命がけの復活4

どうしてかなー?どうしてこうなるのかなー?

「青酸カリや…」

途中まではよかった。劇は面白いし、横のおじさんと和葉ちゃんが一々うるさいのはまあ、置いておいて、途中までは計画通りというか、服部先輩もちゃんと照明が消えてから来てくれたし、何の問題もなかったはずだ。

「多分この兄ちゃん、青酸カリ飲んで死んだんやろな」

このまま普通に終わると思っていたのに、劇の中盤の盛り上がりで観客が死ぬなんて予想できる?演技とかじゃなくてマジのやつ。
突然苦しみだし、倒れこんだ男性に周囲は騒然。劇は中断、暗かった体育館内も明るくなって、通報によって目暮警部がやって来た。
そしたら隣の隣に座るアホがさー!遺体の側に寄って自分の考えをベラベラ言っちゃうわけよ。名探偵のおじさんと警察を差し置いて急に死因について的確な推理始める奴がいたらみんな気になるでしょ?何だお前ってなるでしょ?
目暮警部に「何なんだね?君は…」と問いかけられ、私の隣の隣に座っていたアホは「俺や…」と静かに帽子を取った。

「工藤新一や」

はい、アウト。
モノマネ番組ならこの時点で幕を下ろされている。顔が似てないっていうのもそうだけど、口調と声が似ても似つかないからね。
工藤新一の名に、館内の人々はざわつくがその殆どは「工…藤?」「関西弁…?」「なんか違くね…?」と溢れでるパチモン感に困惑しているようだった。ええ、パチモンですよ。

「眼鏡の坊主に電話もろて早希子と一緒に姉ちゃんの劇観に来たったんや!」

ただ一人この空気が読めないらしい彼は明るい調子で蘭ちゃんにそう言った。その距離にいて蘭ちゃんの「え…何こいつ…」という顔が見えないのだろうか。
驚くことに全く見えないらしいアホは席に座っていた私を無理矢理立たせて引っ張りだし、肩を抱くと江戸川さんと私に同意を求めた。

「な、そやろ!な、早希子!」

やめろ私達を巻き込むな。
みんなから注目され、死んだ目をしていると和葉ちゃんが寄ってきて「何してんの平次?」と聞いた。ほら、バレてるぞ。

「さっちゃんに馴れ馴れしい真似して、何なん?」
「馴れ馴れしいて…俺達は仲良し兄妹やから」
「はー?何意味わからんこと言うてんの?顔にパウダーつけて髪型変えて…ここで歌舞伎でもやるん?」

和葉ちゃんが指で服部先輩の頬をなぞると元の黒い肌が現れる。
それでも取り繕うとするがおじさんに一喝され、これ以上は無理だと判断した先輩は慌ててパウダーを落として髪型も戻し「そやそや!冗談や冗談!」と笑って誤魔化した。だから明るい所じゃ無理だって言ったのに。

「あー、くそ…俺の巧妙な計画が和葉のせいでパーや」
「私は最初からこうなるって分かってましたよ」
「和葉が居るって知っとったんか?なんで言わんねん!」
「いや、和葉ちゃんが居なくてもこうなるって分かってましたよ」
「へ?」

なんだその顔は。
本気でわけわからんみたいな顔やめて欲しい。わけわからんのはこっちだ。
なんて、こそこそと話していた私達を不審そうに見る和葉ちゃん。

「なあ、さっきから何の話?平次とさっちゃんって知り合いなん?」
「あー?お前には関係ないやろ別に…」
「何なんそれ!?」

正体がバレたのは和葉ちゃんのせいだと信じている服部先輩は冷たい態度を取ると事件が気になるのか被害者の友人らに話を聞いている目暮警部達の方へ行ってしまった。
残された私に、和葉ちゃんは「どういうこと?」と説明を求める。

「さっちゃんと平次って…仲ええの?」
「いやそんなに…服部先輩はお兄ちゃんの友達だし」
「お兄ちゃん?」
「あの悪名高い工藤新一です」
「く、工藤!?ってあの…平次の……」

そこまで言って、ハッとしたような顔になるとすぐに何か考え込む素振りをみせる和葉ちゃん。私達が騒いでいるのに気が付いた蘭ちゃんがお姫様の衣装のまま「どうしたの?」とやってきた。
よくわからない、と私が答える前に和葉ちゃんが口を開く。

「さっき平次が言うてたけどもしかして今日二人一緒に来たん…?」
「え?まあ……」
「やっぱり、やっぱり……平次の言う工藤って女やったんや!さっちゃん、女の子やもんな!」
「?女だね…」
「やっぱり!」

私の性別って一見してわからないものだろうか…?
どう返せば良いか迷っていると蘭ちゃんが「も、もしかしてまだ疑ってたの?」と困ったように言う。

「和葉ちゃん、服部君の言う工藤は男だって…」
「そういって、蘭ちゃんのことも騙しとるのかもしれんやろ!?どうなんさっちゃん!?」

何がどうなん?
とか聞き返せる雰囲気じゃなかった。和葉ちゃんは平次のやつ中学生に手ェ出しとるんか!?とお怒りである。全然わからない…何の話…?
蘭ちゃんに視線を向けると私が話についていけてないことに気が付いた彼女は、和葉ちゃんを宥めつつ私に一から説明してくれた。
どうやら服部先輩は江戸川さんと親しくなってから連絡を取りあっているようなのだが、複雑な立場に置かれている江戸川さんへの電話という行動を彼なりに配慮した結果、事情を知らない和葉ちゃんの目には『聞かれたらまずい知らない誰かとこそこそ電話している』ように映るらしく彼女は服部先輩が工藤という女とよろしくやってると長らく勘違いしていたそうだ。
工藤が男という話は既にしてあるのだが、こそこそ電話は未だに続いているので「他に誰か女がおるんや!」と思っていたところで工藤という女こと私が登場。工藤ってやっぱり女やん!ってわけらしい。
いや、そんな疑われても私は先輩の携帯番号すら知らんぞ。

結局蘭ちゃんが上手く取りなしてくれたが、まだ和葉ちゃんは疑っているようだった。一緒にここまで来て席まで取っていたのが相当まずかったらしい。
ちょっと先輩ー?彼女にいらん心配させないでくれる?
その先輩は、江戸川さんに話しかけるもスルーされていた。今日の江戸川さんは私のこともシカトするから仕方がない。
いつもと違って全然現場を荒らしていないので、かなり体調が悪いみたいだ。

外で雨が降り始めた頃、被害者の車のダッシュボードから毒物が発見されたと目暮警部が言った。
元々被害者は様子がおかしく、自殺をするだけの理由はあるらしい。
ということで、やはり自殺では?と話が纏まりかけた時だった。

「いや、これは自殺じゃない…」

騎士役の人が静かに口を開いた。
役名は黒衣の騎士スぺイドだったか、その名に違わず黒ずくめの衣装のままなので仮面に隠されて顔は見えない。

「極めて単純かつ初歩的な殺人です」

けど、やけに聞き覚えのある声だった。
あれ……あのうざい人の声と似てないか?ちらりと江戸川さんを見る。
頭の中に浮かんだ一つの可能性は、この状況ではあり得ないものだった。あれ?あれれー?
黒衣の騎士は自分の顔を覆い隠す仮面を取りながら続けた。

「ボクの導き出したこの白刃を踏むかのような大胆な犯行が、真実だとしたらね」

仮面の下から現れたのは本物の工藤新一だった。

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