ミッドナイト・ララバイ

哀さんの登校初日。朝、私が帝丹小まで送っていき、彼女は無事に小学校デビューを果たした。
帰りも迎えに来ようか?と言ったがもう道は覚えたから、とクールに断られた。流石記憶力が良いなあ。私なんて昨日の夕食も覚えてないのに。

その日の夜、私は小学生の頃に着ていた洋服をタンスから引っ張り出した。
良かった、捨てないで取っといて。私も江戸川さんみたいに縮むかもしれないもんね。というのは勿論冗談で、折角だから哀さんにプレゼントしようと思う。
独身で子供服に理解のない博士は味気ないデザインの服しか買ってこないので、哀さんは小1の女の子だと言うのに洗練されたシンプルな格好をして初登校を迎えてしまったのだ。OLか。
盲点だった。でもそうだよね、自分のお古の手提げ持たせようとした博士に女児の服なんて分かるわけないよね。分かったらそれはそれで問題だわ。
どこかの有名なデザイナーがコーディネートは2色で纏めろみたいなことを言っていた気がするが、そんなもの子供には関係ない。子供服ってのはごちゃごちゃしてて大きな柄物で派手な色した大人には着ることができない可愛いものでいいのだ。洗練から一番遠い世界なのだ。
つーか小1が大人みたいな高くてオシャレな服着てたら鼻につくし。博士がママ友にハブられる。役員決めでめんどくさいやつ押し付けられるぞ。
ということで私のチェックを通過した服を鞄に詰め込み、隣のおじさんの家を訪ねた。

「あ、早希子」
「おお、早希子君」
「あら、工藤さん」
「え、え?なになに皆どこ行くの?」

家のドアまで辿り着く前に、博士の愛車フォルクスワーゲン(ビートル)の前で阿笠家の住人二人+江戸川さんに出会った。今まさに車に乗り込もうとしている三人に問いかければ、これから静岡に行くという。
今から静岡!?車で3時間くらいかかるじゃん!なんだこいつら!
よく分からないのだが、哀さんのお姉さんが大学の時にお世話になった先生に会いに行くらしい。服を届けに来たんだけどどうしよう、とまごついていたら、やけに急いでいる江戸川さんに「とりあえずお前も乗れ!」と後部座席に押し込まれた。
江戸川さんに急かされる形で博士が運転席に着いてハンドルを握る。ここでもたつく暇はないようだ。何?何?何なの?

なんだか本当によく分からないまま私も静岡まで同行することになってしまった。旅の目的としては、なんか例のアポ何とかのデータが入ったフロッピーをお姉さんが間違えて先生に渡してしまったらしく、それを取り戻しに行くんだとか。おっちょこちょいだな。
3時間の道のりの中、隣で後ろの車を眺めている哀さんに「江戸川さんとはどう?」と聞いてみると「まあまあよ」と返された。
前の座席では博士と江戸川さんがバックミラー越しに哀さんを見ながらこそこそ話していて、正直あまり良い関係には見えなかった。江戸川さんはすれ違う人ですら疑ってかかる病気を持っているから最初から仲良くするのは難しいかもね。

***

「もしそうだとするとこれは……密室殺人という事になりますよ」

警察の方々が集まった部屋で聞くその台詞に「やはりこうなるのか…」と自分の顔がこわばるのを感じた。
3時間かけて訪れた哀さんのお姉さんの先生は、死体となって私達を迎えてくれた。なんて恐ろしい出迎えなんだろう。江戸川さんには呪われし能力が備わっていることを少し忘れていた。
こいつ凄くね…?電話で会う約束をした相手を3時間で殺すってもうそういう能力としか思えない。
現場に到着した横溝という特殊な髪形をした刑事さんと江戸川さんは知り合いらしく、事故ではないかという話に被せるように死体の側で自分の考えを話した結果、刑事さんの口から密室殺人という単語が引っ張り出された。
同時に哀さんが被害者のパソコンを勝手に弄ってデータが消去されている事を指摘する。す、すごい、江戸川さんより先に現場荒らしてる。あまりに堂々としているので鑑識のおじさん達も注意を忘れてぽかんとしていた。
横溝刑事しかまともなツッコミがいない状況に「やばい奴が揃ったな…」と一人震える。

そこから留守番電話を確認したところ、保険屋からのメッセージを江戸川さんと哀さんが組織の一員である“ウォッカ”が残したものだと言った。
殺人は彼らの仕業ではないが、もしかしたら近くまで来ているかもしれないという。どうやら彼らも薬のフロッピーを回収したいみたいだ。けどそのフロッピーは事件の犯人が持ち去ったようで行方不明。
つまり皆同じものを狙ってんの?なんか楽しくなってきたな!と言うと江戸川さんに怒鳴られそうなので黙っておいた。
と、まあ、成り行きを見守っていたら江戸川さんはいつも通り謎が解けたようで、事故ってことにして帰ろうとする哀さんに向かって「今からお前に真実を見せてやるよ」と言った。

「この世に解けない謎なんて…、塵一つもねえってことをな!」

なんか名言っぽいので拍手をしておいた。
気を良くした江戸川さんが「じゃ、探偵は任せたぞ」と言って変声機を手にしたのと容疑者達が帰ろうとするのを横溝刑事が引き留めたのと私が全てを悟ったのは同時だった。

「ちょっと待ってください!」

なんて江戸川さんが私の声で勝手に喋りだしたので、皆がこっちを振り返る。あっ!こいつ強硬手段に!!ついに「やってくれよー」のお願いすらしなくなりやがった!!
まずい、このままでは腹話術人形にされてしまう。しかし焦る私よりも推理を披露しようとする江戸川さんの方が口を開くのが早かった。

「わかったんですよ、密室を作り出したトリックが…それを実行した犯人もね」
「おお、本当かね!早希子君!」
「いや、全然わかってな「留守番電話のカセットテープとチェスの駒を使えば密室を完成させることができるのよ」………」

江戸川すげえ喋るじゃん。
肝心のトリックは江戸川さんが代行してやってみせてくれ、博士と哀さんのフォローもありながら私の初推理ショーは幕を閉じた。
これが女子中学生探偵『工藤早希子』誕生の瞬間である。どうすんの?横溝刑事はマジで私が名探偵だって信じてるよ。
江戸川さんに「なんでお姉ちゃんを助けてくれなかったの」と堰を切ったように泣きじゃくる哀さんを慰めつつ、頭の中は自分の今後の想像でいっぱいだった。もう私も泣きたいよ。

pumps