07

私が豚丼を作るために使用した調理器具や皿を洗っている間に、レオリオ、ゴン、クラピカが各々スシを作って試験官の元へ持っていったが何れも試食さえしてもらえなかった。試験官曰く“ニギリズシ”の形を成していないものは味見の対象にならないそうだ。
最初の豚の丸焼き試験とは打って変わって厳しい状況に、受験生は四苦八苦していた。試験官の女性はそんな受験生達が持ってくるスシ未満の料理が気に入らないようで、苛立ちを隠せない様子で「センスがないわ!!やんなっちゃう!!」と皿を後ろに放り投げた。
彼女があんなに怒ってるのは私のせいでもあるんだろうな、と審査が行われている方向に背を向けながら洗った調理器具を片付ける。布巾で調理台を隅から隅まで拭いているとキルアに「お前帰ろうとしてる?」と言われた。確かに今から帰宅くらいの勢いで綺麗に後片付けをしてしまった。完全に無意識である。
これで帰ったら豚丼を作って食べただけのナメた受験生として伝説になってしまうので「そんなつもりじゃ……」と否定すると背を向けている方から「な、なんだとー!?」という怒声が聞こえてきた。視線を向けると目立つハゲ頭の受験生が、今にも掴みかかりそうな勢いで女性試験官に食ってかかっていた。喧嘩だ、喧嘩。

「スシってのはメシを一口サイズの長方形に握ってその上にワサビと魚の切り身をのせるだけのお手軽料理だろーが!!」

突然のスシレシピ公開に先程までお葬式状態だった受験生達が「なるほど〜!」と湧き上がる。あまりに作為的なタイミングと説明だったので、ひょっとしてハンター試験側が用意したお助けキャラなのかと思ったら単に口が滑っただけらしく、ハゲ頭の受験生は女性試験官に胸ぐらをつかまれて「殺すぞ」と恫喝されていた。ただのお間抜けキャラだった。
こうなると条件はほぼイーブン、受験生達はあっという間にスシを完成させると我先にと審査を求めた。あの女性試験官はどう見てももう一人のブハラさんより食が細いはず。急がないと一度も食べてもらえないまま不合格になってしまう。綺麗にした調理台の上に再びまな板を置き、私も慌ててスシを作った。


「来たわね、45番。うん………ダメね、不味い!やり直し!」

駄目だった。
流れるような審査についていけずその場から動けないでいると後ろに控えていたブハラさんが流石に可哀想だと思ったのか「メンチ、それは……」と口を挟む。しかし“メンチ”という女性試験官はブハラさんをギロリと睨みつけると「あんたは黙ってて!」と一蹴した。

「あの、次に繋げたいので具体的に何が駄目だったのか教えて下さい」
「あら、向上心があって良いわね。何がダメって全部よ全部。シャリのかたさも形もタネの切り方も口触りも全部ダメ全部最悪」

メンチさんはそう言うとシャリの形は地紙型、スシダネは筋目に対して直角に、握りは素早くと色々教えてくれた。覚えることが沢山あって大変だ。お礼を言って調理台へと戻り、早速アドバイス通りに作り直す。
新しく作ったものは見栄え的には先程作ったものと大差なかった。メンチさんの真似をして小皿に入れた調味料につけながら、味見のつもりで食べてみる。美味しいとも不味いとも思わなかった。そもそも魚の切り身とライスを一緒に食べたのは初めてなので、味の基準がわからない。ただ、切り身にこの何とかっていう調味料をつけて食べるのは美味しいと思った。
調味料のボトルに貼ってあるラベルには、どこかの国の読めない文字が記されていた。折角なのでこの食べ方で切り身を何枚かつまんでいると通りがかったレオリオが「また食ってんのかお前は」と言ってきたので、慌ててしーっと口元に指を立てる。メンチさんにバレたら私は失格になってしまう。
恐る恐る様子を窺うとメンチさんはずらりと並んだ受験生達のスシを食べるのに忙しく、こちらに意識を向ける暇はなさそうだった。もうちょっとしたら私もリベンジしに行こう。

「わり!お腹いっぱいになっちった」

と、思っていたら試験が終わった。
まさかの宣言に受験生達は呆然と立ち尽くす。お腹いっぱいになったら試験終了。メンチさんは一番最初にそう言っていた。
しん、と静まり返る。この先のメンチさんが発する言葉を一言も聞き逃すまいと全員が黙って彼女を見つめていた。メンチさんは一度言ったことは曲げない質(試験官としては信頼できる)のようで「つーわけで終わりよ、終わり」と手を叩いた。
その一言で静寂は破られ、一気にざわざわと騒がしくなる。メンチさんは気にせず何処かに電話をかけ始めた。聞き耳を立てるとどうやら試験結果の報告をしているようだった。

