02

ハンター試験の会場がある都市までは随分と遠く、大陸の移動が必要だった。飛行船のチケットを持って空港へ向かうと何故か見送りに来たはずのミザイストムまで搭乗ゲートをくぐり、私の隣の席についた。やっぱり心配だから入国までは一緒に来てくれるそうだ。
意外と過保護なミザイストムおじさん(元はどうだか知らないが、今の私からすれば彼は“おじさん”である)の隣の席は非常に居心地が悪かった。どうやらミザイストムは常日頃、どんな時でも上下牛柄の迷彩服姿で行動しているらしい。あの日がたまたまコスプレ感謝祭とかじゃなかったらしい。お気に入りの普段着らしい。恐らく通年のラッキーアイテムが牛柄の服なんだろう。
ミザイストムは自分へと集まる周囲の容赦のない視線に少しも怯むことなく、他人のフリをしようと飛行船のパンフレットを熟読する私に向かって「随分静かだが腹でも痛いのか?」とからかってきた。正直腹は痛い。


「始まる前からそれじゃ先が思いやられるな」

快適とは程遠い空の旅を終え、空港のロビーでぐったりしている私を見てミザイストムは呆れたような顔でそう言った。誰のせいだと。
国が変わっても彼は相変わらず注目の的だった。やはりどこの国でも上下牛柄姿の成人男性は目立つようだ。

「ザバン市まではオレが手配したタクシーで向かうとして……そこから試験会場まで一人で行けるか?やっぱりギリギリまでついて行こうか」
「結構です。保護者に試験会場までついてきてもらうなんて子供じゃないんだからやめてよね」
「子供だろ。何言ってんだ」

つんとして断る私に真っ当なツッコミが刺さる。しかし「もう試験は始まってるんだから特別扱いしないで」と伝えるとミザイストムはまさか私の口からそんな言葉が出ると思わなかったのか「ほう……」と少し感心したような顔を見せた。
この人に試験会場まで一緒に来てもらうなんて絶対に嫌だ。絶対他の受験生に「や〜い!お前の保護者牛柄おじさん〜!」って言われていじめられる。グループ作るときにハブられる。

ミザイストムは服のセンス以外は非常にまともな感性の持ち主なので、私の意思を尊重してくれた。彼が手配してくれたタクシーに乗り込み、早速ザバン市へと向かう。
車が発進すると同時に私は後ろを振り返り、リアガラスの向こうにいるミザイストムに手を振った。ミザイストムも控えめに手を振り返してくれた。
運転手がバックミラー越しに小さくなっていくミザイストムの姿を見ながら「あの人お父さん?変わった服装だけど何のお仕事してるの?」と聞いてきたので「弁護士です」と答えたら「へぇ〜!?」とびっくりしていた。世も末だ。



「ザバン市ツバシ町2-5-10………遠いな」

タクシーから降りた後、通行の邪魔にならないよう道の端に寄ってから目的地の書かれた地図を開く。試験会場はここから徒歩で向かうにはそこそこの距離があった。
どうせなら会場の前までタクシーで運んでくれたら良かったのに、なんでここで降ろされたんだろうと若干不満に思うが、まあここまで来たらあと少しなので問題ない。
歩きでは時間がかかるので何か乗り物を使おうと調べている途中、すぐそこに自転車屋を見つけた。何気なく立ち寄ったところ、可愛らしい水色の折りたたみ自転車が目に入った。『コンパクト!超軽量!らくらく移動!』というキャッチコピーに惹かれ、私は気付いたらミザイストムに持たされたカードを使ってその折りたたみ自転車を購入していた。良い買い物をした気がする。

「お嬢ちゃん、今日はこれからどこ行くの?」
「ハンター試験に行ってきます」

店先で早速購入した折りたたみ自転車に跨りながらそう答えると対応してくれた初老の男性店員は一瞬きょとんとした後、すぐに明るい笑みを浮かべて「そりゃ大変だ、頑張ってね!」と応援してくれた。恐らく冗談だと思っているんだろう。
確かに、ピンク色のキッズ用携帯(以前私が使用していたものは解約されていたので新しい物を用意してもらった)を首から下げ、左手の中指におもちゃの指輪をはめ、淡い色使いが特徴的な可愛らしいキャラクターもののボディバッグを身に着けた私は、とてもじゃないがこれから世界各地の猛者達が集結するというハンター試験へ挑むようには見えなかった。
まあエンジョイ勢みたいなものだし、と思いつつ目的地を目指して自転車のペダルを漕ぐ。

