18
アナウンスに従ってスタート地点まで戻ってきた受験生は私達を含めてたったの10人だった。
随分減ったな、と残った面々を見る。とはいえ、その殆どは知っている人だった。落とし物を届けたことを“関わった”と言って良いなら、私が一度も話したことがない人は帽子を被った小柄な受験生だけだ。男性だが、背格好が少しポンズさんに似ている。
残った受験生の中にポンズさんはいなかった。スパーさんもいない。ヒソカさんが80番のプレートを所持していたのでスパーさんに関しては覚悟していたが、姿のない二人を思うと寂しさを感じる。ついに同性の受験生がいなくなってしまった。
「シグネ、お前毎日何食べてた?」
「木の実」
「リスかよ。足りねーだろ」
大した怪我なく帰還したキルアは私の答えにケラケラ笑った。なんだか随分と久しぶりに話すような気がした。
早々にプレートを手に入れたキルアは、残り日数で快適な島生活を送るべく魚をとったり毒キノコを食べてみたり色々試したらしいが、成長期の彼には全く足りなかったようで腹を鳴らしながら「チョコロボ君食いてー」と謎の単語を発した。私にとってのバンジーガムみたいなものだろうか。
空腹で困っているようなので少しだけ残っていたグミを袋ごとあげた。キルアはあっという間に食べ終えると「サンキュー」と言って空の袋を渡してきた。すごくゾルディック家っぽい行動だと思った。イルミとの確かな血の繋がりを感じる。
ちら、と離れた場所で待機しているイルミに視線をやる。イルミはこちらに背を向けていたが、聞き耳を立てているように感じた。気になっているはずなのに正体がバレることを危惧してかキルアとの接触を避けているようだ。喧嘩中なのだろうか。
帰還猶予時間として定められた一時間が経過すると船と一緒にハンター協会のマークが入った飛行船が迎えに来た。合格者は飛行船で次の目的地へ向かい、船には島に取り残された不合格者達を乗せるらしい。
集めたプレートが6点分あるかどうか、試験官に確認してもらった受験生から順に飛行船へと乗り込んでいく。乗降口付近ではビーンズさんが私達へ向かって「おかえりなさい」と笑顔で手を振っていた。彼の可愛らしい容姿も相俟ってまるでどこかのテーマパークへ迷い込んだように感じる。
全員が乗り込むと飛行船はゆっくりと離陸した。
「皆さん、四次試験お疲れさまでした。現在この飛行船は最終試験会場へと向かっています。具体的な到着時刻は言えませんが、到着次第連絡をさせていただきますので、それまでは各自自由にお過ごしください」
ビーンズさんは残った受験生全員に聞こえるように言った。いよいよ次が最終試験らしい。ライセンス取得が現実的になり、高揚した気持ちで割り当てられた部屋へと向かう。人数がかなり絞られたからか、今回はちゃんと宿泊用の個室が貰えた。数時間程度の移動なら一々部屋など用意しないので、結構な長旅になるのかもしれない。少なくとも一晩は飛行船で過ごすのだろう。
部屋に入ってすぐベッドに横になる。久々の感触だった。眠るわけでも目を閉じるわけでもなく、部屋の一点を見つめたまま動かずにじっとしていたが「今のうちにキッズ用携帯の充電をしなくては」と思い出し、むくりと起き上がった。島では使えなかったので途中から電源を切っていた。電源ボタンに触れると真っ暗な画面が明るくなってすぐ、とんでもない量のメールが届いた。
「えっ、何、えっ!?」
通知が止まらなくなり、驚いて携帯を手放す。島に滞在していた間に受信するはずだった一週間分のメールが届いたようだが、それにしても届き過ぎじゃないか。この携帯にメールを送ってくる相手などミザイストムくらいしかいないが、一人の人間が送ってくるとは思えない量だ。
スパムメールかな……?と通知が鳴り止んでから恐る恐る確認すると差出人は全てミザイストムだった。私がミザイストムだと思っていたのはスパムだった……?
