。
急に声を掛けられ、驚いて返事をした私が最初に思ったのはこれだった。
外見をどうのこうの言うのはちょっと酷いとは思うが、初対面での口の聞き方じゃないだろこれ。

声を掛けてきたのは私と同い年くらいの男だった。
特徴はその眩しい頭。ハゲと言っていいのだろうか?スキンヘッド?まぁ、ハゲでいいや。ハゲくん(命名)は着物のようなよくわからない服装だった。
暗闇に紛れそうな色の服、一歩間違えば不審者ルックの彼は私の返答を受けて素敵な笑顔を見せてくれた。

「やっぱりそうか!まぁ、俺と同じくらいの年頃の女って言ったら、ここにはあんたくらいしか居ねぇしな。しかもジャポン系の顔つきじゃねぇし」
「はぁ、そうですか…」
「ああ、結構目立つぜあんた!あっ、そうそう、まだ名乗ってなかったな。俺はハンゾー、今日あんたのガイドとして働くことになった。よろしく頼む」
「あっ、そうだったんですか!」

この人が新しいガイドさんか!そうとは知らず不審者ルックやらハゲやら失礼なことを心の中で呟いてしまった。
明るく話し掛けてくれる彼になんてひどいことを…と反省し、心の中で謝罪していると何も知らないハンゾーさんが言う。

「まぁ、今日はジャポンの名所に連れてってやるから楽しみにしてろよ!あっ、ちなみに俺、普段は忍者やってんだ」
「それ言っていいの!?」

なんで忍者がガイドやってんだ!?てかもっと忍べよ!?ペラペラ喋んなよ!?
ツッコミ所が多すぎてどうすればいいのかわからないでいる私を見て、何を勘違いしたのかハンゾーさんは忍者についての説明を始めた。

「そういやあんたジャポンの忍者について勘違いしてないか?まぁ、外人はみんなそうだからなぁ。どいつもこいつも漫画やらドラマ観て、やけに美化された忍者像を持ってやがる。やれ螺旋丸だのガマの親分だのねぇねぇ火遁使えるの?だの、本当の忍者はそんなんじゃないぜ」

いや、別に螺旋丸云々は言ってないんだが。
ハンゾーさんは片手を額にやり「ふー、困ったもんだ」と呟くとそのままぶつぶつと勝手に創られた忍者像について文句を言い始めた。
ハンゾーさんは私も忍者に勝手なイメージを持った外国人の一人だと思っているらしい。螺旋丸とか火遁は念使えば出来る気もするけどね。

そうじゃなくて、私が言いたいのは初対面の相手に堂々と普段忍者やってまーすとか挨拶感覚で話していいのか、ということなんだが。
それも間違った忍者像なの?本当の忍者ってそんなオープンなの?日本の忍者とジャポンの忍者って違うの?
元日本人の認識からすると、忍者は某ナルトさんみたいなド派手アクションはせず、主に情報収集と暗殺が仕事でひたすら影に隠れて任務を遂行しているイメージがある。
例を出すとして、日本で有名な忍者って誰がいたっけ?と基本的には使えない昔の記憶を引っ張り出す。

「やっぱり忍者といえば、猿飛佐助とか霧隠才蔵とか…」
「!?あんた、猿飛先生と才蔵のことを知ってるのか!?」
「えっ、急に何の話ですか?」
「えっ」

ハンゾーさんは私の言葉に物凄い勢いで反応した。
なんでこいつ、さも知り合いみたいな言い方してるんだ。先生って何だよ。

「まぁ、猿飛先生は国内でも有名だから、ジャポン好きの外人が知っててもおかしくないがな。でも才蔵はメディア進出してないはず…」
「あの、本当に何の話してるんですか?意味不明なんですけど、とりあえず忍者がメディア進出とか言わないでください」

どうやら私達の間で忍者という存在の認識について大きな食い違いがあるようだ。
あれ、おかしいな。私は他の人に比べればそんなに間違ってないはずなんだけど。
不思議そうにするハンゾーさんを見て、私も首を傾げる。

猿飛佐助と霧隠才蔵は有名とはいえ、実在はしてないんじゃなかったか?仮にジャポンには同名の方がいるにしても、なんでハンゾーさんはそんな親しげなんだ?
先生とか国内で有名とかメディア進出て、何?
ほんのちょっとの会話でここまで謎が生まれるってどういうことだよ。

