少年よ、大志を抱け
やはりというかなんというか才蔵さんは女の人がダメらしい。

近くにいたり会話などは問題ないのだが、ちょっとでも触れるとさっきのようにぶっ倒れてしまうんだとか。
この先暮らしていけるのだろうか。それでよくヒユちゃんの傍にいられるな、と思った。
まあ、苦手なものは仕方ないだろうけどさ。

倒れた後に何故か高熱まで発した才蔵さんは先程の謎の女中さんに任せて、夜になってから私はヒユちゃんと共にホテルに向かった。
運転手さん付きのカッコいい車の後部座席で「才蔵さんは女嫌いだけどヒユちゃんだけは特別なんだね」と隣に座るヒユちゃんに言ったら「え?ええ…あはは…」となんだか少し微妙な反応を返される。
なんか、この家にこういうことばかりじゃないか?念のこといい、御堂家は謎の多い家である。

***
ホテルに着いてから、ヒユちゃんと運転手さんにお礼を伝えて車を降りた。
もし家に来てくれるなら連絡してほしい、とヒユちゃんから電話番号の書かれたメモを受け取り、車はそのまま御堂家に引き返していった。
私はメンチちゃんと話し合って、ヒユちゃん家に泊まるなら明日の朝ホテルをチェックアウトすることにしたのだ。とりあえず今夜はホテルでゆっくりしたい。

多分まだメンチちゃんは帰ってないんじゃないかなぁ、と思いながら部屋に向かう。結構遅くまでやるって話だったし。
約一日振りの部屋に戻ると予想に反してメンチちゃんは帰ってきていた。

「あ、メンチちゃんただい」
「セリ!無事だったの!」

と私の台詞を遮って言うとメンチちゃんはラグビー選手も真っ青なタックルを披露してきて私は元気よく廊下に吹っ飛ばされた。
やばい強い。メンチちゃんってもう念使えたっけ?
いや、それよりも重要なのはメンチちゃんの言葉だ。

「なんで“無事”?昨日帰らなかったから?」
「あー、それは別に。そうじゃなくてあんたさ、携帯盗まれた?」
「別に……って、なんでそのこと知ってんの?連絡取れなかったから?」
「いや、シャルがあんたの携帯から電話かけてきたのよ」
「は!?」

思わず大きな声を出してしまい、メンチちゃんにうるさいと殴られた。
廊下でする話ではないので、部屋に入れてもらう。部屋の扉を閉めたと同時にあの時、扉一枚挟んだ向こう側で聞いた声を思い出す。

あれ、やっぱりシャルだったの?なんでジャポンに来てるの?と軽く混乱した状態でメンチちゃんに詳しい説明を求める。
メンチちゃんの話では昨夜私の携帯から一度目の着信があったが、その時メンチちゃんは寿司屋の店長と寿司トークに白熱していて出られなかったらしい。
後から気づいて「セリのやつ何度も電話かけてきてうぜーな」と思って部屋に戻ったら、私が帰ってなかったので遊んでて帰れないという連絡だと考え、疲れていたのでそのまま寝たそうだ。
そしたら今日の昼頃にまた私の携帯から着信があったため、出てみると何故かシャルからだったそうだ。

「シャルが言うには知らない男があんたの携帯持ってたって。知り合いじゃないでしょ?」
「う、うん。一応盗まれたんだけど…だけど…」
「それでセリのこと知りたがってたんだけど、あたしも忙しかったし、まだちゃんと話せてないのよ。というか、シャルもジャポンに来てたのね」
「そこだよ!!」

問題はそこだ!お土産買っててやろうかなと思ったのに旅行先被ったら意味ないじゃん!
そもそも、シャルがぶらり一人旅ならいいけど団体での旅行だったらどうするの!?
あいつらがただの旅行って名目でみんなで行動するわけないんだから、確実にお仕事じゃん!
ジャポンに来てまでふざけんなよもうやだよ昨日早速巻き込まれたのに!!

とメンチちゃん言いたいけど言えない。だってメンチちゃんはシャルが旅団なんて知らない。言えるわけがない!
話したいのに話せないと言うやるせなさから、私は無言でベッドを叩いた。
結構強めだったのですごく大きな音が響き、メンチちゃんはそれにびくっとしてた。可愛い。
すると突然メンチちゃんの携帯が鳴った。

「あ、ちょうどかかってきた!出てやんなさいよ」

と言ってメンチちゃんは自分の携帯を私に差し出した。
自分の携帯からの着信に出るってすごく微妙な気分だ。ていうか出たくない。
目で嫌だと訴えたが、メンチちゃんには通じなかった。私達はまだ目と目でものが言える友達じゃないらしい。

仕方ない、と諦めて通話ボタンを押す。あいつ特技:質問攻めだからやだなぁ。

『あ、もしもしメンチ?セリ帰ってきた?』
「もしもし、セリです」
『…………は、セリ!?えっ、帰ってきたの!?』
「うるさっ!」

携帯から耳を離す。
それにも関わらず「聞きたいことがいっぱいあるんだけど!」とハッキリと聞こえた。やはり質問攻めにされそうだ。
携帯を持ち直す。

『ね、とりあえず会えない?今どこ?場所教えてくれたら、迎えにいくけど』
「えー、今から?ちょっとごめん無理」
『は?なんで』
「ちょっとメンチちゃんと真剣な話しなきゃいけないから」
『なら、明日どこか別の場所で待ち合わせればいいだろ?』
「悪いけど、明日はそういう時間取れないや」
『はぁ?なにそれ』

だんだんイライラしてきたようだ。声から不機嫌さが滲み出ている。
まあ、これは私の言い方が悪いのだろう。
でも今から会うなんて嫌だし、これからも出来れば会いたくない。
だってあいつ何しにジャポンに来たのか全然わからないんだもん。やだよ?犯罪に巻き込まれるのは。

「シャルはなんでジャポンにいるの?」
『何でもいいでしょ?旅行みたいなもんだよ。セリこそジャポンに来て何してるの?会う時間が取れないくらい忙しいわけ?』

なにそれ、と納得してなさそうな言い方をする。おい、自分の理由はぼかしたくせに人には聞くのかよ。
携帯片手にジャポンに来て私は何をしているかと今日一日を振り返る。私もあまり詳しくは言いたくないので、適度にぼかそう。

えーっと、大きなお屋敷のお嬢様に気に入られたら、そのお嬢様のことが大好きな女嫌いの忍者が姑のようにイビってきて、雑巾の正しい使い方を教えてくれると思ったら顔面に投げつけられた。
そして明日からはヒユちゃんのために姑とわらび餅を作るから寝坊しちゃいけないらしい。それをまとめてみると……。

「明日から、花嫁修行……?」
『ハァ!?』
「あ、そういえば才蔵さんに明日のことちゃんと話すの忘れてた……ごめんちょっと電話掛けるから切るね」
『え!?ちょ、誰!?誰それ!?』

ブチッ!と一方的に通話を切った。
そういえば、才蔵さんはわらび餅作るから寝坊するなって張り切ってたけど今日はホテルに泊まるんだし、ヒユちゃんを通して朝早くは無理だって伝えないと一人で可哀想なことになってしまう。

[pumps]