困惑しながら一件ずつ見ていくと一番最初のメールの送信日時は四次試験三日目の夜で『ずっと同じ場所に滞在しているな、試験は順調か?』という内容だった。その次は四日目の夜で『電源を切っているのか?位置がわからない』というもの。確か、この日の朝を最後に携帯の電源を切ったのだと思い出す。五日目には『心配だから連絡をくれ』と書いてあった。
その辺りからミザイストムはおかしくなり、六日目には電源が入っていないとわかっているはずなのに一時間毎に『どうした?』と『無事か?』というメールが交互に送られてきていた。
結構心配性なんだな、とミザイストムの意外な一面を知る。昔はもっとドライというか、ここまで構ってこなかった気がするが、年の差が広がったことで私に対して父性でも芽生えたのだろうか。一番最後のメールには『会長に確認する』と書いてあった。やめろやめろ。迷惑でしょうが。
とにかく私の無事を確かめたくて仕方がないようなので電話をかけた。しかしミザイストムの声が聞こえることはなく留守番電話サービスへと繋がった。出ないのかよ。
試験会場に乗り込んできたらどうしよう、と突如試験に乱入する牛柄おじさんの姿を想像して不安になりつつ留守番電話に「私、シグネ!元気!」と短いメッセージを吹き込んでおく。
これで一先ずやるべきことは済んだ、と携帯に充電器を繋げて放置し、備え付けの小さな冷蔵庫に入っていた缶ジュースを開けた。ジュースの味を確かめながら大して広くもない室内を彷徨く。壁際へ移動し、そっと耳を澄ませる。隣の部屋からは何の物音もしなかった。
各自の部屋は受験番号順に割り振られたため、私の隣はヒソカさんだ。部屋にいないのかな、と壁に耳を寄せたままジュースをちょびちょび飲む。円を使えば一発だが、もし彼が部屋に居た場合は私が所在を探ろうとしていたこともバレる。それは恥ずかしいのでやめた。
ソファーに腰掛けた後、私はいつの間にか眠ってしまったらしい。機内放送の音で目が覚めた。
『これより会長が面談を行います。番号を呼ばれた方は2階の第1応接室までおこし下さい』
というビーンズさんの声が室内に響く。ネテロ会長による面談、という全く予想していなかったイベント情報は私の脳をばっちり覚醒させた。
この面談も番号順に行われるようで、早速ヒソカさんの番号が呼ばれる。ということは、その次は私だ。
これが最終試験なわけないよね、と思いつつ部屋を出る準備をする。一人あたりにかかる面談時間はまだわからないが、次に呼ばれる者は早めに行って外で待機しておくべきだろう。
充電器から取り外したキッズ用携帯を首にさげる。一応確認してみたが、ミザイストムからはメールも電話も何もきていなかった。
飛行船内は広かったが、二次試験後に乗った飛行船と全く同じ機体だったのでマップを見なくても迷わず進むことが出来た。ヒソカさんの面談が行われているであろう第1応接室の前の通路で待つ。
ニ番目だから早く来た、という理由ももちろんあるがもしかしたら先に面談を受けたヒソカさんが何を聞かれたか教えてくれるかも、という淡い期待があった。
窓の外を眺めながら待っていると不意に応接室の扉が開いた。窓ガラス越しにヒソカさんと目が合う。
「やあ、ボクを待っててくれたの?」
「いえ、次は私の番だから早めに来ただけです」
きっぱり否定するとヒソカさんは「それは残念」と全く残念だとは思ってなさそうな声色で言った。そんな彼に近づき、応接室のネテロ会長には聞こえないような小さな声で「あの〜」と期待していたものを聞いてみる。
「どうでした?何を聞かれました?」
「う〜ん、秘密」
クスッと笑って私の肩を叩くヒソカさんを見上げながら、この人、あまり使えないなぁ……と思った。私を愛しているなら面談の内容くらい教えてほしい。
さっさと帰っていくヒソカさんを見送っていると丁度私の番号が機内放送が呼び出されたので、すぐに「失礼します!」と勢いよく扉を開いて中へ入る。ネテロ会長は呼び出しの途中で現れた私を見て「早っ」と言った。
「寿命縮んだわい。元気なのは良いが、あまり年寄りをビビらせるもんじゃないぞ」
「すみません」
年寄りを自称するネテロ会長は、確かにどこからどう見ても早朝に公園を散歩していそうなご老人だったが、義父が子供の頃から会長は今と変わらぬ姿だったという話を私は知っているので「適当なことを言ってるな〜」と聞き流した。
世界最強の念使いとまで言われたネテロ会長は、こうして見ると隙だらけで、のほほんとしている。武の達人ほど相手に警戒心を抱かせないと言うし、この穏やかで気が抜ける感じは会長の人柄というより強さ故に発生したものなんだろう。
座りなされ、と声を掛けられたので一礼してから机を挟んで対面する形でクッションに腰掛けた。会長の前だからか、これが“面談”だからか、それとも明らかに私の国とは文化が異なる珍しい内装のせいか、お行儀良くしなくては……と自然と背筋が伸びる。私が緊張していることに気がついたネテロ会長は「うん、楽にせえ」と親しみを感じる顔で言った。
「最終試験の参考に、いくつか質問させてもらう。まず、何故ハンターになりたいのかな?」
「はい、資格がある方が社会的信用度が違うので他人に話を聞いてもらうためにもあった方が良いかな、と思いました。でもどちらかと言えばハンターになることより友達作りがメインです」
「ふむふむ、ハンター試験エンジョイ勢じゃな」
