命がけの復活

とある週末、とんでもない事件が起きた。
江戸川さんが銃で撃たれて重体だと言う。私がそれを聞いたのは、病院に運ばれた彼が無事に手術を終えた後だった。
朝一番で掛かってきた博士からの電話で目覚め病院まですっ飛んできた私が見たのは江戸川さんのベッドにもたれ掛るようにして眠る蘭ちゃん。
状況が呑み込めない私に、昨夜から寝不足気味の博士が事のあらましを説明してくれた。
小嶋先輩らと行く恒例のキャンプ(引率:博士)にて鍾乳洞を発見し、探検しようと入ったところで逃亡中の強盗犯三人と遭遇、色々あって全員逮捕できたそうだが、連中が持っていた拳銃によって江戸川さんは負傷。弾は貫通していたものの当たった部位が悪く、出血も多くて本当に危険な状態だったらしい。
しかも運悪く江戸川さんと同じ血液型の保存血が底をついていて、代わりに蘭ちゃんが輸血を買って出てくれたそうだ。その上夜通し看病してくれたというのだから江戸川さんは愛されている。

「ていうか、なんでもっと早く教えてくれないの?……一応身内なんですけど」

一歩間違えたら死んでいたかもしれないのだから、遅くてもせめて手術中に知りたかったものだ。
責めるわけじゃないが、状況が状況なのでややトゲのある聞き方をした私に博士は慌てて謝罪をした後「もう随分遅い時間で、わしらも事情聴取やら何やらバタバタしておってのう」とすまなそうに言った。
現場にいた大人は博士一人なわけだし、そりゃ大変だっただろう。まあ、博士が教えてくれてよかった。そもそも本来なら江戸川さんが怪我をしたからってすぐ私に連絡が来ることはないのだ。
江戸川さんは『毛利小五郎』が預かっている子供であり、私とは特に何の関係もない。一応遠縁の顔見知りって設定はあるっぽいけど彼が怪我をしたら真っ先に連絡が行くのはおじさんの家で、工藤家じゃないのだ。
だから今回はまあ、仕方がないな。警察や病院はおじさんの家にしか連絡くれないし、博士は事情聴取だし、蘭ちゃんは輸血で忙しかったみたいだし。

その蘭ちゃんなんだが、博士の目から見てちょっと気になる点があるらしい。
私達は病室のすぐ外で話していたのだが、中の蘭ちゃん達に万が一聞かれると困るという事でわざわざ1階ロビーまで移動することになった。
途中の自販機で買ったマ○ーを飲みながら、博士に「で、蘭ちゃんがどうしたよ」と続きを促す。

「それがその…もしかしたら、蘭君はコナン君が新一だとわかっているのかもしれん」
「え、なんで急にそんな話になるの?」
「ほれ、蘭君が輸血を申し出てくれた話はしたじゃろ?調べる前に彼女から言い出したんじゃよ、自分はコナン君と同じ血液型だって」
「ほお…」
「コナン君の血液型は教えてないはずなのに…、どうも最初から分かっていたみたいでな」
「そりゃあれだね、バーロ=江戸川って気付いたのかもね」
「え?バーロ?」

ズズーッと音を立てて○ミーを飲み干す。
てか私も同じ血液型だから呼んでくれたら輸血したのにー、なんて話は置いといて江戸川コナンの血液型は、誰にも教えていないはずだった。
バーロと同一人物なんだから別に調べる必要はなかったし、誰かに教えてほしいと言われたこともなかったからずっと放置していた。日常生活において血液型ってあまり重要視されないし。
だから、江戸川さん本人が教えていないなら蘭ちゃんがそれを知る機会はなかったはず。なのに調べる前から「同じ血液型だから」なんて言えたのは蘭ちゃんが江戸川さんの正体をバーロだと疑って…いや、確信しているからだ。

「まあ、もしかしたら新一が自分で言ったのかもしれんが…」
「でもそんな血液型の話する機会なんてある?」
「ほれ、占いとか」
「ああ…なくはないね。でも蘭ちゃんが正体疑うような出来事なんて今まであった?」
「ふむ…うーん、微妙じゃのう」

これまでの事を思い出そうと二人揃ってうんうん唸る。この前のスケートの時は普通だったと思うんだけど、あの後でまた何かあったのかな?
蘭ちゃんって結構抜けてるし、外交官の時ですら誤魔化せていたから江戸川さんを怪しむことなんてないと思っていた。
けど、バーロがいなくなってから入れ替わるように江戸川さんが現れて、しかも現場荒らしが趣味で大人顔負けの知識を持っていて、へっぽこだったおじさんが眠りの小五郎なんて異名がつけられる名探偵になって……って、よく考えたらこれ普通気が付くだろ。むしろ今まで気付かれなかった方がどうかしてたわ。
あの狂気を感じるぶりっ子も「僕、何も知らない純粋な子供です」アピールだが冷静に見たらわざとらし過ぎて全然誤魔化せてないし、本人も隠す気がないとしか思えないほど自由なので一度どこかで奴に違和感を持ったらそのまま一気にバーロ=江戸川の答えに辿り着けそうだ。

この件に関しては他人があれこれ考えても答えはでない。結局本人に思い当たる節がないか聞くのが一番だろう、と病室に戻ることにした。
私達の記憶にはないが、二人でいるときに、普段の共同生活の中で何か引っ掛かるものがあったのかもしれない。それで蘭ちゃんはふとした瞬間に数珠繋ぎで気が付いてしまったのかもしれない。


「コナンになってから血液型なんて誰にも言ってねーよ…」

昨晩の疲れが溜まっている蘭ちゃんをおじさんが無理矢理車に乗せて家まで帰って行くのをしっかり見送ってから、血液型について訊ねた私達への江戸川さんの回答がこれだ。やっぱりバレてるなこりゃ。

「じゃが、いつから蘭君は君を疑っていたのかのう…」
「俺も色々考えてみたんだけど多分母さんが帰ってきた時……、俺と母さんと早希子で群馬行った時辺りからじゃないかって」
「えー、そんな前から!?でもこの前普通だったじゃん!」

群馬行った時って、お前よくそれで平気な顔してぶりっ子してられたな!
江戸川さんの話によると群馬に行く前日、とある事件に関わっていたのだが、ひょんなことから蘭ちゃんは江戸川=バーロでは?と疑い始め、事件の捜査中もずっと様子を窺い、最終的にバーロで間違いない!と思ったらしく我が家の前で問い詰められたところをタイミング良く帰ってきた母が上手く助けてくれてその場で疑いは晴れたんだとか。
………と江戸川さんは思っていたのだが、実際は違ったんじゃないかって事みたい。
実は蘭ちゃんは江戸川=バーロ疑惑をその後もずっと心の奥底に持ち続けていて、江戸川さんが怪しい行動を取れば取るほど「やっぱり新一なんじゃ?」と疑惑は確信へ変わり、今回の輸血事件に繋がるわけだ。

江戸川さんは蘭ちゃんに想いを馳せているのか、今後の身の振り方について考えているのか、ぼんやり天井を眺めていた。
博士と私は顔を見合わせる。なんかマジでヤバそう。
術後だからか顔色も悪く見えたので「マ○ー飲んで元気だしなよ」と手に持っていた○ミーを差し出すと静かに受け取り「空じゃ…ねえか…」という小さなツッコミをくれた。もっと腹から声出せ。

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