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試験終了までの残り50時間余りは完全な自由時間となった。食料などは決まった時間に差し入れてもらえるが、外に出ることは許されず、受験生達は暇を持て余していた。モニターでアイチューべの動画くらいは見させてほしいものだ。
私は残った時間をハンゾーさんやポンズさんとの自己紹介にあてたり、80番の女性(スパーさんというらしい)と少しだけお喋りしたり、室内でできるトレーニングをしたり、剥げかけたマニキュアを塗り直したり、191番の受験生の落とし物を拾って届けたら感謝されたり、118番が連れてる猿のふてぶてしいけど知性を感じる動きを観察したりと適当に過ごした。縄跳びを始めた時には一次試験でも絡んできた三兄弟受験生の末っ子が「あいつ縄跳びしてるぜ〜!?」と煩くて困ったが、色んな人と思ったより和やかにお話ができて少し楽しかった。
そんな私にイルミは時々不服そうな眼差しを向けてきた。きっと社交的な私が羨ましいのだろう。イルミは家庭の事情と本人の資質のせいで私しか友達がいないからね。

時間が過ぎるにつれ、部屋の人数は増えていったが、ゴン達は中々姿を見せなかった。彼らは最後に出会ったあの小部屋から50時間は動けないので他の受験生より到着が遅れるのは当然だ。多数決で手間取ることも考えると結構ギリギリになるかもしれない。
私は残り時間が5時間を切った辺りで部屋の中央に移動した。ゴン達がどこの扉から出てくるかわからなかったからだ。出てきた時にすぐ気が付けるよう全ての扉へ注意を向けた。残り3時間辺りからは何時来てもおかしくなかったので一人そわそわしながら待つ。途中、落ち着かない様子でモニターの周りを彷徨く私に気付いたハンゾーさんが傍に寄ってきて「お前……もしかして腹痛いのか……?」と心配そうに聞いてきたが追い払った。

しかしその後もゴン達は姿を見せず、残り時間が3分を切った頃、まさかの『全員脱落』という可能性が頭を過り動揺した。まるで自分が試験に落ちたかのように心臓の鼓動は早くなり、背中に冷や汗をかく。
もし次の試験課題がグループワークだったらどうしよう、と残った受験生達の中で私と組んでくれそうな人を急いで探す。イルミは組んでくれるとして、ハンゾーさんとポンズさん辺りもお願いしたら協力してくれるだろうか。

『残り1分です』

壁に設置されたスピーカーから無情なアナウンスが響く。私が完全に諦めて四次試験の課題内容に思いを馳せた頃、ゴン達はようやく姿を見せた。
その瞬間、私は命の危機を脱したかのような安心感を得た。ほっとして力が抜けてしまい、すぐに彼らの側へ行くことが出来なかった。モニターの前で座り込む。私は初めてクラス替えの度に学校の皆が過剰に騒いでいたあの気持ちがわかった。


「あ、シグネ!」

三次試験終了のアナウンスを聞いても座ったまま動けないでいるとギリギリ滑り込み合格を果たしたゴンが駆け寄ってきた。少し遅れてキルア達もこちらへやってくる。約二日振りの再会となった彼らは最後に会った時より随分とボロボロになっていた。それでもゴンはいつも通り明るく、私に向かって「シグネも受かってて良かった!」と嬉しそうに言った。

「みんな遅かったね」
「大変だったんだぜー」

後ろから来たキルアが言う。そのまま最後の別れ道でのゴンの非凡な発想について楽しそうな顔で教えてくれた。

「で、なんでお前はずっと座ってんの?」
「足に力が入らないから」
「え、大変!」

ゴンはそう言って私の両手を掴むとそのまま引っ張り上げて立たせてくれた。意外と力が強くて吃驚する。

「ありがとう、ゴンは優しいんだね」

ゴンの手を握ったまま微笑む。足にはもう力が戻っていたが、手を離したくなかった。ゴンは「え〜?」と照れくさそうに笑う。
そんな私達を見てキルアは何を思ったのかどことなく不安そうな表情を作った。後ろにいたレオリオが「思春期、だな」と隣のクラピカを肘で小突く。クラピカは思いっきり無視して「もう外へ出られるみたいだな」と出口を指差して私達に知らせた。


「諸君、タワー脱出おめでとう。残る試験は四次試験と最終試験のみ」

外へ出た私達を待っていたのはファンキーな髪型とメガネが特徴的な小柄な男性だった。話の内容的にどうやら彼が三次試験の試験官のようだ。その声は何度かマイクから聞いた試験官の声と似ている。
四次試験はここから程近い“ゼビル島”という孤島で行われるそうだ。では早速だが、と試験官が指を鳴らすとクジ引きの箱が彼の前に用意される。

「このクジで決定するのは“狩る者”と“狩られる者”。この中には25枚のナンバーカード、即ち今残っている諸君らの受験番号が入っている。それを今から一枚ずつ引いてもらう」

