命がけの復活3

『服部先輩、意外とバカ説』に気が付いた私は不安を抱えつつも自信たっぷりに「ほな行こか!」とずんずん進んで行く先輩の後を追って帝丹高校までやって来た。
今すぐその低クオリティな変装をやめさせたいと思ったが一応彼なりにバーロのためを想ってやってくれたことなのであまり無下にはできない。本人は善意でやっているってのがめちゃくちゃタチ悪いな。
昨日と変わらず沢山のお客さんで賑わっている風景は平和そのものだ。高校の場所は分かっているが、どこで蘭ちゃん達の劇がやっているのか知らない服部先輩が一度私の方を振り向く。
と同時に向かいから見知った顔が歩いてくることに気が付き、慌てて先輩の腕を引いて物陰に身を隠す。

「ストップ!こっち、隠れてください!」
「なんや?どうした」
「あそこにお兄ちゃんのクラスメイトが歩いてます。見つかるとまずい」
「ええやん。工藤が帰って来たって印象付けたるか」
「やめろ」

いきなり飛び出そうとする先輩の腕を掴んで必死に止める。3歳児並みにふらふらするなコイツ。
お兄ちゃんのクラスメイトの様子を窺うとどうやら自分達の演劇の宣伝をしているようだった。

出入り口で貰ったパンフレットを見ると蘭ちゃん達の劇の開演時間まではもう暫くあった。とは言えゆっくりしてるほどの余裕はないので恐らくお姫様役の蘭ちゃんや騎士役の人は台本のチェックなど最終確認に入っている頃だろう。
あまり早い時間につくと準備中の蘭ちゃんが遠目から見て勘違いして飛び出してくる可能性があるし、たとえ喋らないようにしたとしても明るい場所で誤魔化せるとは思えない。
やっぱり劇が始まって席を立てない状態で江戸川さんの隣に座り、舞台上の蘭ちゃんに「新……一…?」と思わせるのがベストだろう。この程度の変装なら照明が消えてないとキツイわ。
劇が終わったら服部先輩にはすぐに帰ってもらって、私があとで「お兄ちゃんが観に来てたんだよ」とでも言えば良いだろう。正直それでも蘭ちゃんを誤魔化せるとは思えないのだが、服部先輩は大満足なはずだ。

よし!と心の中でプランを練り、ほっとくとふらふらする先輩の腕を引っ張ってできる限り人に会わない裏道を通る。

「ほら、行きますよ。私が引っ張りますんで顔は上げないように。もっとキリキリ歩いてください」
「なんでこんな連行中の犯人みたいな扱い受けなアカンねん…」

拗ねたような口調にてめーがそんな格好してきたせいだと言いたくなるがグッと堪える。
この学校…いや、米花町での工藤新一の名を甘く見るな。少なく見積もっても認知度は90%、一回見つかると囲まれるし、写真撮られてサインと握手求められるし、何より下手な物真似してると過激派の工藤新一ファンに殺されるぞ。
とにかく本来の目的(江戸川さんの隣に並んで潔白の証明)を果たしたいならその道中は絶対誰にもバレないよう気を付けなくてはいけない。注意を払うのは蘭ちゃんやクラスメイトといった親しい人だけじゃない。周りは全員敵だと思え。


そんなありえない緊張感に包まれながらもなんとか無事に目的地である体育館まで辿り着いた。キョロキョロ辺りを見回し、知っている人がいないことを確認してからトイレの方へ向かう。

「えー、分かっていると思いますけど、先輩の変装は蘭ちゃんと対面して言葉を交わせるレベルに達していません」
「な……!?」
「何驚いてんだ」

どっからどう見ても無理だろ。なんだこいつ…と思いつつ「だからここで待っててください」と小声で続ける。
作戦としてはまず私が一人で会場に入り、江戸川さんと合流。事情を説明して協力してもらい、彼の隣の席を確保。そのまま私は座って待機し、劇が始まって少ししてから服部先輩が入ってきて取っておいた席に座るというわけだ。
それまで男子トイレに隠れててと言えば本人は「なんや回りくどいなぁ」と不満げだったが黙らせる。これ以上はもう無理だって。これですらギリギリなんだから。

開幕時にブザー音と放送が流れる筈なので体育館のトイレに居れば入るタイミングは掴めるだろう。
なんて話をしてたら、前のクラスの発表が終わったのか中から一気に人が出てきて周囲が騒がしくなった。そろそろか、行かないと。

