少年よ、大志を抱け
はて、この子は何を言っているのか。
と頭の中の住民達が言葉を交わしていると私の目の前からヒユちゃんの姿が消えた。
視線を下げると畳に額がつくほど頭を下げているヒユちゃん。…………!?
「は、ハンゾー先生通訳お願いします。私、外国人だからジャポンの言葉ワカリマセーン」
「いや、ヒユ様ハンター語喋ってんぞ」
冷静な突っ込みが入る。
そうだね、そうだよねと口を開く前に才蔵さんが騒ぎだした。
「ヒユ様!何こんなのに頭を下げているんですか!?」
失礼だなオイ。
「顔を上げてください!!」
「頼み事をするのに頭を下げない人間がどこにいるのですか?」
焦ったように言う才蔵さんに対し、ヒユちゃんは一度顔を上げてそう返すとまたすぐに元の体制に戻った。
「あ、あああ……ちょ…!」と悲愴な声を上げた才蔵さんは私の方を勢いよく振り向く。
なんとかしろ!と口には出していないが、目が語っている。主張の激しい人だ。
「えーっと、ヒユちゃん。一先ず顔を上げましょう、ね?」
と言うとヒユちゃんは恐る恐る顔を上げた。
するとこのベストタイミングで部屋の外から声がかかった。
「失礼します。お茶をご用意したのですが…」
そう言って、襖を開けたのは三、四十代の女性だった。
目元にシワがあり地味な着物、お茶を淹れてくれたということは多分この家の女中さんなんだろう。
やべ、ヒユちゃんが頭下げてる時に来なくてよかった!
もう少しで家人にとんでもない勘違いをされるところだった…と一人安心しているとヒユちゃんは「ありがとうございます」とお礼を言って、その女中さんに退室するよう指示した。
女中さんが部屋から居なくなり、気配も遠ざかったところで私は一度咳払いをした。
「で、ヒユちゃんは私に弟子入りしたい、と」
「はい!!」
元気よく肯定される。
ここが小学校で私が教師なら二重丸を上げただろう。
女中さんが持ってきてくれたお茶を一口飲んで、静かに言った。
「だが断る」
「!?え、…そんな、どうして…?」
「どうしてって言われてもね。弟子とかとれるほど私は強くないし、経験もないよ。私よりハンゾー先生のがよっぽど良い師匠になると思うんだけど」
「そんな…そんな!!半蔵は禿げているだけで何の役にも立ちませんよ!!」
「ヒユちゃん、ハンゾー先生泣きそうだからやめてあげて」
「おいこら!嘘つくなセリ!」
「気にするなよ半蔵」
「才蔵うぜぇえ!!」
爽やかな笑顔でハンゾー先生の肩に手を置く才蔵さんは凄まじくウザい。
ハンゾー先生は肩に置かれた才蔵さんの手をたたき落とし、またもや二人は揉め出した。喧嘩するほどなんちゃらってやつだろう。
そして、またそれを無視するヒユちゃんは私に向かってもう一度頭を下げて懇願した。
「私は、貴女にご教示願いたいのです!」
お願いします!と続ける。なんでこんなに弟子入りしたがるんだこの子は。
強くならなきゃいけない理由があるのか?こんなお屋敷のお姫様なのに?
思い当たる節と言えば、この子にかけられている念くらいだが、本人はおそらく知らないはず。
意味がわからない、と首をひねる。
「そもそもなんで師匠が必要なの?護ってくれそうな人はたくさんいるじゃない」
言いながらハンゾー先生と才蔵さんを見る。煩くて忘れていたが、確かこいつら忍者だろ。
「ヒユちゃんは女の子なんだし、別に強くなる必要はないんじゃないの?」
自分的には何気なく言ったつもりだった。
なのに、その言葉にヒユちゃんだけでなくハンゾー先生と才蔵さんまで動きを止める。
才蔵さんはこちらに顔を背けて、ハンゾー先生は「あー…そっか…」と小さく声を出した。お前ら何だその反応は。
急に微妙になった空気に戸惑っているとヒユちゃんが顔を上げたものの、私とは目を合わせずに言った。
「それは……………その、事情がありまして」
「え、事情って?そもそも何が?強くならなくていいのくだり?」
「…今は申し上げられません」
と言って顔を伏せる。だからなにその反応。
なんだか私がイジめているみたいじゃないか。参ったなぁ、と頬を掻く。
才蔵さんからは「ヒユ様がこんなに頼んでんのによぉ…」と言いたげな色々と邪悪なものが込められた視線が送られてくるし。
困った私はあのさ、と口を開いた。
「師匠は無理だけど、なんかこう……知り合いのお姉さん的な存在なら大丈夫だよ」
せめてもの妥協案だった。
師匠は絶対に無理。でも、仲の良い知り合いなら別に平気だ。
「私、まだ長いことジャポンに居るし、その間なら一緒に遊んだりできるでしょう?」
そう続けるとヒユちゃんは目をパチパチさせた。
多分、メンチちゃんは寿司を極めるまでジャポンに残りたいって言うだろうしなぁ、と考えての発言だった。
その私の発言にヒユちゃんは「しばらく…ジャポンに…?」と小さく聞き返してきたので頷くと一気に顔を明るさせ、素敵な笑顔を見せて私に言った。
「なら、セリさん!是非家で暮らして下さい!」
どうしてそうなる。