少年よ、大志を抱け
メンチちゃんの携帯を勝手に操作して私の携帯からの着信・受信拒否にした。こうしないとメンチちゃんが鬱になる可能性が高いからだ。
私がシャルに会って携帯返してもらうのが一番平和的な解決法だがごめんね、ヤダ。
それから知らない番号から電話が掛かってきても無視して着信拒否でお願い、と伝えて携帯を返せばメンチちゃんは呆気にとられたような顔をした後、肩を竦めて言った。

「良かったの?少しくらい会ってやればいいのに。喧嘩でもしてるわけ?」
「いや、違うけど色々めんどくさいから。あ、悪いけどメアドも変えといて。それかメールが着たら『セリは行方不明です』って返してくれてもいいけど」
「そこまでするの?あんたら友達じゃなかったっけ?」
「今頃なんだけど、実は私とシャルって性格合わないのかもしれない」
「オイ」

幼少の頃の出会いと言うのは強いもので、多少気が合わなくてもその場のノリと勢いで仲良くなれるのだ。私達もそれだったのかもしれない。まぁ、その話は一旦置いておこう。

「で、メンチちゃん。話があるんだけど」

ヒユちゃんのことを説明して、なんならメンチちゃんも一緒に家に来ない?と伝える。誘拐犯のくだりは突っ込まれるのが嫌なので引ったくりに変えておいた。
多分ヒユちゃんはメンチちゃんが来ても断らないだろうし、と思っていたらメンチちゃんはこれからは寿司屋に下宿すると言う。
弟子入り当日からその話はあって、メンチちゃんは私が一人になるのを気にして断っていたそうだ。いや、今も夜以外は常に一人だけどね。

「あたしは下宿であんたはそのヒユちゃんって子の家に行けばいいんじゃない?」

その方があたしはすぐに店に入って寿司を握れるし、と嬉しそうな顔で続けるメンチちゃんが寿司作りに対して本気すぎてちょっと怖い。
結局私達はこの先は別行動ということになり、話は纏まった。

何かあった時のためメンチちゃんには御堂家の電話番号を渡しておき、私もメンチちゃんの携帯番号をメモしておく。緊急の時は寿司屋に押し掛けることで話は纏まった。

最初は単なる旅行の予定だったのにどうなるのか。いつ帰れるのか。
私達の戦い(滞在)はまだまだ続く!
※セリ先生の次回作にご期待ください。

***
次の日ホテルをチェックアウトしてメンチちゃんと別れた私は、連絡をしていたヒユちゃんに迎えに来てもらい、あの格好いい車で御堂家へ。
車の中でのヒユちゃんはすごく笑顔で嬉しそうに色々と話し掛けてきて、可愛くて久々に和んだ。やっぱり私はこの子が好きだ。

そして御堂家の玄関先で、出迎えてくれた姑に一礼。

「お世話になります」
「フンッ、くれぐれも失礼のないように!」
「オッス!才蔵さんよろしくッス!」
「ギャアアア!!!」

仁王立ちで「ここから先に進みたかったら俺を倒してみな」というオーラを出していた才蔵さんの肩をポンと叩いたら、叫びながら昨日のように仰向けに倒れた。ひょっとしたら私は無敵なのかもしれない。
ジャポンらしく靴を脱いで揃え、才蔵さんの屍を越えて私はヒユちゃんの案内で家の中へと進んだ。
私はいいとして、ヒユちゃんのどうでもよさげな対応が泣ける。

廊下を少し進んだところの一室で立ち止まる。

「こちら、セリさんのお部屋です。あっ」

言って襖を開けようとしたところで、ちょうど先の廊下から人がやってきた。
あの謎の女中さんである。

「ああ、おはようございます」
「おはようございます」

丁寧に頭を下げられたので私も下げる。
それを見たヒユちゃんは、私と女中さんの間に立った。そして女中さんの方に軽く視線をやり、私に向かって言った。

「紹介が遅れました。母です」
「は!?」

思わず大きな声が出た。お母様だと!?
予想外の展開に動揺しつつも同時に今までの事を思い出して納得した。
才蔵さんがやけに丁寧な態度だったのもヒユちゃんと同じ念がかけられているのも全てはこの人が御堂家の奥様だからだ。
合点がいき慌てて口を開く。

