女には向かない職業

その日は朝から大雨だった。どうせ学校は休みなので今日は1日外に出ないでおこう。
テレビをつけると今後の天気についてのニュースがやっていた。
今日は大雨だが、明日の朝にはカラッと晴れるという。そりゃよかったとお茶を飲めば電話が鳴った。

『もしもし、早希子君か?』

受話器を取れば博士の声。
なーんだ居留守使えば良かったな、と思いつつ「なんか用?」とのんびり返す。

『急な話で悪いが、今すぐうちに来れんかの』
「なんで?雨だから嫌なんだけど」
『いや、それが…君の家の前に女の子が倒れていてな。君の知り合いじゃないかと思うんじゃが』
「え、誰!?りっちゃん?みっちゃん?よっちゃん?なっちゃん!?」
『名前を言われてもわからんのだが…ちょっと確認しに来てくれんか?熱が出ていて今は絶対安静なんじゃ』

わかった、と言って電話を切る。一体誰が家の前で行き倒れていたんだ?
今日は何の約束もしていないはず…と頭の中で友達の顔を思い浮かべながら、すぐ隣の家へ向かった。
自分の家のように玄関のドアを開けて中へ入る。音を聞きつけた博士がやってきて、電話で言ってきた女の子の所へ連れて行ってくれた。

「ほれ、この子じゃ」
「ええええ知らない!」
「ええええなんと!」

ベッドで眠っていたのは江戸川さんと同じ年頃の見知らぬ少女だった。やばい全然知らねー子だ!!

「ていうか博士電話でちゃんと『幼女だよ』って言ってよ!私に幼女の知り合いがいると思ってんの!?いるけど!」
「いや、しかし…ええ…?君の家の前で倒れておったからてっきり知り合いかと…」
「でも私の知り合いの幼女じゃないし!」

死んでいるかのように静かに眠る彼女の前で、二人揃ってあたふたと慌てる。どうするんだこの知らない子。
博士が言うには熱があるといっても今すぐ医者に見せないとまずいほどではないし、てっきり工藤家の関係者だと思っていたので病院や警察にも連絡せず、この家で保護していたらしい。
でも私の知り合いではないし、江戸川さんの同級生ならこの家ではなく探偵事務所へ行くはずだし、両親の知り合いならまず保護者同伴で来るはず。
親戚にもこんな子はいないし、『工藤新一』の知り合いに幼女がいたらそれはそれでどうかと思う。
じゃあやっぱり警察に連絡した方がいいんじゃないか?という話になった時、それまで眠っていたはずの彼女が口を開いた。

「警察は止めてちょうだい」

熱で弱っている子供とは思えない、まるで大人のようにしっかりとした声だった。

***

話によると彼女はあのバットの使い手達が所属する怪しい組織の科学者。お兄ちゃんが江戸川さんになった本当の原因であるアポ…何とかという薬を開発したすごい人だ。
本人もその薬を飲んで身体が縮んでしまったので実際の年齢はもっと上らしい。どうりで年の割に落ち着いているわけだ。

それでどうしてうちの前で倒れていたかっていうと、薬で同じ状態になったお兄ちゃんなら自分のことを理解してくれると思ったから。
遊園地でのバット事件の後、工藤新一の死体が見つからなかったので二度ほど私が不在の時に我が家へ調査に来ていたらしいのだが、その時にお兄ちゃんの子供服がごっそり無くなっていたのを見て幼児化という仮説を立て、今回ここまで来たと言う。
彼女は姉を殺されたことで組織に不審感を抱いて反抗し、処分を待つ間に自殺しようとアポ何とかを飲んだところ予定外にも体が縮んだので、死ぬのを諦め身一つで逃げてきたと言うわけだ。
なんでも、アポ何とかを飲まされて死ななかったのはお兄ちゃんが初めてで、身体が縮むのは本当に特殊なことみたいだ。
幸いお兄ちゃん=江戸川ということはバットの組織でも彼女しか知らない、というか気が付いていないという。
確かに薬を飲んで幼児化なんてにわかには信じられない話だし、この人が開発者だったから仮説を立てられただけで、普通は思いつきもしないだろうな。

話を聞いて私と博士は顔を見合わせる。彼女の話を信じるなら今はもう私達、というかお兄ちゃんの脅威ではない。
けど組織を裏切ったので怖いバット使い達がここまで口封じにやってくるかもしれない。

「まあ、いきなりこんなこと言われても信じられないでしょうね。…どうする?追い出す?まだ遅くないわよ」
「いや、今の君は熱を出した子供じゃからのう…たとえ全部作り話だったとしてもこんな雨の中放り出すわけにはいかんよ」

博士は優しくそう言うと彼女の布団を掛け直した。
流石52年生きてるだけあって器が違う。私一人だったら手に負えなくて最終的に警察呼んでた。
彼女も感じるものがあったのか「…そう」と小さく呟いて目を閉じた。やっぱり疲れていたらしく、すぐに寝息が聞こえてくる。
ちょっと鼻を摘んで起きないかどうかを確認してから「で、どうすんの?」と博士に問いかけた。

「どう、って…ふむ、行くあてがないならここに居てもらってもワシは構わんよ」
「警察は?」
「彼女がやめてほしいと言っとるのだから連絡せんよ。どっちにしろ誰も信じんだろうし」
「だよねえ」

そうなんだよな、幼児化とかバットの組織とか警察に話したところでどうにもならないんだよな。当事者の妹である私だって外交官の時に元の姿見るまで心の奥底では疑っていたし。
とりあえず博士が彼女を匿うことで話はまとまった。色々思うところはあるが、状況と本人の様子からして嘘はついていないだろうし、何より彼女が居ればアポ何とかの解毒剤を作ってもらえるかもしれない。
匿うことによる問題はあるかもしれないが、決して悪い事だらけではないのだ。それに情けは人のためならずって言うし。

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