年下の男の子

夢のように楽しい夏休み。
旅行やら海やら花火やら夏祭りやら楽しいイベントが盛り沢山だろうが、出不精の私は朝からクーラーをガンガンにきかせてソファーで寝転がり、お高いアイスを食べながら撮りためておいたアニメを観るというだらけきった生活をしていた。今まで学校行くために毎朝外に出ていたんだから休みの時くらい家に居させろ。
まあ、友達から色々とお誘いを受けているので、カレンダーは真っ白と言うわけではなく出掛ける時は出掛けるが。
正直面倒だが全部断るとクラスで生きづらくなるので仕方がない。人間関係を円滑に進めるならある程度の付き合いの良さは必須である。

それは置いといて、今日は出掛けられない理由がある。
カレンダーをチェックし、重い腰を上げた。もうすでに予定は埋まっているのだ。
一先ずこの散らかしまくったリビングをどうにかしなくては、とその辺に置きっ放しにしていた雑誌や新聞を集めていくと見覚えのある小学生の写真が掲載されている記事が目に入った。あ、これは…。
先日園子ちゃん家の海上パーティーに潜り込んでいた怪盗1412号こと怪盗キッドを見事撃退し、漆黒の星(ブラックスター)という黒真珠を守り抜いたとして、江戸川さんが取り上げられた時の新聞である。押さえていた感情が復活し、初めて見た時同様むーっとする。
おいおいおいおいー?何がお手柄小学生だよ。新聞の一面に本人の写真つき掲載が許されるなら普段の推理ショーも自分でしろや。
なんだ?正体バレるのが怖いから目立たないようにおじさんを人形にしてるんだよな?キッド撃退は許されて殺人事件解決は駄目なのか?どっちも小1がやるには相当なものだってことに変わりはないぞ。
あの出しゃばり眼鏡め…といらいらしていたら玄関の方から扉の開閉音と明るい声が聞こえてきた。

「さっちゃん、玄関開いてたから入ってきちゃったよ」
「あー、涼しい。お邪魔しまーす」
「……お、お邪魔します」

そういって顔を見せたのは蘭ちゃんに園子ちゃんに江戸川さん。
リビングに足を踏み入れるなり一目で分かる散らかり具合を「なによー、ここは自分で片すって言ったじゃない」と園子ちゃんに突っ込まれる。
皆の到着が思ったより早かったので許してほしい。片付けようとはしてた。

今日の予定とは、掃除のことである。貴重なお休みに、彼らは家の片づけを手伝ってくれることになっていた。
両親が外国に行って以来、お兄ちゃんも私も必要な部屋しか掃除していなかった上に雑な仕事ぶりのためよく見ると細かいところに埃が溜まっている。
サボり魔の私一人になってから掃除の頻度はますます減り、定期的にハウスキーパーさんが来てくれるとは言っても部屋数が多すぎて普段使わないところは開かずの間となりつつあった。そう、部屋が!部屋が多いの!

そんな我が家を見かねて蘭ちゃんが掃除の手伝いを名乗り出てくれたのだ。ちなみにノリノリなのは蘭ちゃんだけで園子ちゃんは乗り気じゃないし私や江戸川さんなんて現状維持できればいいだろ、くらいの認識でいたので集まったメンバーのモチベーションには結構な差がある。

実際掃除が始まると一番テキパキ動くのは蘭ちゃん。
次いで、一応家の人間として申し訳なさがあるのか江戸川さんが黙々と働き、私と園子ちゃんは渋々やってる。園子はともかくお前はちゃんとやれよ、と言いたげな目で江戸川さんに見られた。
それもそうだなと思い、三人が一番大変な書斎をやっている間に私は長い廊下に延々と掃除機をかけ続けた。
……やばい、飽きてきた。

もう一時間以上はやってるはず、と時計に目を向ければまだ10分しか経っていなかった。これはひどい。
きっと一人でやるからすぐに飽きてしまうんだろう。私は昔から集中力がないし、蘭ちゃんみたいに整理整頓が得意な綺麗好きじゃない。
一旦休憩、と手を止めたところで、インターホンが来客を知らせた。え?なんだ宅配便か?

