少年よ、大志を抱け
正直申し出自体はありがたい。だってホテル代浮くし。
でも才蔵さんっていうめんどくさい人がいる上に気遣って大変そうだし、そもそも私は一人で旅行にきたわけじゃないのだから、とりあえずメンチちゃんに相談したかった。
ということで夜になったら一度ホテルに戻ることにした。
何故夜かと言えばメンチちゃんは朝からずっと寿司を握っているからだ。私達って一緒に来たはずなのに初日以外ずっと自由行動だよね。

そのことをヒユちゃんに伝えるとホテルまで車で送ってもらえることになった。
夜道は危ないし、ここからホテルまで距離があるからだと言われた。気の利く子である。

じゃあ、それまでは御堂家でゆっくり過ごして……という流れになった今、私は茶の間で才蔵さんにイビられていた。

「いいか、ヒユ様に気に入られてるからって調子に乗るなよ?わかっているとは思うがヒユ様は外人のお前が珍しいから気にかけてるだけなんだぞ。え?誘拐犯から助けた?ハッ、あともう少ししたら俺だって助けに行ってたわ馬鹿!しかも逃げるなんて情けない真似せず、犯人ボコボコにしてやるぜ!え、なんで来れなかった?あれだよ、ちょっと皆の飯作ってたんだよ。お前は飯なんか作れないだろ!?言っておくが俺の料理の腕前はな…………」

話長い。
長すぎるので後半からは全て聞き流していた。それに気付いていない才蔵さんは、一人でずっと自分がいかに優れていてるかを語っている。
時々卓袱台をバンッ!と叩くので茶器が揺れて中身が溢れそうになる。とても迷惑だ。
ペラペラよく喋るな。ハンゾー先生と言い、忍者にはお喋りしかいないのか。もうお前ら芸人にでもなれよと思いながらお茶を飲み、茶菓子も頂く。

そもそもなんで私達が二人でいるかと言うとヒユちゃんはお嬢様らしくお稽古事の時間で席を外しており、私の味方のハンゾー先生は此処ではまだ見習いの立場なので常に家にいるわけではなく、一旦自分の家に帰ってしまったからだ。

ここぞとばかりに才蔵さんは私を茶の間に連れて行き、今までヒユちゃんが傍に居たので言えなかったことを吐き出した。
その内容はどっちがヒユちゃんに相応しいか!?から全体的にお前は気が利かないとか茶ぐらい自分で淹れろ、とまるで姑のような小言まで幅広い。
いや、この家に嫁いだわけでもない、ただの客なのになんでそこまでしなくちゃいけないんだよ。

「………というわけだ。おい、聞いているのか!?」
「はーい、聞いてまーす」
「ったく。なら、明日からわらび餅を作るから寝坊しないように」
「はーい…………え!?それ何の話!?」

いやいや急すぎるだろ!?わらび餅とかどこから引っ張ってきた!?
と慌てて聞けば「やっぱり話聞いてないじゃないか馬鹿野郎!」と怒鳴られた。
謝って一から説明を求めるとヒユちゃんは三度の飯よりわらび餅が大好きなので、明日からそれをお前(私)が作ってやれとのことだった。
あれ、聞いてもわからないぞ!

「師匠は無理だって、ヒユ様の頼みを断ったんだぞお前は!なら、詫びに好きなものでも作るのが礼儀ってもんだろうが!どうせ作ったことないだろ?仕方ないから俺が作り方を教えてやる!別にお前のためじゃないからな!ヒユ様のためだからな!」

何言ってんだこいつ。というか私がここに泊まること確定みたいな言い方するな。

「わかったら返事!」

反応のない私にイラついた才蔵さんがバンッ!と再び卓袱台を叩く。
とうとう茶器は倒れて中身が卓袱台の上に広がった。

「あ、いけないんだ才蔵さん。お茶溢したー」
「チッ。おい、セリ雑巾取ってこい。すぐそこの台所に干してあるから」
「いや、お前が溢したんだろうが」
「元はと言えばお前が話を聞かないからだ!」

