命がけの復活2

あれからちょくちょく病室に顔を出していたのだが、私が話しかけても江戸川さんはいつも上の空で、時折何か悩んでいるような難しい顔をしていた。蘭ちゃんに自分の正体バレてる疑惑が頭から離れないらしい。
もういっそ全部話しちゃっても良い気がするけど、どうなんだろうね?本人の気持ちとか話すことによって生じる危険性とか色々難しい問題だから、外野があれこれ口を出すわけにはいかない。きっと江戸川さんの頭の中では沢山の選択肢がぐるぐると回っている事だろう。
でも、どうするべきかずーっと悩んでいるくらいなら事情を知る誰かに相談すればいいのに。この場合一番近くにいるのは私か博士だが、相談相手として適していないのか私達には何も言ってくれなかった。
でもお見舞いに行って私渾身の面白トークを全てスルーされるのはむかつくのでどうにかしてほしい。と、博士に愚痴をこぼすと気を利かせてとある人に連絡をしてくれた。


「こんにちはー」
「おう、邪魔しとんで」

翌日、学校帰りに江戸川さんの病室に寄ると昨夜博士から連絡を貰った服部先輩がきていた。
久しぶりやな、と学生服姿で軽く手を挙げた彼を見て思わず「昨日の今日でもう来たのかよ」と言いそうになる。その格好はもしかしなくても学校帰りか?この人もフットワーク軽い一族の出身か。
博士が江戸川さんの相談相手として選んだ服部先輩は、私達の期待通りに江戸川さんの悩みを聞きだし、話をしてくれていたみたいだ。下の自販機で買ってきた○ミーを珍しく上の空じゃない江戸川さんに渡す。

「これ、マ○ー買ってきたよ」
「なんや工藤、お前縮んで味覚まで変わったんか」
「ちげーよ、バーロ…」
「マ○ーをバカにしないでください!」
「おお、すまんすまん」

○ミーはな、安くて美味しい最強の乳酸菌飲料なんだぞ!思わず熱くなると服部先輩は「せやな」と適当に笑って私の肩に手を置いた。本当はヤク○トの方が好きだけどそれは内緒な!
そんな私達を横目に江戸川さんは今回も空を寄越してきたんじゃないかと疑っていたらしく中身が入っていることに地味に驚いていた。私だっていつもゴミ渡しているわけじゃないんだから。
マ○ーの美味しさを布教しようと自分用に取っておいた分を服部先輩にあげると一言お礼を言ってから彼はストローを刺して「さっきの続きやけど…」と江戸川さんに向き直った。

「あの姉ちゃんが気ィついてんのやったら、ゆわへん理由は一つだけ。待ってるんや…お前の口から直接話聞かせてもらうんをな」

真剣な声色でそう言って静かにマ○ーを飲み始める服部先輩に、まさかそんなことを言われると思っていなかったのか驚いた顔で○ミーを飲む江戸川さん。あげちゃったから私の分がない…。
思いの外真面目な雰囲気で存在が不真面目な私は居心地が悪くなってきたので「マ○ーがないから今日は帰るね」と二人に告げて病室を出た。私からマ○ーを受け取った服部先輩が責任を感じたのか「俺が買うたるで」と言ってくれたが断わっておいた。別にええんやで。


その二日後から帝丹高校では学園祭が始まった。
土日で行われるので私も土曜日は友達と遊びに行った。来年自分達が通うかもしれない高校なので下見も兼ねていたが、正直中学とそんなに変わらないな、と言うのが我々の感想だ。
散々はしゃぎ回って学園祭を満喫したその日の夜、ご飯を食べながら明日の過ごし方について考えた。明日は特に誰とも約束していないが、蘭ちゃん達のクラスの劇があるのでそれだけ観に行こうかと思っている。蘭ちゃんと園子ちゃんにも「観に来てね!」と誘われてるし。
丁度江戸川さんが退院する日でもあるので、奴も恐らく観に来るだろう。おじさんが観に来るはずだから家で一人お留守番なんてありえないだろうし。
私も一人で行くのは嫌だし、江戸川さんと合流しようかな。それか哀さんでも誘うか、なんて考えていたら博士から呼び出された。
何事かと思えば服部先輩から私宛に電話がきたそうで、大事な話らしいからすぐ連絡してくれと受話器を渡された。
服部先輩が私に何の用だ?とかけ直せばつい先日聞いたあの明るい調子で頼みがあるのだと言われる。

『明日あのねーちゃんの高校で学園祭があるんやろ?一緒に行かへん?』
「なんで?ていうか先輩明日またこっち来るの?お金あるなあ」
『それはええわ。工藤の奴、正体バレたかもって悩んどったやろ?ここは俺が一肌脱いでやろうっちゅーことでな、手伝ってくれへんか?』
「はあ……?」

手伝うって、何を?
突然すぎて困惑している私から何故か「Yes」という返事を得たと思ったらしい服部先輩は待ち合わせ場所と時間を一方的に決めると「ほな、明日!」と元気良く電話を切った。スピード感がすごい。
次の日、どうしようか迷ったが、すっぽかすわけにはいかないので約束の時間に待ち合わせ場所へ向かう。そこで待っていたのは予想外の姿をした服部先輩だった。

「何すか…その格好…」
「見てわからんか?工藤や。工藤の変装」

にしてはクオリティが低すぎるだろ。
深く被った帽子を取って見せるドヤ顔の服部先輩。確かに肌はパウダーを使ったのかいつもと違って白いし、髪型もバーロに寄せているし、元々の背格好も似ているので遠目から見れば誤魔化せるかもしれないが、顔はそのまま服部先輩なので近づけばアウトだ。目と眉が見えた時点で終わる。
反応に困る私に、彼は「今日工藤も来んのやろ?」と聞いてくる。

「俺が工藤のフリしてねーちゃんの前に現れる。ちっさい工藤と二人一緒におるんをあの姉ちゃんに見せれば疑いは晴れるわけや」
「ちなみに標準語喋れるんですか」
「無理やな」
「声変えられるんですか?」
「出来たらやっとるわな」

そうだよね、出来たら最初からやってるよね。流石に本人も自分の変装が完璧ではない事に気が付いているようでサポート役に私を呼んだらしい。
妹の私が一緒に居れば、それはもう工藤で間違いないだろうと。多少話し方と声と見た目が違っても妹の私がお兄ちゃんだと肯定すれば、それはもう工藤で間違いないだろうと。
そこまで聞いて、一つの可能性が私の頭の中を過った。

この人……もしかしてバカなんじゃないか…?

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