その説明で私は何をやらされるのか凡そ見当がついた。
クジはタワーを脱出した順番に引くことになり、ヒソカさんが呼ばれる。彼が一番だったらしい。それなりに早くクリアした私もそう待たずにすぐ呼ばれ、背中に向けられる皆からの視線に緊張しつつ、クジを一枚引いた。その場で『281』という数字が書いてあるのを確認してから、他の人に見えないように手で隠して元の位置に戻る。
全員がクジを引き終わると試験官は予想通り「今引いたカードに示された番号の受験生がそれぞれのターゲットだ」と言った。受験生達の間に緊張が走る。四次試験の詳しい説明が始まると何人かの受験生がさり気なく自分のプレートを外した。私もすぐにナンバープレートを取る。意図せず目立ってしまっているので私の番号はもう知られているかもしれないが、胸元に付けたままにするよりは靴の中にでも隠しておいた方が奪われにくいはずだ。
ターゲットと自分自身のナンバープレートは3点、それ以外は1点、試験終了までに6点分を集めたら合格、というのが四次試験の内容だった。試験官は一通りの説明を終えると最後に「諸君らの健闘を祈る」と三次試験で聞いた台詞を口にした。



四次試験が行われるゼビル島へは船で二時間かかるらしい。
船が出航するなり案内役のお姉さんが色々説明してくれたが、船内の空気はかなり重く、皆誰とも目を合わさないし、話もしなかった。お姉さんが「船の旅を楽しんでくださいね!」と言っていたので私はこの時間を楽しもうと思ったのだが、皆は違うらしい。いつもは仲良く話しているゴンとキルアさえ早速別行動を取っていた。
確かに誰が自分を狙っているかわからない以上、迂闊に話し掛けられないだろう。本当は皆と船旅の思い出を作りたかったのだが、仕方がなく一人で甲板を彷徨く。
海を間近で見たかったので壁際に置いてある樽を踏み台にする。しかし思いのほか壁は高く、それだけでは届かなかったため壁の木目に足をかけてよじ登った。

「身を乗り出すと危ないぞ」

ようやく水平線を目にしたところで下から声がした。振り向くと下にクラピカがいて「落ちたらどうする」と私を見上げたまま小さく眉を寄せた。適当に流しても良かったが、心配してくれているようなので「はーい」と素直に従い、壁を降りる。

「船っていいね。もっともっと長く乗りたいな」

踏み台にしていた樽に腰掛けながら独り言のようにそう言うと、クラピカは試験前とは思えない私の暢気な発言に呆気に取られた後「シグネはいつも楽しそうだな」とちょっと笑った。

「というより肝が据わっているというべきか。二次試験の時も勝手に食事をしていたし、三次試験でも一人で壁倒立をしていたし……」
「別に気を遣わないで“空気読めない”って言ってくれて大丈夫だよ」
「そんなことはない。君の胆力は私も見習うべきところだと思っている」

というクラピカこそ、いつもと変わらず落ち着いているように見えた。こうして話してくれるということは、彼のターゲットは私ではないのだろうか。確認したかったが、クラピカは四次試験の話をする気はないようで「外には色んな人間がいるな」と呟いた。『外』というのが何を指しているのかは分からなかったが、そこまで引っ掛かる単語でもないので聞かなかった。

「そういえばシグネの家はキルアの家と付き合いがあると言っていたが、君も暗殺を?」
「ううん。私は暗殺者じゃなくて別の……あ、でも今はまだ訓練中だから、まあ、……ただの学生かな……?」

迷いながら自信なさ気に答える私に「自分のことでは……?」とクラピカは困ったように言った。確かにその通りだが、私を鍛えていた育ての父が亡くなった今、私は自分の立ち位置がよくわからなくなっていた。

「なら、学校を休んでハンター試験を受けているのか?」
「ううん、事情があって今は学校には行ってない。……でも、また行きたいと思ってるよ」

クラピカの質問で学校生活を思い出す。流石に元々通っていた学校には戻れないが、編入試験でも受けて、また学校に行きたい。そして今度こそちゃんと友達を作りたい。
能力に頼りすぎるのは良くないことだと身に沁みた。それに他人から優しいと思ってもらうのは結構簡単で、私にも出来ることだとわかった。この試験での経験を活かせば次はもう少し皆と上手くやれるはずだ。
私の事情とやらにクラピカは少し反応を見せたが、聞き出すような無粋な真似はしなかった。

「だからハンター試験が終わったら編入試験を受けようかなって思ってるの」
「そうか、それは良いことだな」

クラピカは頷きながら言った。勉強が好きそう、というか知識欲があるタイプに見えるから共感したんだろう。

「でも途中からだともう仲良しグループとか出来てるだろうから、不安……」
「シグネは人当たりが良いからすぐに馴染めるだろう。目に浮かぶよ」

私を励ますようにクラピカは小さく笑って言った。すぐに返答ができず、思わず目を伏せる。

「私……、私ね。昔から周りと上手くやれなくて、友達も一人しかいないの」

床を見つめながら話す。他人にこの話をしたのは初めてだった。

「本当は何でも話せるような仲良しの友達が欲しいんだけど、どうしたらいいかわかんない」

ハンター試験中に何を言ってるんだ、と自分でも思ったが口は止まらずペラペラとお悩み相談をしてしまった。クラピカはきっと反応に困っているだろう。確認するのが怖くてひたすら床を見つめる。