「だからー仕方ないでしょ、そうなっちゃったんだからさ。……嫌よ!結果は結果!やり直さないわよ!」

途端にメンチさんが語気を強める。何やら電話口の相手と揉めているようだ。他の受験生も試験についての話だと気が付き、固唾を呑んで見守る。
私も今がチャンスだと思って切り身を食べた。レオリオに「お前無限に腹ペコか?」と言われたので「育ち盛りだから……」と答える。食べれる時に食べておかないと。
メンチさんは電話口の相手に事の顛末を怒鳴りつけるように捲し立てた後、勢いのまま「とにかくあたしの結論は変わらないわ!」と受験生達を真っ直ぐ見据えて言った。

「二次試験後半の料理審査、合格者はゼロよ!!」

ハッキリと声に出して突きつけられたその事実に、受験生達はぐっと眉を寄せた。「これで終わりかよ」やら「ふざけんな…」という不満そうな声があちらこちらから聞こえてくる。
これには私も吃驚だ。落ちるにしてももうちょっと良いところまで行けると思ったのに、まさか二次試験で全員まとめて落とされるなんて。もしかして幸せは歩いてこないチルチルミチルの効果消えた?
勝手に発動が解けているのかも、と指輪の有無を確認するが、ちゃんと中指についているし、オーラ量も変わりない。しかし、石の色がおかしいことに気が付いた。元の色より少しだけ黒ずんでいるように感じる。あれ、こんな色だったっけ。そういえば私、この能力について何かを忘れている気がする。

はて、と首を傾げていると突如会場内に凄まじい音が響いた。何かが破壊されたような音だった。
顔を上げると受験生の一人が先程までの審査で使われていた木製のテーブルを破壊していた。その受験生は拳を震わせながら「納得いかねェな」と言った。私の位置からだと背中しか見えないので彼が今どんな表情をしているのかわからないが、相当キレていることはテーブルを叩き割った拳の強さと声色から伝わってきた。まあ、この試験結果に納得がいっている人の方が少ないだろうから気持ちはわかる。
その彼に真正面から詰め寄られてもメンチさんは一切怯むことなく、小首を傾げながら「また来年頑張ればぁ?」と火に油を注ぐような発言をした。
逆上した受験生が殴りかかろうとするが、その拳がメンチさんに届く前に後ろにいたブハラさんが張り手で吹っ飛ばす。受験生の身体は私達の上を通って窓を突き破り外へ出た。他の受験生は言葉を失う。
メンチさんはどのハンターでも武術の心得があって当然だと四本の包丁をジャグリングしながら言った。並の人間には真似出来ないパフォーマンスを前に皆が唖然とする中、私はふと懐かしい気持ちになった。私も似たような遊びを友達とやっていた気がする。

「武芸なんてハンターやってたら嫌でも身につくのよ。あたしが知りたいのは未知のものに挑戦する気概なのよ!!」

というメンチさんに答えるような形で『それにしても合格者ゼロはちと厳しすぎやせんか?』という老人の声が何処からか響いた。
それが会場の外から聞こえてきたものだと理解した時には、既に出口に近い位置にいた受験生達が何事かと外へ飛び出していた。少し遅れて後に続くと皆揃いも揃って空を見上げていた。
ハンター協会のマークをつけた飛行船だ、という誰かの声を聞いてすぐ、その飛行船から人が降ってきた。どうやら飛び降りたらしい。立派な髭と長い眉毛が特徴的なおじいさんだった。

あの人、ネテロ会長だ。
顔は知らなかった(というか覚えてなかった?)が、すぐにわかった。私がそう思うと同時にメンチさんが自身の元へと歩いてくるおじいさんに向かって「ネテロ会長」と名前を口にする。やっぱりそうだ。
ハンター試験の最高責任者の登場に驚愕の表情を浮かべる受験生達に紛れてじっと見つめていると、不意に会長の目がこちらを向く。私が「あっ」と声を出すより先にネテロ会長はバチッとウインクをしてきた。ファンサ貰っちゃった。

***

ネテロ会長の鶴の一声で二次試験の後半はやり直しとなった。スシは難易度が高すぎた、ということで新しい試験内容はゆで卵になった。急にシンプル。
マフタツ山に生息するクモワシの卵を使うため皆で飛行船に乗り込み移動する。