「始まったら途中から来てください。早くても照明が消えてからですよ。明るいうちに来んなよ!!」
「わかったわかった!口の悪いやっちゃな…」

頭を掻く先輩に帽子取らない!と注意してから体育館内へ足を踏み入れる。
人が多く、ざわざわと騒がしい館内で一際背の低い眼鏡小学生を探すのは中々難しかった。江戸川さん、どこだろう?
飲み物を買い求める模擬店の列に並び、私もコーラを買う。服部先輩の分は……別にいらないか。

飲み物片手に江戸川さんを探していると「あ、工藤の妹」「工藤の妹じゃね?」とこそこそ話している声が聞こえてくる。
嫌だわこの高校……志望校変えようかな……と思っていると後ろから聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。

「あ、おじさん。江戸川さーん!」

振り返れば眠りの小五郎ことおじさんと探し求めていた眼鏡の方。やったー!見つけたー!
大きく手を振ると私には好意的だがバーロのことは気に食わないおじさんは「あの探偵小僧はいねーだろうな」と周囲を窺いながらこっちへやってきた。本人は足下、偽者はトイレにいますよ。

「何?おっちゃんの知り合い?」

なんて思っていたら突然、おじさんの背後からひょこっ、と見たことのない女の子が顔を出した。
髪を高い位置で一纏めにしているちょっと勝ち気そうな可愛い子だ。え?誰?

「蘭の幼馴染みの早希子ちゃんだよ。こっちは蘭の友達の和葉ちゃん」

私の代わりにおじさんが紹介してくれた。宜しくーと笑顔で手を振り合う。
蘭ちゃんの友達か、可愛いな。と思っていたのは私だけではないようで和葉ちゃんは「あんたむっちゃ可愛いな!アイドルみたいやわ」と言ってくれた。
え、関西弁………?あまりの衝撃に何も言えないでいる私を不思議そうに見つつおじさんがうちの母親が元女優だと教える。いや、あのちょっと待って、関西弁?

トイレに押し込んだ偽者を思い出す。蘭ちゃんの友達で大阪の子ってことは、服部先輩の関係者か?こんな身近なところで無関係の関西人が集まるわけないよな?
うわー、あの野郎彼女連れてきたのかよ。難易度上げやがって、こんなん絶対バレるじゃん。
やべー、と焦る私の胸中など知らず、和葉ちゃんに隣の席を勧められて腰掛ける。並びとしてはおじさん、和葉ちゃん、私、江戸川さんだ。
すぐさま江戸川さんの横の席にパンフレットを置いて場所取りをする。よし、仕事終わり。

「そっち誰か来るん?」
「うん、ちょっと遅れてくるから席とっといてって」
「早希子ちゃんの隣じゃなくてええの?」
「うん、私はその人の隣に座りたくないから」
「そ、そうなん…?」

どんな奴が来るんだよ、と突っ込まれそうな回答だったが和葉ちゃんは困惑しつつも曖昧に流してくれた。助かる。
開演まで暇なので、横の和葉ちゃんと色んなお喋りをする。年上なので先輩呼びの方がいいかと思ったが、本人がちゃん付けを許してくれたので和葉ちゃん呼びになった。私もあだ名で呼んでくれ。
彼女は私を気に入ってくれたのか可愛いなぁ可愛いなぁと何度も言ってくれた。
確かに私は顔だけは母に瓜二つで天使並みに可愛いので小さい頃から沢山ちやほやされてきたが、ここまで褒められたのは久しぶりだったのでなんだかペットショップの犬になった気分だった。
昔、私が可愛い欲しいと両親に駄々をこねたチワワもこんな気持ちだったのだろうか。

「蘭ちゃんと言いさっちゃんと言い、いかにも東京の子って感じやわ」
「?東京出身なので…」
「垢抜けてるって意味だろ」

会話を聞いていたおじさんが笑いながら言う。
すげー褒めてくれるじゃん何これドッキリ?と思っていたら何か違和感。
こんな時、余計な一言を入れてきそうな江戸川さんが何も言わない。ていうか、今日は随分静かじゃない?
横の眼鏡に「眠いの?」と話し掛けるが無視された。こほこほと小さな咳をしているし、まだ具合が悪いのかな?
飲みかけのコーラをすすめたが普通に手で断られた。

「さっちゃん、その子と仲良えの?」
「うん、マブダチ」
「へー、そうなんや」

小1をマブダチと紹介されたらもうちょっと引いても良さそうなんだが、和葉ちゃんもちょっとズレてるのかな。
そんなマブダチ発言にも江戸川さんは突っ込んでこなかった。おいおい、私が今ボケてるのにマジかよ。
江戸川さんへの偽者の説明どうしよう。マブダチをスルーするくらい具合が悪いみたいだし全部終わってからでも良いだろうか。
考えていたら照明が消え、ブザーが鳴った。

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