ネテロ会長はメモ帳を取り出すとペンでサラサラと何かを書き記した。動機が不純なので嘘をつくか迷ったが、ネテロ会長は元々育ての父が私をハンターにする気がなかったことを知っているはずなので今更取り繕っても意味がないと思って正直に話した。この志望動機がマイナスに作用するなら仕方がない。ハンターには縁がなかったというだけだ。
ネテロ会長はメモから顔を上げると「では、次に」と穏やかな口調で続けた。
「お主以外の9人の中で一番注目しているのは?」
「一番………」
自分以外の受験生を思い浮かべる。気になる人は沢山いるので“一番”と言われてしまうとちょっと困る。
ネテロ会長は迷う私を急かすことなく静かに待ってくれていた。
「301番です」
イルミが試験終了までにどうやってキルアと仲直りするつもりなのかは気になる。数分迷ってからようやく出た私の答えに、ネテロ会長は「ほほォー」と少しだけ意外そうな顔を見せたが、それ以上は何も言わずにメモを取った。積極的に理由を聞いてこなくて助かった。
「ふむ。では9人の中で今一番戦いたくないのは?」
「特にいません」
ここは即答する。少し前ならヒソカさんと答えただろうが、今の私にとって彼は『ちょっと怖い人』ではなくなっていた。そうなると“一番”戦いたくない相手はもういない。必要があるなら誰が相手でも私は戦える。
ネテロ会長はなるほど、と頷きながらメモを書いた後、面談の質問はこれで終わりであると告げた。想像していたよりずっとあっさりとした面談内容に、ほっと力が抜ける。
「さて、ここからは別件になるが、お主の今後についてじゃ」
会長はペンを置くと先程と全く変わらない様子で言った。私はもう一度背筋を伸ばした。
「前の学校は結局卒業できていないじゃろ?進学の意志はあるか?」
「はい、もちろんです」
はっきりと肯定した私に、会長は「うむ、よろしい」と朗らかな笑顔を見せた。
「奴の意思を継ぐも良し、全く別の道に進むも良し。どちらにしろ学歴はあって困らんからのう。金はたんまり残っているし、進学費用は気にせずに自分に合ったところを選びなさい」
応接室内に「ほっほっほ!」と会長の笑い声が響く。
全く別の道、という言葉がやけに私の頭に残った。
シグネになったその日から、私は育ての父の手足となるべく訓練を受けてきた。義父は私を後継に選んだが、自分と同じハンターではなく自由に動ける兵士にしたかったみたいだ。彼には子供じみた壮大な夢があったけど、それを叶えるには色々面倒くさい立場になってしまったので私を代わりに使うことにしたらしい。
私は一般教養を身に付け、ボランティアに勤しみながら着々と戦闘技術を磨いていった。始めは動かない的を狙うだけだったが、そのうち『実地訓練』と称して生きた人間を相手にするようになった。義父の目論見通り少女を前にすると大抵の大人は油断した。しかしこの時の手際があまりにも悪かったので私は夏の間だけゾルディック家送りの措置となった。
義父はハンター協会の副会長にまでなった偉い人で、いつも人に囲まれていたけど、多分誰にも心を許していなかった。誰も愛さず、誰も信じない。とても厳しくて嫌な人だったけど、ちょっとだけ可哀想なおじいさんだった。
ネテロ会長とは大違いだ、と思いながら私の後見人である目の前のご老人にお礼を言う。育ての父がいなくなった今、確かに会長の言う通り私は自分が望めば好きな道へと進めるのだろう。しかし他にやりたいことがあるかといえば、すぐには思い浮かばなかった。
「それと普段の生活のことなんじゃが、ミザイストムと一緒に暮らすのはどうじゃ?確か、一時期同じ家で暮らしておったろ?」
「……えっ?あ、はい」
思いもよらない提案に、少しばかり反応が遅れる。ネテロ会長の言う通り、義父がミザイストムを家に置いていた時期があった。その頃は私もよくミザイストムに学校の宿題を見てもらったり、クラスの話を聞いてもらっていたものだ。
確かに、全寮制の学校に入学するならともかく子供の私が一人で生活をしていたら近所の人に通報されてしまう。会長は多忙なので後見人とはいえ私に付きっきりになるわけにはいかないだろう。
しかしその会長から直々に指名されるなんて、いつの間にかミザイストムは随分と信頼されるハンターになったんだな、と月日の流れを感じた。
「その、ミザイストムさえ良ければ私は問題ありません」
「良いも何も、こりゃミザイの提案じゃよ」
ネテロ会長が立派な髭を撫でながら言った。思わず「え……」と声が漏れる。ミザイストムは会長に私の安否を確認したらしく、その時にこの話もしてきたそうだ。「あとで本人からも話があると思うが……」とネテロ会長は目を細めた。
「知らない間に親を亡くして、今はまだ実感が無いかもしれんが、きっと心細いだろうとな。お主が成人するまではできる限り傍で助けてやりたいと言っておったわ」
「ほ、本当に?」
「本当じゃよ」
鏡を見なくても自分の顔がこれ以上なく明るくなっているとわかった。自分でも意外だったが、ミザイストムの言葉は涙が出るくらい嬉しかった。
面談を終えて応接室を出ると通路には帽子を被った受験生が立っていた。彼は私を見るなり「あ」と声を出すと小走りで近寄ってきた。
「なあ、どうだった?何聞かれた?」
応接室のネテロ会長に聞こえないような小さな声で話す彼を前に、ミザイストムの話が衝撃的すぎて前半の内容をすっかり忘れてしまった私は何も言えなかった。
しかし忘れたというのは恥ずかしかったし、ライバルである彼にナメられると思ったので「う〜ん、秘密」と誤魔化した。ええー!と不満気な声を上げる帽子の受験生を置いて、私はその場からさっさと退散した。