「私も何でも話せる友達は一人しかいなかったから気持ちはわかる」

反射的に顔を上げると、クラピカは予想に反して優しい眼差しでまっすぐこちらを見ていた。

「気心の知れた友人とは、すぐに作れるものじゃないし、作ろうと思ってできるものでもない」
「………………つまり?」
「つまり焦らなくて良い。人間なんて沢山いるんだ。仮に学校で友人ができなくても、唯一の友人のようにシグネを分かってくれる相手が必ずどこかにいる。君ならすぐにその誰かに会えるだろう」

クラピカはただの気休めでそんなことを言ったわけではなく、どこか確信を持っているようだった。
唯一の友達ことイルミは別に私を分かってくれるわけではない。しかし私の心は確かにクラピカの言葉に勇気付けられた。

***

船内の探索をするためクラピカと別れ、一人で色々見て回ってみる。あちらこちらに受験生がいたが、皆私が来ると一瞬だけ視線を向けた後は我関せずといった様子で見向きもしなかった。何なら早くどっか行けと思ってそうだ。
どこも居心地が悪いので仕方なく人がいないところを適当に歩いていると見覚えのある針が飛んできた。明らかに殺す気で放たれたそれを軽く避ける。

「何?」
「何じゃないよ」

物陰から、ぬっ、と美容鍼のモヒカン頭が現れた。私はいることが分かっていたから大丈夫だったけど、何も知らない人が見たら物凄く怖い登場の仕方だなと思った。

「キルにオレのこと言ってないよね」
「言ってないよ。名乗らないってことは何か事情があるんでしょ?」
「ま、そういうこと。今後もその調子でよろしくね」

イルミは軽いノリでそう言った。見た目とのギャップに若干頭が痛くなったが黙って頷く。用はそれだけらしく、イルミはその場を立ち去ろうと私に背を向けた。と思ったら、足を止めてこちらを見た。

「そういえば、念を使うのはやめたの?あのカス能力」

こいつ………!いきなり喧嘩を売られて手が出そうになったが、試験中ならともかく試験前に暴力沙汰はまずいだろう。揉め事を起こす受験生は試験官に嫌われる、というミザイストムの言葉を思い出して耐える私を不思議そうに見てくるイルミに「私は考えを改めたの」と伝えた。
念の詳細(最後に反動がくること)については伏せたかったので「幸せは無理やり引き寄せるものじゃないからね」とそれっぽいことを言ったら真顔で「浅っ」と言われた。私もめちゃくちゃ浅いことを言っている自覚があったので気にしなかった。

「それに能力に頼って良い思いするのは、ずるいもんね」

かつて学校で楽をし続けた自分の姿を思い浮かべて言う。他の子達は念能力なんて使わず、運が良くても悪くても受け入れて頑張っていた。私も次はもうちょっとだけ自分の力で頑張ってみよう。
一人で勝手に納得している私を見て、イルミはきょとんとした後「オレはそう思わないけど」と口を開いた。

「現状を良くしようと工作することがそんなに悪い?
自分が得するために立ち回って何がいけないわけ?持ってるものを最大限に使うのは当たり前のことだろ。それをずるいと思う方がどうかしてるよ」

明日の天気の話でもしているのかというくらい淡々とした言い方だったが、私は驚いてすぐに言葉が出なかった。イルミは思ったことを口にしただけで、決して私の心に寄り添ってくれたわけではない。
それでもイルミは、私が自分で思っていたより私を分かってくれる相手だった。

「じゃ、オレ行くから。もう一度言うけどキルには教えないでね。もし教えたら殺してやる」

きっちり殺害予告をしていく姿に、やっぱり学校に彼のような子はいないなと思った。

「よくないよ、そういう言葉使うの」
「……なに言ってるの?お前頭おかしくなった?」

イルミは私の言葉を聞き流さず、反応を見せた。聞き流せなかったように見えた。

「私は昔からこうだったよ。イルミ君の前では見せてなかっただけ。私は皆と仲良くやれるならやりたいタイプだから、相手が不快に思う言葉は使わないの」

肩を竦めて言うとイルミは分かりやすく不機嫌になった。

「シグネはそんなこと言わない」

また出た。厄介なオタクみたいなやつ。

「シグネは周りのどうでもいい奴らと仲良くしたりしない」
「するよ」
「……シグネは周りのどうでもいい奴らを思いやったりしない」
「するよ」

どうしても受け入れ難いらしく、私が答える度にイルミは眉間のシワを濃くした。
その姿に、ふ、と緩く口角を上げる。イルミは私の態度が気に入らないようで「何がおかしい?」と不快そうに言った。

「イルミ君、私のこと好きなんだね」
「は?世界で一番嫌いだけど」

大人になったはずのイルミは随分と子供じみた言い方で即答した。以前と違って否定されたというのに全く傷つかなかった。
だって、それ大好きってことでしょ。男子は素直に好意を伝えられない生き物だって漫画で読んだことある。

Pumps