私達を待ち構えていたのは気が遠くなりそうなくらい険しい崖だった。メンチさん曰く下は深ーい河らしい。そっと下を覗き込むが、谷底は霞んで見えなかった。落ちた時の姿を想像したのか、何人かの受験生が青ざめる。
クモワシは谷の間に糸を張り卵を吊るしておくらしく、メンチさんの実演を交えた説明を受けた後、私達は命綱無しで崖から飛び降りることを要求された。
意気揚々と飛び降りるゴン達を見送った後、私は飛んだ先で他の人とぶつかったら嫌なので、人がいないところまで離れてから飛び降りた。クモワシの糸は案外丈夫で、多少揺れたが何人もの受験生がぶら下がっているのに全く切れる気配がない。
難なく卵を手にして戻ってきた私を見て、リタイアした受験生がぎょっと目を見開いた後、悔しそうな顔をした。こんな子供でも出来ることなのに、とでも思ったのだろうか。

「ほれ、こっちじゃ」

卵を持ってうろうろしている私を見つけたネテロ会長がこいこい、と手招く。傍らには大きな鍋が用意されていた。今から皆で卵を茹でるらしい。
ちょっとお話できるかな、と緊張しながら足を動かす。その時、何故か私は顔も名前も思い出せない育ての父に「外では声をかけてくるな」と日頃から厳しく言われていたことを思い出した。
そうだ、ネテロ会長だって今は最高責任者としてお仕事中だし、親しげに口を利くのはまずいだろう。他の受験生に邪推されコネとかズルとか言われたら私は嫌だし、会長にも迷惑だ。
そう思って自分から声をかけるのはやめた。ネテロ会長は私から卵を受け取るとメンチさんに「これで全員のようじゃな」と言いながら鍋底へ滑らせるように卵を入れた。会長は私をイチ受験生として扱うだけで特に何も言ってこなかったので、やはり今は話して良い時じゃないんだろう。そわそわしながら黙って時が過ぎるのを待った。


結局私がネテロ会長と話す機会に恵まれたのは、二次試験の合格者を乗せた飛行船が次の目的地に向かって飛び立った後だった。
飛行船に乗り込むなり受験生達は操縦室に集められ、ネテロ会長から激励の言葉を貰う。初めは最終試験で合流する予定だったが、折角なのでこのまま同行することにしたらしい。

「次の目的地へは明日の朝八時到着予定です。こちらから連絡するまで各自自由に時間をお使い下さい」

試験前に番号札を配っていたスーツの協会員が時計を示しながらそう言った。皆が時計に視線を向ける中、私はその横のネテロ会長を見てうずうずとしていた。
話が終わるなり、受験生達は思い思いに動き出す。ゴンとキルアに飛行船内の探険に行こうと誘われたが、お腹が空いたから無理だと断った。不満気な声を上げるキルアにレオリオが「あいつ育ち盛りだからな」と言っているのを聞きながら、操縦室から出ていったネテロ会長を追う。


「あの、ネテロ会長……」

周囲に他の受験生の姿がないことを確認してから声をかける。ネテロ会長と、一緒に歩いていたスーツを着た協会員が殆ど同時に振り向いて私を見た。スーツを着た協会員が「シグネさん。お疲れ様です」とにこやかな笑みを浮かべる。それに釣られて私も「お、お疲れ様です」と返した。
ネテロ会長は緊張でガチガチになっている私を見ると「二次試験、疲れたじゃろ?」と明るい笑顔を作った。

「ほれ、グミ食うか?」

ネテロ会長は長い袖の中に手を突っ込むとグミの袋を差し出してきた。育ち盛りなので有り難く受け取る。

「あの、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」

グミの袋を両手で持ちながら頭を下げるとスーツを着た協会員が「え?」と不思議そうに首を傾げる。ネテロ会長は立派な髭を撫でながら「歩きながら話すかの」と言った。

「ビーンズ、すまんがちょいと二人で話してくるわい」

ネテロ会長がそう言うとスーツを着た協会員(ビーンズさんというらしい)は、私達の関係を知っているからか、すぐに頷き「では、失礼します」と一礼して去っていった。ビーンズさんの後ろ姿を見送っているとネテロ会長が「こっちじゃこっち」とビーンズさんが進んだ方向とは逆の通路を指差した。私は言われるがまま着いていった。

「こうして話すのは随分と久しぶりじゃのう」

歩きながらネテロ会長がのんびりと言った。のほほんとした柔らかい空気を纏っていて、特徴的な髭と眉毛以外はどこにでもいる普通の老人のようだった。

「ハンター試験が終わったら二人でパフェでも食いに行かんか?ワシはな、夢じゃったんじゃ。孫と散歩してちょっとレトロなカフェに入って生クリームをたっぷり使ったデカいパフェを食うのがな」
「へぇ〜……」
「今のは笑うところじゃよ」