「お母様と知らずに昨日は失礼しました!お茶とか才蔵さんとか雑巾とか才蔵さんとか!」
「まぁ、そんな」

気にしないで、と柔らかい口調で言われてホッとした。気難しい人じゃなくて良かった。
いざとなったら全部才蔵さんのせいにしようと思っていたが、考えを改める。
これからお世話になりますと告げれば「困ったことがあれば何でもどうぞ」と微笑みながら返される。その顔に見覚えがあったが、よくわからなかった。

それにしてもこのお屋敷の奥様にしては随分地味な人だな、と思う。
娘のヒユちゃんが華やかな感じだから余計にそう感じるんだろう。だって女中と間違えたくらいだ。
お茶汲みなんてやってるし、家人はたくさんいるのに奥様自ら動くなんて変わっている。
どこかのククルーマウンテンの奥様とは正反対だ。みんな違ってみんないいってやつなのか。

「では、私はこれで失礼致します」

暫く話してから、一礼して彼女はこの場を離れた。お父さんの姿は見えないが、自分からは聞かなかった。
ヒユちゃんは「別にセリさんから挨拶なんてしなくても私が伝えますから」なスタンスだし、もしも何か言いにくい事情があったら困る。滞在一日目から微妙な空気を作りたくない。


部屋に荷物を置いた後、風呂と洗面所の確認に向かった。
実はお風呂は二つあるらしく、一昨日私が使用したところはお手伝いさん用だったらしい。道理で銭湯みたいな造りだと思った。
これから使うことになったのが、ヒユちゃん達が使っているらしい風呂場だ。

「五右衛門風呂…」
「よくご存知ですね」
「え!?ああ、うん!勉強してきたから」

ジャポン大好きだからね!と誤魔化せば、ヒユちゃんは素直に感心したような顔をしていた。うっ、胸が痛い。
いや、しかし今時五右衛門風呂ってすごいな。本物は初めて見たわ。
珍しげに風呂桶を眺めているとヒユちゃんが口許を手で隠して上品に笑いながら言った。

「セリさんがいつでも一番に浸かれるように用意しておきますね」
「え、いいよいいよ。そんなの」

セリさんが最初に、いやいや気を遣わず、いえいえそんな、というやり取りを風呂場の前でする私達は何なのだろう。

私のために一々そんなことしてもらわなくても……と思ってもヒユちゃんはとにかく退こうとしない。
えー、これ家族で使う風呂でしょうが。私なんかより母ちゃんを一番風呂にしてあげなよ。

どうしようか、どうやって納得させようか。なにか平和に丸く収まる方法は……と久々に頭をフル回転させる。

「あ、じゃあもう私達一緒にお風呂入る?」
「え!!?」
「え、え!?」

パッ、と思い付いた事を口にすれば、ヒユちゃんはこの屋敷中に響き渡ったんじゃないかと思うくらい大きな声を上げた。
え、この提案ってそんなに驚くことか?と言った私自身も驚いたが、ヒユちゃんは一人っ子のお嬢様なんだし、そんな修学旅行的展開は経験がないのかもしれない。
そうじゃなくてもこういうのって嫌な人は本当に嫌がるし。
そこまで考えて「ごめん嫌だよね…」と素直に反省すれば、物凄い勢いでヒユちゃんは首を横に振った。

「い、いえ!!ご、ごめんなさい。嫌とかではなくて、その、無理なんです!」
「うん、それもっと傷つく」
「違います!そういう意味ではなく、ご、ごめんなさいぃ!!」
「ええええ!?ちょ、ヒユちゃーん!?」

謝罪の言葉を口にしながら彼女は逃亡した。意外と足早いなオイ。
常に雑巾がけされており、ピカピカでつるつる滑る長い廊下を駆け抜けるヒユちゃんは、スピードを出しすぎたせいか曲がり角でうまく曲がれず、スライディングみたいなことをしていた。
「ヒユ様ぁああ!?」という家人の驚いた声が聞こえる。

え、何あれ。どういうことなの?何か凄まじい事情があるんですか?ごめんなさい気が利かなくてごめんなさい。
混乱しているとヒユちゃんの声を聞いたらしいハンゾー先生が湯呑み片手にやってきた。緊張感の欠片もない忍者だ。

一日振り、と挨拶もそこそこに「ヒユ様となんかあったのか?」とお茶を飲みながらのんびりと聞かれたので「一緒に風呂入ろうって言っただけだよ」と伝えたら、すごい勢いでお茶を噴き出した。
ハンゾー先生までそんな反応って一体どんな事情があるんだ。

[pumps]