考えれば考えるほどややこしくなってくる。日本とジャポンの忍者は全くの別物として考えるべきかもしれない。
まぁ、1996年に忍者がこんなに堂々と存在している時点で日本とは明らかに別の文明を持っているよなぁ。

ここまで考えてふと思った。あ、私ハンゾーさんが嘘をついてる可能性を全く考慮してなかったわ。
そうだ、普段忍者やってると言われて無条件に信じていたが、この人が嘘つきの可能性だってある。忍者に憧れているだけの、ちょっとおめでたい頭の持ち主かもしれない。
という『ハンゾーさん嘘つき説』が私の頭の中の住民たちの間で議論され始めた時だった。

それまで私の発言に頭を悩ませていたハンゾーさんが突然「あっ!!」と声を上げた。
そして、すぐに私の手を取り、どこかへダッシュ。あまりにも早すぎて反応しきれなかった。
このスピード…!やはりこいつ忍者か……!?と思っているとハンゾーさんは急に止まった。
本当に急だったので私はうまく立ち止まれず転びそうになったが、ハンゾーさんが「大丈夫か!?」と支えてくれた。
やだ、紳士……!ハゲなのと好みの顔じゃないのが悔やまれる。

「アレが猿飛先生だ!ほらっ!今、映ってる!!」

着いた場所はロビーの隅に置かれたテレビの前だった。ハンゾーさんはやや興奮気味にテレビ画面を指差す。
そこには70代くらいだと思われる男性が映っていた。画面下のテロップには『職業忍者、猿飛佐助』との文字。
…………え。

「なんでテレビ出てんの!?」

職業忍者!?思いっきり紹介されてる!堂々とテレビ出てる!!
混乱する私にハンゾー先生が当然のように言った。

「そりゃ、猿飛先生は朝のニュース番組ズームアウトの火曜レギュラーだからな」
「それ何語?」
「えっ、俺のハンター語そんなに下手か?結構自信あるんだが…」
「いや、ハンゾーさんはとても流暢にハンター語を話していると思います」
「おっ、そ、そうかぁ?まぁ、そうだろうな!!」
「だが問題はそこじゃねぇ」
「なに!?」

心底驚いたような顔をするハゲ。こいつ正気か?と思った。

「あの、私の“勝手な”イメージでは忍者ってテレビとか出るもんじゃないと思うんですが。もっとこう、誰も知らないところで暗躍してるっていうか…」
「ああ、それは古いタイプの忍者だな」
「なにそれ!?」
「昔の忍者は確かにあんたの言うよう誰にも知られず影で暗躍していた。だが、今は電脳ネットによって世界中で情報が溢れている。昔みたいに完全に影で活動するなんて出来なくなっちまった。既に“忍者”という存在がジャポン以外の国や人に知れ渡っている」

もちろん全く知らない奴や眉唾物だと思ってる奴もいるがな、とハンゾーさんは続ける。
けど、少なくともジャポンの文化に興味を持つ者が簡単に調べられるくらい有名な存在になってしまった。
そこでハンゾーさんのお師匠様は、じゃあ開き直ってもっと有名にしてやろうぜ!!と考えたそうだ………………ん?

「それ、大丈夫なんですか?任務とかに支障がでるんじゃ」
「いや?むしろ前より融通が利くようになった。タクシーで相手追跡する時とか、運転手がやけに協力的だし」
「タクシーで移動してんの!?走れよ!」
「うっせぇな!走ると相手がタクシー使って渋滞に巻き込まれたとき、気がついたら追い抜かしてんだよ!!」
「誰を追跡してんだよ!!」

私のツッコミがロビーに響く。ジャポンの忍者っておかしい。
二人そろって肩で息をする。

「って、急にタメ口になったなあんた」
「え?ああ、私がタメ口になるときって敬う価値なしって判断したときなんですよ」
「喧嘩売ってる?それ喧嘩売ってるよな?」
「最初からタメ口だった奴が何言ってるの?」
「俺はそういう堅苦しいの好きじゃないんだっての。それになぁ、俺が敬うべき相手は猿飛先生とこの先お仕えることになるヒユ様だけって決まってんだよ!」
「お前の事情に興味ねぇよ」

なんだろうこのハゲ。
うるさいし、私の知ってる忍者と全然違うんだけど。

[pumps]