少年よ、大志を抱け
無事に警察に保護された私達は御堂家まで送ってもらった。
私はすぐにホテルに帰るつもりだったのだが、ヒユちゃんに「是非!御礼をさせて下さい!!」と引っ張られ、連絡を受けて戻ってきたハンゾー先生にも感謝され、一人を除いて何故か家人一同大歓迎の中、御堂家にお泊まりすることになった。

そして一晩明けて、現在。
畳が敷き詰められたドラマなんかでよく観るような広い和室に私とヒユちゃん、ハンゾー先生、メディア進出していないと噂の才蔵さん(唯一私を歓迎してない人)は集まっていた。

昨日と違い、髪を一つに纏めたヒユちゃんは私の目の前で座布団の上に正座している。
私も用意された座布団の上で背筋を伸ばして何十年か振りに正座をする。
しーん、と静かなこの空間に参った私は後ろにいるハンゾー先生に「どうしよう!どうする!?」と視線で訴えた。ウインクされた。ダメだこのハゲ。
そんな中ヒユちゃんは私に言う。

「ご趣味は…」

お見合い?
緊張感溢れる様子で聞いてくる彼女を不思議に思いつつ、私の趣味ってなんだろう、聞いてどうするんだろうと思った。

「えっと、強いて言うなら……は、走り込み?とか」
「素晴らしいご趣味ですね!!」
「そう?」

すごく褒められた。適当に言ったのに。
ヒユちゃんは『走る』という行為がいかに素晴らしいかを語り続けていた。
こんなに持ち上げてもらえると思っていなかったので、少し申し訳なくなってくる。
なんか、やっぱりこの子私という人間を勘違いしているよね。私は話をするだけでこんなに緊張しなきゃいけない人間じゃない。
多分、この子の中で私はスーパーヒーローなんだろう。

ヒユちゃんは下を見たり、上を見たりと視線をさ迷わせた後にもじもじとした様子で口を開いた。

「あの、差し支えなければお訊きしたいのですが」
「何?」

と言った時だった。
ヒユちゃんの後ろに控えていた黒髪ポニテ青年の才蔵さんが我慢の限界と言わんばかりに立ち上がり、私を睨み付けて怒鳴った。

「なんですかだろうが!なんだお前その態度は!」
「ちょ、おいおい才蔵!」

私の後ろにいたハンゾー先生が立ち上がって諌める。わぁ、怒られた。

よくわからないが、才蔵さんは私のことが気に入らないらしい。
でも、そんな口の聞き方について言われても、ヒユちゃんは『御堂家』のお嬢様ってだけで別にジャポンの要人でもなんでもないし、そもそも私は御堂家の家人じゃない。
この国の人ですらない、ただの観光客だ。ついでに言うなら私の方が年上だし。
誰に対してもヒユちゃんを敬えって言うのは違うんじゃないの?
ハンゾー先生と揉めている才蔵さんをボケッと見ていたらヒユちゃんが凄まじい目で才蔵を見た。

「黙りなさい才蔵!!」
「!は…はい…」

その気迫に私もビビる。こんなデカイ声出せるのか。
才蔵に対して「やーい叱られてやんのー」とは口にしなかった。捨てられた子犬みたいにしゅん、としていたからだ。ちょっと可哀想。
ハンゾー先生とヒユちゃんは申し訳なさそうに眉を下げる。

「悪いなセリ。気にしないでくれ」
「申し訳ございません、才蔵が失礼を…」
「あー、大丈夫大丈夫」

手を軽く振って言う。
私は優しいので才蔵の存在をなかったことにしてあげた。うわ、すごい睨んできてるよ。
しかし気にせず、先程の話を続ける。

「で、聞きたいことってなにかな?」

続きを促すとヒユちゃんは思い出したように「あ」と声を上げたあと、一度座り直して恐る恐る話始めた。

「セリさんは、何か武術の心得があるのでしょうか?」
「ん?いや…」
「でも、鎖を解いたり飛び降りたり、走ったり…その、失礼ですがとても…」

その先は言わなかったが、予想はできた。ただの女とは思えなかったんだろう。でも武術の心得なんかない。
私の戦い方は基本は全部自己流。しっかりと一から教えてもらったことはない。
私がなんだか強そうに見えるのは念能力に頼り切っているからだ。

でも、それを説明することはできない。ヒユちゃん含め、ここにいる三人は全員非念能力者なのだ。
どうしよう。素直に言っても納得できないだろうし、でもからくりを明かさずに「まぁね!日々鍛えてますから!」と言うのもな。
鍛えてるのは嘘ではないけど……と悶々としていると私の返事を待たずしてヒユちゃんが言った。

「それで!私、どうしてもセリさんにお願いしたいことがあるのですが!」
「えっ、な…んでしょうか?」

何って言おうとしたら、またも才蔵さんに睨まれたので途中で変える。
それに気が付いたハンゾー先生が才蔵さんの頭を叩いたので、再び二人は揉め始めた。
そんな二人のことは無視して、騒ぐ声をBGMにヒユちゃんの口から発されたのは衝撃的な言葉だった。

「私を弟子にしてください!!」

!?

[pumps]