簡単な道だったので特に迷うこともなく、十五分ほど自転車で進んだ頃、私は無事に試験会場となる建物へと辿り着いた。
そこは一見普通の定食屋だった。外からこっそり様子を窺うと店内は食事を楽しむお客さん達で賑わっている。一応地図を見直してみるが、今期の試験会場としてミザイストムの字で記された住所は、何度確認してもこの店のものだった。現役ハンターのミザイストムが偽の情報を掴まされるはずがないので、やはりここで間違いないだろう。
乗ってきた自転車を店の外へ置いていくか迷ったが、恐らく取りに戻れなくなるので、折りたたんで店内へ持っていくことにした。

「いらっしゃーい!」

入店するとカウンターの向こうで調理をしている男性の店員が私に気付いて声を掛けてきた。折りたたんだ自転車を持っていることについて何か言われるかと思ったが特に注意はされず、手を動かしたまま「ご注文は?」と聞かれた。

「えーっと、ステーキ定食」

地図に書いてあった通りに答える。男性の店員はこちらに目を向けて「焼き方は?」と続けた。

「弱火でじっくり」
「ボクも彼女と同じものを」
「……えっ!?」

突如、見知らぬ声とともに後ろから両肩に手を置かれ、ビクッと身体を揺らす。
反射的に振り向くとそこには逆立った赤い髪と両頬のペイントが特徴的な、随分と目立つ形をした長身の若い男性が立っていた。彼の全身を見た時、まるでピエロのような印象を受けた。サーカスの人かもしれない。それにしても全く気配がしなかった。
突然後ろから女児の身体に触れるという弁解の余地無し通報必至な状況に、ピエロのような男性は全く悪びれる様子もなく「驚かせちゃったかな?」とお茶目な感じで両方の手のひらを見せた。さては常習犯だな。

どう返せばいいかわからず、黙ったままボディバッグの持ち手部分をぎゅっと握る。
奥からやってきた女性の店員さんは私達を交互に見ると「すみません、相席でもよろしいですか?」と確認を取った。駄目です。

「ボクは構わないよ」

ピエロのような男性はそう答えると私を見た。女性の店員さんも私を見た。なんだか断れる雰囲気ではなく、私は渋々「大丈夫です……」と頷いた。
女性の店員さんは優しく微笑むと、明るい声で「奥の部屋へどうぞー!」と案内してくれた。私はキッズ用携帯の機能の一つである防犯ブザーをいつでも作動できるようストラップに触れながら前を行く二人に続いた。

案内された奥の個室は四人掛けのテーブル席で、鉄板の上では既に美味しそうなステーキ肉が焼かれていた。
対面する形で席についたピエロのような男性は、テーブルの上のピッチャーを手に取ると私の分の水もコップに注いで渡してくれた。普通に食事を始めようとしている彼に驚きつつお礼を言う。同時に、こういうのは年少の私が率先してやるべきなのに……、という焦りが生まれ「じゃあお肉は私が……」と提案した。ドキドキしながら焼けた肉を皿に取り分ける。

「ど、どうぞ」
「ありがとう。助かるよ」

皿を渡すとピエロさんは優しげな声色でそう言って目を細めた。返事の代わりにこくこくと何度も頷いてから、私も食べておこうと自分の皿に肉を取る。
黙って食事をしながら、バレないようにこっそりと向かいに座るピエロさんの様子を観察する。ハンター試験ってコスプレ参加OKなんだ。ミザイストムみたいな人もいるんだからそりゃそうか。
ミザイストムもあの形で良い人だったので、彼も案外常識人かもしれない。少なくとも見かけで判断してはいけないだろう。ただ許可なく他人に触るのは本当に駄目だと思うからやめた方が良いと伝えたい。
不意にピエロさんと目が合った。一瞬、ぞくっとした。

