黄金の国ジャポン
私という人物に対して少し勘違いしてしまったらしいヒユちゃんは「申し遅れました!」と慌てて頭を下げた。

「私、ヒユと申します」

“わたくし”だって。小学生くらいの子が使うと不思議な気分だ。
年の割には随分丁寧な態度だな、と思いながら私もヒユちゃんに倣って頭を下げて名乗る。

「私はセリって言います」
「セリさん………セリさん、ですね」
「うん」

あれっ、さん付けされるのって実は初めてじゃないか?
顔を勢いよく上げるとヒユちゃんはビクッとした。
だって、初対面のハンゾー先生ですら呼び捨てだったというのになんだこの新鮮な感じ。私に対して勘違いとはいえ丁寧に接してくれているのだ。

今まで私の側には「べ、別にセリのことなんて何とも思ってないし!?わざわざ構ってやってるんだから感謝しなよね!」という態度でイタ電してくる奴や、ゴミ山から突き落としてくる空気の読めない兄さんや弟と仲良くしてるのが気に入らないからと攻撃を仕掛けてくる某暗殺一家の長男など、ろくな奴がいなかった。

それぞれの顔を思い浮かべて消した。代わりに姫カットの可愛いジャポンの女の子が脳内を占める。いやぁ、私この子好きだな。
単純かもしれないが、人間は自分に対して優しい人を好きになるもんだから仕方ない。過去最大の笑顔を見せるとヒユちゃんはさらにビクッとした。ちょっと傷付いた。

しかし「セリさんはとても勇気のある方なんですね!(やや私による誇張あり)」とかつてないほど褒め称えられ、とても気分が良くなった。
なにこれ、なにこの気分。初めて味わうんだが超気分良い。とりあえずジタンありがとう。

話を聞くとヒユちゃんは今年で12歳になるらしい。やっぱり小学生か、可愛いな。
誘拐されたとは思えないほどほんわかした空気を漂わせていると、空気の読めない誘拐犯達によって車外に出され、近くにあった工場のような建物の中まで歩かされた。
建物内は流星街にある建物のようにボロボロだった。
やっぱり今は使われていない場所のようだ。隠れ家にはおあつらえ向きか。

そんな中、私達は階段を上ってわざわざ三階まで連れていかれた。
その階の一室へ押し込まれる。そこは窓はないものの何故か入口とは別に扉がついていた。

「おい、縛れ」

リーダー格の男が他の二人にそう指示する。手足を縛って自由を無くすつもりだろう。
縛るのは別にいい。だって、まともに抵抗できない幼児ならともかく私達くらいの年なら反撃されたり、逃げ出されたり、何をするかわからないんだから当たり前の行動だ。
そう、縛るのはいいの。いいんだよ、いいんだけど…。

「なんで!?なんで私だけこんな鎖でグルグル巻き!?しかもちょっと難しそうな縛り方なんだけど!?」

ヒユちゃんは縄で手足だけなのに対して私は鎖で全身をグルグル巻きにされていた。どういうことだ。

「いやー、実は最近縛り方に凝っててー」
「なんだそれ!?」

私を縛った茶髪がへへ、と少し照れ臭そうに言う。おい、ふざけるのも大概にしろよお前。
そう思ったのは私だけではなかったようで、茶髪はリーダーと眼帯の二人に殴られてた。

「ったく、てめぇは…。お前らは大人しくしてろよ」

リーダー格の男は私達に向かってそう言うと他の二人と共に外に出て、入口の扉を閉めた。あ、私はこのままなんだ。
予想していたよりも鈍い音を立てて重そうな扉は閉まる。次いで鍵をかけるような音がした。

その瞬間に私は手と腕に思いっきり力を入れ、手首と両腕にグルグルと巻かれた鎖を引きちぎった。ちなみに念は使ってない。

「え、……!?」

それを見たヒユちゃんがドン引きしたようだが気にせず、自由になった両手で胴体、膝、足と順番に鎖を引きちぎる。この間、一分もかかっていないだろう。
完全に自由になった私はすぐにヒユちゃんの手と足の縄を解いた。

「逃げよう」

声を潜めて言う。
ヒユちゃんは状況に着いてこれていないようだったが、とりあえず頷いた。不安げな顔で私の後ろの入口とは別のもう一つの扉を見る。
ここで大人しくしてろって馬鹿かあいつら。窓ひとつ無い完全な密室ならまだしも、いかにも外に通じてそうな怪しい扉が付いていたら、そこから逃げるに決まってるだろ。

女二人だから一人が念を使えてもナメてたんだろうな、と思いながら立ち上がり、問題の扉の前に行く。
一度ノブを回してみる。鍵がかかっているとか、立て付けが悪くて開かない、なんてことはなかった。
ヒユちゃんを手招き、後ろに来たのを確認してから静かに、けれど素早く扉を開いて一歩足を踏み出す。
よっしゃ、これで脱出………!と思ったら、何故か足は何も踏めないで、体がガクッとなる。

「いっ、………!?」

あると思っていた床が無かったのだ。
えええ!?なにこの設計ミス!ふざけんな業者呼べ!?
叫びたいところだが必死に抑える。

「セリさん、だ、大丈夫ですか…!」

ヒユちゃんは小さな声でそう言うと後ろから抱きつくように私のお腹回りに腕を回して支えてくれた。
そのまま二人で後ろに倒れこむ。あ、あぶねー!