掃除機をその場に放置して玄関に向かうと私より先に江戸川さん達が来ていた。
私に気が付いた園子ちゃんがこちらに向かって口を開く。

「さっちゃん、この人あたしらの中学の先輩なんだけど家に上がってもらってもいい?」

突然の来客は綺麗なお姉さん。見覚えのない方だが、蘭ちゃん達は知っているらしい。
よくわからずに頷くとこのやり取りを見ていたお姉さんに「もしかして工藤君の家族の方?」と聞かれた。

「一応そうですけど…」
「新一君の妹の早希子ちゃんです」
「そうなの。はじめまして内田麻美です。急に押し掛けてごめんなさいね」

はじめまして、と私も挨拶すると麻美先輩は「彼、妹いたのね。知らなかったな」と続けた。
先輩は蘭ちゃん達の二つ上、つまり私の四つ上らしいので知らなくてもおかしくない。私が中学入った頃には高校生だし。
それでこの綺麗な麻美先輩は何をしにうちに来たのか。

上がってもらって話を聞くと彼女はお兄ちゃんに用があったそうで、長く留守にしていることを告げると残念がりつつ納得したような様子を見せた。
今週末に麻美先輩の誕生日パーティーがあり、そこにお兄ちゃんを招待したかったんだとか。本人に手紙を出しても返事がなく何度か電話もくれていたらしいが、全て留守電で不思議に思って直接訪ねてきたというわけだ。

「留守電って、さっちゃんが家にいない時だったのかな?」
「居ても場所が悪いと何本かは逃しちゃうからその中のやつかも」
「あー、なるほど」

家の広さと私の動きの鈍さをプラスしたら全ての電話に出ることなど不可能だ。

「一回だけ留守電入れたんだけど、それは聞いてくれたかな?」

麻美先輩に言われて、頭をフル回転させる。
そういえば「中学のサッカー部のマネージャーの内田」と名乗る方からお兄ちゃん宛の留守電が最近入っていた気がする。次会う時に教えればいいかと思っていたけど、結局伝え忘れていたんだっけ。
やべー私のミスだ、と思っていたら麻美先輩が「本人が家に帰ってこれないならどうしようもないわよね」と優しく言ってくれたので助かった。
けど本人宛の手紙は知らんぞ、と江戸川さんを見ると心当たりがありそうな顔をしていたので受け取ったけど普通に忘れてたみたいだ。あいつ結構適当なところあるからな。
そんな裏事情など露知らず、麻美先輩はきっと来てくれると思っていたみたいだ。

「でも仕方がないわね、初恋なんていつかは色褪せてしまうものだから…」

とか意味深なことを言い始めたので私と園子ちゃんは大興奮である。シンバルを持った猿のおもちゃのように「初恋!」「初恋!?」「初恋!!!」と騒ぎ立てる。
園子ちゃんの名推理でお兄ちゃんが中学の時に麻美先輩に告白したことがわかり、盛り上がりは最高潮に達した。
よくよく考えてみればお兄ちゃんが「うおー、美人!」って反応するのは年上ばっかりなので、麻美先輩が初恋と言うのはあり得ない話ではない。

麻美先輩がその件について詳しく話そうとすると江戸川さんが分かりやすく邪魔してきたので信憑性も高い。これもう確定だろ、すげえ展開になってきた。
お兄ちゃんが来れないなら、と蘭ちゃんと園子ちゃん…と江戸川さんが代わりに誕生日パーティーに出席することになった。スペシャルゲストとして名探偵(腹話術)おじさんも着いてくるという豪華なパーティーだ。

「早希子ちゃんもよかったらどう?」
「いえ、私はその…今週末はプールに行くので」
「あら、そうなの?残念。楽しんできてね」

麻美先輩に誘われ、咄嗟に嘘をついてしまった。
いや、だって蘭ちゃんの今の様子を見てくれよ。あの動揺しきった感じはかなり気にしている。
蘭ちゃんが明るく吹っ切れていれば私もお邪魔しただろうが、謙虚な彼女は自分が愛されている自信がないのだ。
そんな状態の今カノと初恋の人とお兄ちゃん本人が揃う場所なんて絶対気まずいじゃん。修羅場過ぎて見てらんないよ。
あと江戸川がいるなら多分誰か死ぬだろうし。

という私の予想は外れておらず、後日園子ちゃんから聞いた話では火事で色々大変だったらしい。そんでもってお兄ちゃんの初恋が麻美先輩というのはデマで、実際は蘭ちゃんで確定だという話だ。
だと思った。私は最初からわかってたよマジで。

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