「君もハンター試験を?」
「は、はい。お友達を作りに来ました」
「そうなんだ。沢山できるといいね」
「……!頑張ります!」

二人でニコッと笑い合う。
じゃあ友達になろうか、とか言われなくて良かったと思った。

「それ、素敵な指輪だね。贈り物かい?」

ピエロさんは私が左手の中指にはめている指輪を見ていた。青い宝石を模した石がついている、ちゃちな指輪だ。
「自分のお小遣いで買ったおもちゃですよ」と答える。目覚めた時はつけていなかったが、私にとっては大切なものだと知っているミザイストムが保管してくれていたらしく、昨日返してくれたものだった。
ピエロさんは私の返答に「へえ?」と少し意外そうな声を出した。

「それにしては、なんだか不思議なオーラが見えるけどね……?」

ピエロさんが目を細める。私は素知らぬ顔でステーキ肉を頬張った。


私達が通された個室はエレベーターになっていたようで、到着音と共にB100という表示がされたモニターが光った。
紙ナプキンで口元を拭いてから席を立つ。入ってきた扉が開くとそこには騒がしかった店内とは打って変わって暗く冷たい陰気な地下道が広がっていた。既に受験生だと思われる人々がバラバラに待機していた。大人の、それも男性ばかりだった。友達できないかも。

他の受験生を前にしてつい気後れする私に向かって、ピエロさんは「じゃあ、お先に」と言うと迷うことなく薄暗い地下道へと足を踏み入れた。
そんな彼を見て、受験生達は「ヒソカだ……」「ヒソカ……」とざわついていた。どうやらピエロさんは中々の有名人らしい。ハンター協会員だと思われるスーツを着た小柄な人から番号札を受け取ると、ピエロさんは私を振り返り「お互い頑張ろうね」と手を振ってきた。小さく振り返すと彼は満足気に微笑んでそのまま奥の方へと進んでいった。
さあ次は私の番だと番号札を配っている協会員の側へ寄る。す、と右手を差し出したが、何故かその手に番号札が乗ることはなかった。

「シグネさん……!?」

番号札が貰えない。
自己紹介前にも関わらず私の名を言い当てた小柄な協会員は、驚愕のあまり自分の仕事を忘れたようだった。

「シグネさん………の妹さん、ですか?」
「いえ、私がシグネです」
「そうだったんですね……!お久しぶりです。お変わりなくて何よりです」 
「いえいえ」

どうやら知り合いらしいが、よく分からないので適当に返す。私がシグネ本人であると言われて即座に受け入れるあたり、何年も外見が変化しないことは彼にとってはそう珍しい話ではないようだ。
スーツの協会員はハッとした様子で自分の仕事を思い出すと「番号札です。必ず身につけて下さいね」と言って『45』という数字がかかれたプレートをくれた。裏がピンになっていたので、早速服に付ける。
丁度その時、協会員の彼(恐らく男性)が私の足元にある折りたたみ自転車に気が付き「それは……?」と首を傾げた。

「自転車ですか?」
「はい。ここまでチャリで来たので」
「そ、そうですか……」
「もしかして、外に置いてきた方がよかったですか?」
「いえ。持ち込みは自由ですから、構いませんよ」

彼はハンター試験にチャリで来た発言に一瞬面食らったようだったが、すぐに柔和な表情に戻った。

「ただ、紛失や故障には気をつけてください。何があってもこちらは一切責任を負いませんので」

その言葉に「わかりました」と頷く。いいな、一切責任を負いませんって、私が将来言ってみたい言葉ランキング第四位だ。どのタイミングで使えば良いのかわからないけど。

「試験開始までまだありますので、暫くは待機でお願いします。トイレはここの左です」

スーツ姿の彼が手で示した方向に目をやると簡易トイレがいくつか並んでいた。場所を確認してから、いつまでもここにいては次に来る受験生の邪魔になってしまうので適当に足を動かす。
私の歩く姿が余程珍しいのか、ちらほら他の受験生達からの視線を感じた。私のような子供は他にいないので、どうしても目立ってしまうらしい。ミザイストムも外出の度にこんな気分になるのだろうか。
この地下道はまだまだ奥の方まで続いているようだが、暗くて気味が悪いので、とりあえず私の知り合いだと思われるハンター協会員の姿が見える位置で待機することにした。

