YOUは何しに博多へ?

「最近、蘭の様子がおかしいんだよ」

すっかり空気も冷え込み、寒くなってきた頃、博士の家に遊びに来た江戸川さんが言った。
どうせバカップルの惚気だと思うので興味はなかったが、私はとても優しい心の持ち主なので博士に淹れてもらったココアを飲みながら「おかしいってどういう感じ?」と一応聞いてあげた。
江戸川さん曰く、電話を掛けてもそっけないし、前みたいに「新一!新一!」と言わなくなったし、ここ最近毎日のように夕方から夜にかけてどこかへ出掛けている。本人は空手部の強化練習だと言っているが、それにしては鼻歌まじりに随分と嬉しそうに出て行くんだとか。
どう考えても単なる空手の練習とは思えない。その姿はまるで…なんていうか…と言葉を濁す江戸川さんは私をちらりと窺うと「同じ女の目線で見てどう思う?」と聞いてきた。

「そりゃまあ、普通に考えて他に気になる相手がいるんでしょうね」
「な……誰だそいつ!」
「知るかよ」

江戸川さんはしばらく考え込んだ後、自分のココアを一気飲みした。良い飲みっぷりである。
きっとお兄ちゃんに構う暇がないほど蘭ちゃんは今忙しいんだろうな。
横目で見ながら、膝に置いていたマフラーの続きを編もうと手を動かす。

「…って何してんだ、それ?」
「編み物だよ。マフラー作ってるの」
「お前が?つーか、途中から色変わってるぞ」
「使ってた毛糸が無くなっちゃったからさ。博士にもらったやつ継ぎ足したの」
「だからってオレンジと紫はパンチ効き過ぎだろ…」

博士の家には紫の毛糸玉しかなかったんだから仕方がないだろう。
普段使いには中々勇気がいる斬新な配色に引きつつ、江戸川さんは棒針を慣れた手つきで動かす私を意外だと言わんばかりの顔で見ていた。

「なんだ、意外と上手いもんだな」
「メリヤス編みなんて初歩の初歩だもん。単純だから小学生でも出来るよ」
「ふーん。でもなんでまた編み物なんて始めたんだよ。オメーそういうの興味ねーだろ」
「興味ないけど蘭ちゃんに誘われたからやってみようかと」
「蘭に?あ、あいつもマフラー作ってんのか…?」
「いや、セーターですね」
「セーター!?」
「しかも男物」
「男物!?」

私の発言に衝撃を受けたらしい江戸川さんは、小刻みにぷるぷると震えだした。その姿は生後20日の子犬を連想させる。
そう、蘭ちゃんは今セーターを編んでいる。なんでもお兄ちゃんにプレゼントするつもりらしく、おばさんの所で教えてもらいながら編み物修行中だ。
そんな彼女に「さっちゃんも一緒にやらない?」と誘われたので棒針を借り、編み物初心者の定番・メリヤス編みでマフラーを作り始めたのだ。
……ってあれ?この話って江戸川さんに言っていいんだっけ?新一には秘密よって言われたから江戸川さんはOKか?いや、ダメだわ同一人物だもん。

やっべー、サプライズなのにバラしちゃったーと焦るが、江戸川さんは子犬のままだ。どうやら彼は蘭ちゃんが別の誰かを好きになってその人に手編みのセーターをプレゼントする気だと思っているらしい。
えーっとセーフかな?ていうか私が「他に気になる相手ができたんだろうね」なんて言ったからそう勘違いしてるんだよね。うん、適当なこと言っちゃったけどそのお陰でバレてないみたいだから結果オーライだな。
子犬状態の江戸川さんを放置して、ココアを一口。ちょっと可哀想だけど、どうせその時が来れば「なーんだ俺のだったのか」みたいな感じで全部解決するから問題ないな。


それから約1カ月後。
蘭ちゃんが「新一に渡して」と私の元に手編みのセーターを持ってきた。絶賛行方不明中の人に渡してって普通なら無茶言うなという感じだが、奴の場合は自発的に姿を消した(という設定)のであって電話だって寄越してくるので、流石に家族には居場所を伝えていると思ったのだろう。

「あいつ私には全然教えてくれないけど…今、どの辺に居るとか連絡あった?」
「え、えーっと……博多…」
「博多!?博多でどんな大変な事件が起きてるのかしら…」

明太子殺人事件とかじゃないかな…とは言わず、曖昧に笑っておく。今回ばかりは知らないと答えるわけにもいかないので現在地博多にしちゃった。
郵送することになるのでお金を渡すと言われたがそんなもの受け取るわけにはいかないので「着払いにさせるから」と言って慌てて断った。本当は米花町5丁目にいるから郵送も何もないし。

「そうして一度私を経由してお兄ちゃんの元に届いたのがこちらのセーターになりますね」
「お、おう…わりーな」

博多へ郵送するのに掛かる日数調整のためにある程度日を置いてから、博士の家にて蘭ちゃんの手編みセーターを江戸川さんへ贈呈する。
例の間男の件は勘違いだったとわかり、彼は照れくさそうに新一用のセーターを着た。だっぼだぼ。
江戸川さんが蘭ちゃんへお礼の電話をする横で、我関せずと見向きもしないでパソコンを弄る哀さんに私はマフラーを差し出す。

「私が作ったマフラーは哀さんにあげるね」
「あら、ありがとう……でもこんな素敵なもの私には勿体ないから気持ちだけ受け取っておくわ」
「あ、哀さん…素敵なものだなんて…」
「そうね、こういったものは大切な人…家族にでもあげるべきじゃないかしら」
「か…ぞく…?」
「ほら、あそこに丁度あなたのお兄さんがいるわよ」

なるほど、こういうのは家族にあげるのか。
電話を終えた江戸川さんの首にマフラーを巻き付ける。蘭ちゃんの手編みセーターに、私の手編みマフラー。こりゃ最強じゃねーか。
この素晴らしい組み合わせに、江戸川さんは引き攣った顔で「正気か…」と呟いた。正気だぜ。

後日、何故かお父さんから「手作りのマフラーをありがとう」という電話がきた。私が作ったのは江戸川さんにあげたもの一つだけ。
何かと間違えてないか、と思ったら「でもオレンジと紫の組合せはパンチが効き過ぎてるなあ」と笑われる。
江戸川の野郎、私の力作をお父さんに押しつけやがった。

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