いいから行けよ!とふんぞり返る。
うわ、なんだこいつ腹立つわぁ!ぶっ飛ばしてやろうか!?間違いなく私の方がお前より強いんだぞ!あ!?
反則技の念を使おうと構える。才蔵さんも目が恐い。
まさかジャポンにきて昼から口汚く罵り合うことになるとは思わなかったわ。
そんな喧嘩秒読みな険悪な空気を漂わせていると、誰かがこちらに向かってくる足音が聞こえた。

「大丈夫ですか?」

襖を開いて現れたのは、さっきお茶を持ってきてくれた女中さんだった。
手には雑巾を持っていて、多分私達の会話が聞こえたんだと思う。

申し訳ないなとか恥ずかしいな、とか才蔵さん死ねという色々な感情が沸き出る中、何かがおかしいと思った。
この女中さん、さっきは何も思わなかったけど、改めて見るとなんだか……なんだろう?

「態々すみません、こいつに拭かせますから…」

おい、黙れ才蔵。
才蔵さんは頭を下げて雑巾を受け取った。この人にしては随分丁寧な態度になんだか引っ掛かる。

なんだろう、何がおかしいんだろう?
ひょっとして念能力者?と思い、目に凝を使って女中さんを見ることにした。
そして私はとんでもないものを発見した。

女中さんの左胸、心臓の辺りにヒユちゃんと同じオレンジ色の靄があったのだ。
まったく同じというわけではなく、違うところもある。ヒユちゃんと比べると靄がはっきりしており、強いオーラを感じる点と浮かんでいる数字が違った。
ヒユちゃんは11だったが、この人は10だ。

「え、え?あの……」
「はい?」

思わず声をかけてしまったが、すぐに「あ、いや、なんでもないです」と言った。なんて説明をすればいいかわからないからだ。
女中さんは不思議そうな顔をした後「失礼します」と言って部屋を出た。その背中を見送りながら考える。

なんだ、どういうことなんだ?
あの人はヒユちゃんと同じく念能力者ではなかった。でも同じような靄があった。
まさか、この屋敷の人全員に同じ念が掛けられてるとか?と才蔵さんを見たら雑巾を投げつけられた。そして一言「拭け」だと?

すごくムカついたが、今は靄のことで頭が一杯なので仕方なく無視して溢れたお茶を拭いた。
確認した限り、才蔵さんには靄はない。確かハンゾー先生にもなかった。
女性限定とか?それ以外でヒユちゃんとあの女中さんの共通点はなんだろう。そもそもあの数字は?

「お前なんだその拭き方は!そんな拭き方じゃ茶が広がるだけだろ!!下の畳にまで溢れたらどうする気だ!」

人が真剣に悩んでいると言うのに突然才蔵さんが切れた。
はぁ?と返せば、拭き方も知らないのか!と言われた。これただの言いがかりだろ。
この人とりあえず私にいちゃもんつけたいだけじゃないの?とイライラしながら無視して拭き続ければ、またも怒声が響いた。

「だーかーらそうじゃないって!へったくそ!!ああ、もう貸せっ!」

才蔵さんは私から雑巾を引ったくろうとした。
すると才蔵さんの手が私の指に軽く触れる。その瞬間。

「うわぁあああ触るなぁ!!!」
「は!?ぎゃあ!!」

お茶を吸ってびっしょびしょの雑巾が私の顔面にヒットした。才蔵さんが光の速さで投げてきたのだ。
はぁ!?おい、ふざけんなよ才蔵!!とぶん殴ってやろうと拳を向けると才蔵さんが畳の上で仰向けに倒れていた。
えええええ!?

「才蔵さん!?ちょ、え、ええええ!?だ、誰かー!誰か来て下さいぃ!!」

本当になんなんだこいつ。

[pumps]