「やあ。君、新顔だね」

すると突然、小柄な中年男性に声をかけられた。胸元には16番のナンバープレートがついている。
ピエロさんの時とは違って、彼が私に話しかけようとずっとこちらの様子を窺っていたことには早々に気が付いていたので、特に驚かなかった。

「俺はトンパ。よろしく」

気さくな挨拶をしてきたので私も「シグネです」と名乗った。
朗らかな笑顔と団子鼻が印象的なトンパさんは、10歳の頃から35回も試験を受けているベテラン受験生だそうで、試験のことならなんでも聞いてくれと胸を張った。私は35回も試験に受からない人間からアドバイスを受ける気はなかったのでお礼だけ言っておいた。
トンパさんはきょろきょろと辺りを確認した後、声をひそめて「ところで君、ヒソカとは知り合い?」と聞いてきた。ヒソカとは恐らくピエロさんのことだろう。トンパさんは私が彼と一緒に試験を受けに来たと思ったらしい。首を横に振って否定する。

「いえ。偶然上で一緒になっただけです」
「ハハ、そりゃ災難だったね」

言葉の意味がわからず首を傾げるとトンパさんが“奇術師ヒソカ”とやらについて簡単に教えてくれた。なんでも彼は前回の試験で気に入らない試験官を半殺しにして失格になったそうだ。その他にも二十人の受験生を再起不能にしている。だから彼を見た受験生達がざわついていたのかと納得した。

「一緒に居て無事だったのは、偶々奴の機嫌が良かっただけさ。とにかく危ねえ野郎だ。気をつけな」
「はあ……」

出会ったばかりにも関わらず妙に親切なトンパさんの話をどのくらい信じれば良いのか分からず、適当な返事をする。まあ、おじさんって若者を見るとはしゃいじゃう生き物だし、とりあえず絡みたいのかも。
一人で色々考えていると、トンパさんは「おいおい、心配になる反応だな」と苦笑した。

「まあでも、初受験でこの時間に会場まで辿り着くってことは相当な実力者だろうからね。案外ヒソカなんか目じゃなかったりするのかな?」
「どういうことですか?」

またもや彼の言うことが理解できず聞き返す。トンパさんは待機中の受験生達をぐるりと見回してから、今期の新人で一番早く会場に辿り着いたのは私だと教えてくれた。

「こんなに早く“会場探し”を終える新人は中々いないってことだよ」

トンパさんは意味ありげな笑みを見せて言った。
ハンター試験は応募カードに必要事項を記入すれば誰でも応募ができるが、例年、実際に試験会場へと足を踏みいれた受験生はその半分以下である。何故なら数百万人にも上るという受験生の数を絞るため、会場までの道中には様々な罠が仕掛けてあるからだ。加えて会場は非常に見つけにくい場所にあり、ナビゲーターと呼ばれる者達の協力無しで辿り着くのはほぼ不可能。必然的に新人の到着は遅くなる。
私はミザイストムに行き方を調べてもらったので迷わず来れたが、トンパさんの口振りからすると普通はもっと苦戦するようだ。しかし、それを正直に話したらミザイストムがハンター協会の偉い人に怒られてしまうかもしれないので「私は人より特別運が良いので」と言っておいた。決して嘘ではない。ちら、と中指に嵌めた指輪に視線をやる。トンパさんは「運も実力のうちさ」と笑った。

「と、そうだ。よかったらコレ、貰ってくれ」

そう言ってトンパさんは缶ジュースを一本差し出してきた。
反射的に受け取るとトンパさんは自分の分の缶ジュースを取り出し「お互いの健闘を祈ってカンパイ!」と言った。
飲まなきゃいけない流れなのでお礼を言いながら私も缶の蓋を開けた。少量だけ口に含み、味を確かめる。かなり分かりにくいが何か混ぜてあるようなので、飲み込まずにバッグからミザイストムに持たされたキャラクターもののハンカチを取り出し、そこへ染み込ませるように吐き出した。
トンパさんは私が飲み物を吐き出したことには気が付かなかったようで、油断したのかニヤリと意地悪そうな顔をした。残念ながら、この人とは友達になれないだろう。

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