「ごめんねヒユちゃん…。大丈夫?」
「私は何とも………落ちなくて良かった…」

心底安心したように微笑むヒユちゃんに私の胸は高鳴った。恋かもしれない。私って自分に優しくしてくれる人に甘いな。
えへへ、と二人で笑い合った後、開いたままの扉の外に視線をやる。
まさかこんな仕掛けがあるとは。いや、向こうはそんなつもりは無いのかもしれないけどさ。

どうしようか。ここが五十階とかなら考えるが、実際は三階。
この程度の高さなら堅さえ使えば問題ない。でもそれは私の話だ。ヒユちゃんは……と視線を向けたとき、あることに気がついた。

外にいる三人以外に、別の気配がする。
円を使っていないのに気配に鈍い私が気づくということは、結構近くにいるんだと思う。
もしくは隠す気がないか。となれば、それは男達の仲間である他ない。
まずい、人数が増えれば増えるほどこちらが不利になる。背中を冷たいものが伝った。

「ヒユちゃん、行こう」

なら、今のうちに逃げた方がいいと判断し、小さく声をかけるとヒユちゃんは「どうやって…」と驚いたように返す。

「ヒユちゃんは私が抱えるから。急ごう」

え?と混乱しているヒユちゃんの側まで寄り、膝と肩の下に手をやって横抱きにする。

「え、えええ…?」

大きな目を丸くして驚くヒユちゃん。
女の私が年下とはいえ、人ひとりを持ち上げられると思っていなかったのだろう。でも、今は説明なんてしてる暇はない。

とうとう足音が聞こえてきた。ドキッ、とする。早く、逃げなきゃ。
だが、そこで意外なことに気がついた。部屋の外の誘拐犯達が足音を聞いて動揺していたのだ。

「おい、誰かいるのか?」

眼帯の男の声が聞こえた。その反応に驚く。あれ、仲間じゃないの…?
ヒユちゃんを横抱きにしたまま、入口の扉の方を向いて少し固まる。うーん、でも逃げられるなら逃げた方がいいか。
と思った時だった。

「あ、先客。でもごめん、退いてくれる?俺ここに用があるんだ」
「はぁ!?」
「なんだお前、何処からきた!」
「え?そこからだけど」

誘拐犯とは別の声が聞こえた。それは、ものすごく聞き覚えのある声だった。

「って、あれ?その携帯って……」

また聞こえる。聞き間違いではない。すごく迷惑なイタ電をしてくる人物の顔が浮かぶ。
いや、でもまさか、ジャポンにいるはずがない。

そう結論付けたと同時に私はヒユちゃんを横抱きにした状態で軽く助走をつけて、頭の中では大爆発をイメージしながらダイ○ードの如く飛び降りた(私の生え際は後退していない)。

「ーーーーーっ!」

ヒユちゃんがぎゅううう!!と私の首に回した手に力を入れる。想像してたより強めでビビった。
若干首が絞まりかけているが、そんなことを気にしている場合ではない。

空中で向きを変え、背中を下にした。
漫画とかでよくあるシュタッ!みたいな格好いい着地が出来そうになかったからだ。背中から落ちて全てのダメージを受けとめよう。
地面に着く寸前に目を閉じた。

「っと、ぐえっ!!」

地面に叩き付けられる。
予想通り怪我はなかった。が、ヒユちゃんは体重が軽いので地面に着いたと同時に体が軽く浮き上がり、私の体に素敵なダメージを与えてくれた。
腹はノーガードだと言うのに………まぁ、そんなことを言ってる暇はない。

「ヒユちゃん、無事!?無事だね!?よし!」

放心状態のヒユちゃんは私の言葉に微かに頷いた。反応出来れば十分だ。
すぐに立ち上がって、またヒユちゃんを横抱きにする。そして足に凝をし、かつてないくらいの全速力で走った。
一応私は車に追い付くくらいのスピードは出せる。問題はどこに行けばいいのかわからないことだった。

「此処どこ!?」

走って走って、ようやく人通りの多い場所に出たと思ったら見たこともない景色が広がっていた。
携帯も盗られたままなので、メンチちゃんに電話もできない。お金もない。
着物のお嬢さんを横抱きにしたボロボロの外国人の私に人々は道を開く。モーゼのようだった。ジャポンの馬鹿!

結局私は走り回って奇跡的に見つけた交番に駆け込み、半泣き状態で「お家がわかりません!」と訴え、お巡りさんに引かれつつも保護して頂いたのだった。

[pumps]