駄目だ、ノリが全然わからない。
曖昧に笑うとネテロ会長は「ほっほっほ!」と笑い声を上げた。これがハンター協会の会長か。なるほど全然わからない。

「まあ、色々不安はあるじゃろうが残念ながら世の中はそんなに変わっとらんから安心せい」

その言葉にハッして周囲を確認する。大丈夫、誰もいない。
今なら聞けると判断して「そのことなんですけど」と口を開く。

「私、まだ記憶がはっきりしなくて自分がどうして十数年も年を取っていないのかわからないんです」
「ん?ミザイから聞いとらんか?」

ネテロ会長はきょとんとしていた。
その反応を見て私は「あっ……」と大変なことに気が付く。まずい、ここで何も聞いてませんと肯定したらハンター協会で一番偉い人にミザイストムが状況説明もまともにできない無能牛柄おじさんだと思われてしまう。

「あ、えっと、あの、ミザイストムは良くやってくれてます!洋服とか沢山買ってきてくれました!」
「うん……?そうじゃな、ミザイは十二支んの中でもよくやってくれておる」

ネテロ会長は少しだけ首を傾げた後、ミザイストムの姿を思い浮かべたのか、うんうんと頷いた。
『十二支ん』はちょっと何言ってるかよくわからないけど、ミザイストムが無能の烙印を押されることだけは避けられたようだ。危なかった。ほっと胸を撫で下ろす。
そのまま上手いこと話が逸れて、今期のハンター試験について聞かれた。

「初めてのハンター試験はどうじゃ?楽しいか?」
「はい、とっても。お友達になれそうな子達とも出会えました」
「ほほぉ〜、健全でよろしい」

私の答えにネテロ会長は満足気に笑った。談笑しながら歩いていると椅子に腰掛け、窓から外の景色を眺めているゴンとキルアを見つけた。

「あの子達です」
「ほう……」

詳しい紹介をしようとする私をネテロ会長が手で止めた。そのまま黙ってゴンとキルアを観察する。その顔は彼らに何かを感じ取ったようだった。

「ちと遊んでやるかの」

ニヤリと笑ってそう言うと、ネテロ会長は景色を見ている二人に向かってわざと殺気に近い気を飛ばした。
会長と一緒にいることがバレるとまずいと思い、私は慌てて絶を使って身を隠す。やるならやるって言ってほしい。急すぎる。
ドキドキしながらゴンとキルアに見えないよう隠れたまま耳を澄ますとネテロ会長が二人と話している声が聞こえてきた。
ゲームをして自分に勝てたらハンターの資格をやる、というネテロ会長の話に、二人は興味を示したようだった。場所を移すらしく、ネテロ会長に連れられてゴンとキルアはその場から離れていった。

遠ざかるゴンの足音を聞きながら、そーっと二人がいた椅子の側まで行って様子を窺う。
角を曲がった二人の後ろ姿が見えなくなったところで、突然強い殺気を感じた。
咄嗟に椅子を持ち上げて急所を守ると同時に私目掛けて何かが飛んできた。椅子に弾かれ、バラバラと音を立てて床に落ちたそれは針だった。裁縫針とかじゃない、画鋲のような形のやや大きめの針で、私はこれを顔中に刺している受験生を知っていた。

ごくっ、と唾を飲み込む。ハンター試験に来てから初めて明確な殺意を向けられた。
しかし針が飛んできた方向に301番の姿はない。呼び掛けようとして口を開いたが、彼の名前を知らなかったので一旦閉じる。301番さん!って呼ぶのも変だ。じゃあ美容鍼さんとか?それとも針の人?オイそこのお前?
その時、左から何かが向かってきた。悩んでいたせいで反応が遅れる。気付いた時には首を掴まれ、窓に背中を打ち付けていた。両手から離れた椅子が床に転がり派手に音が響いた。
視界に映ったのはモヒカン頭と針だらけの顔。私に向けて殺気を飛ばし、首を掴んでいるのは、予想通り美容鍼の301番だった。相変わらずカタカタいってる。301番は私を殺す気なのか首を掴む右手にぐっと力を入れた。気管が圧迫される。まずい、息ができない。
引き放そうと301番の右腕を掴む。彼はぴくっと眉を動かした後、いつもの薄ら笑いではなくゾッとするような無表情で私を真っ直ぐ見つめながら小さく口を開いた。

「お前、何のつもり」

しゃ、喋ったァ!!

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