命がけの復活5

く…、く、工藤!?

黒衣の騎士の正体に、この場にいる殆どの人の声が綺麗に揃った。もちろん私もだ。あいつ…工藤じゃね…!?
思いも寄らない人物の登場に驚愕する。江戸川さんはすぐそこにいるのに、私の目の前にも本物のバーロがいる。
黒衣の騎士がバーロでバーロが江戸川で江戸川はバーロで……??江戸川さんとバーロを交互に見るが、さっぱり状況が掴めない。あいつも工藤だろ?こいつも工藤だろ?
私と同じ行動をしていた服部先輩がどういうこっちゃ、と言いたげな目でこちらを見てくるが私も知らんわ。
帝丹、いや米花町の有名人の登場に館内は湧きたつ。そして自然と始まる工藤コールに私は恥ずかしさで死にたくなった。工藤!工藤!じゃねーんだよ。

「シッ!静かに…祭りの続きはこの血塗られた舞台に幕を下ろした後で…」

バーロが指を立てて相変わらずの言い回しで注意をすればギャラリーは素直に従い、すぐに口を閉じる。ホントに嫌だこの学校……高校は別の所にしよう…。
私が志望校を変えるきっかけになったバーロは服部先輩に10円玉を借りると今回の殺人に使われたトリックの説明を始めた。詰まることなく全て見てきたかのように話し、犯人を突き止める姿にやはりこのバーロは最初からいて、話を全て聞いていたのだと確信する。
途中からすり替わったとかではなく、少なくとも殺人が起こる直前からずっとこの館内に黒衣の騎士として居たのだ。じゃあ私の隣の江戸川は誰なの?

ちょっとしたホラーに怯えている間に事件は解決。この推理力、間違いなくバーロだ。
もう少しで自殺として片付けてしまうところだった事件の真相に辿り着けてご機嫌の目暮警部が事情聴取へ立ち会わないかと誘うがバーロは用があるからと断る。いつもならノリノリで行くだろうに。
さらには自分が事件を解決したことは公表しないでほしい、と告げるものだから「最近謙虚だな…」と目暮警部も驚いている。やっぱり警部も工藤新一=目立ちたがりの出しゃばり野郎だと思っていたんだな。
服部先輩がバーロの傍に寄り、こそこそと何かを話し出す。

すると突然、バーロが苦しみだした。立っていられなくなったのか膝をつくと並んでいるパイプ椅子にもたれ掛り、そのまま意識を失う。
これは外交官の事件の時の江戸川と同じ現象だった。もしかしてこれ、また縮むんじゃない?焦る私と服部先輩を置いて、周りの人々が協力してバーロを保健室へと運んでいく。

***

バーロ曰く“血塗られた舞台に幕を下ろした”次の日の朝。
ここ最近見ていなかった珍しい顔がキッチンで朝食の準備をしているのを見て、思わず言ってしまった。

「なんで家にいるの?」
「俺が実家にいて何が悪いんだよ」

ムッとしたように返すバーロことお兄ちゃん。そうだね、確かにね。
昨日、彼が倒れた後、江戸川さん(仮)に事情を聞いたのだが、あの江戸川さんは哀さんの変装で、お兄ちゃんはその前の夜に哀さんが作ったアポ何とかの解毒剤(試作品)を飲んで元の姿に戻ったんだとか。
解毒剤はまだ試作品なので完璧とは言えず、とりあえず舞台の上で蘭ちゃんにだけこっそり会う約束だったのだが、事件が起きて真相が分かると欲が出てきたらしく大勢の前であんな派手な登場をしてしまったわけだ。
今日から以前のように工藤新一として登校することになったので、自宅で準備をしているのだが違和感がすごい。CGかと思うくらい違和感がある。
二人で朝食を囲むという久々過ぎる状況に戸惑いつつ焼き上がったトーストを齧りながら「コナンはどうするの?」と聞く。

「いつまでも哀さんにやっててもらうわけにはいかないでしょ」
「わーってるよ、頃合いを見て姿を消すつもりだって」
「え、殺すの?」
「物騒だなオメー…」

哀さんがコナンとして探偵事務所に残ってくれたため江戸川とバーロは別人であると証明できたが、ずっとそのままと言うわけにはいかない。親が引き取りにきたとか適当に理由をつけてさっさと退散させる予定だとバーロは語った。

「解毒剤ができたなら、あいつだって早く元に戻りてぇだろうしな」

そう続けたところでインターホンが鳴った。誰か来た、と言う前に二度目、三度目、と連続でベルが鳴る。朝から何!?
堪らずバーロが文句を言いに行くとそこには蘭ちゃんと江戸川さん(の姿の哀さん)。ホントに工藤新一が家にいるのか心配になってここまで迎えに来たみたいだ。
さっちゃんも一緒に学校まで行かない?と誘われるが久々のいちゃいちゃカップルタイムに私の存在は邪魔でしかないだろうと判断して断った。私は空気が読めるからね。


「じゃあ早希子、戸締りちゃんとしとけよ。飯は何にもないから買うか博士の所で貰っとけ」

その日の夜、お兄ちゃんはそう言って家を出た。大事な話があるから、と蘭ちゃんを食事に誘ったらしい。
場所は米花センタービルの展望レストラン。聞いてすぐにピンときた。奴はお父さんがお母さんにプロポーズをした思い出のレストランで自分も蘭ちゃんに告白する気なのだと。

「あそこのレストランって高いじゃん?お金どうする気かな?って思ったらお父さんのカード持っていったの。私があのカードで服買った時は我儘とか言ってきたくせに自分は使うんだから嫌だよねー」

博士の家で作ってもらったカレーを食べながら愚痴る。お父さんが「何かあった時に使いなさい」と残していったクレジットカードを使って高級レストランで彼女と食事ですか。学生は学生らしくファミレスにでも行ってろって感じだ。奴のロマンチスト思考には反吐が出る。
ばくばくカレーを食べる私に「新一は出掛けたのか」と博士が驚く。その反応に、何かまずい事でもあるのかと聞けば解毒剤の効果がそろそろ切れるかもしれないのだと続けた。

「あれは試作品と言っておったじゃろ?哀君の話だと計算上では2日も持たないらしくてな…今夜のうちにもしかしたら元に戻るかもしれん」
「やべーじゃんそれ」

良いムードで食事中にいきなりバーロが江戸川に戻るとか一番最悪なパターンだわ。こうしちゃおれん、とバーロの携帯に電話をかけるが、電源を切っているらしく繋がらない。
本人への連絡は諦めコナンに変装中の哀さんと連絡を取るため探偵事務所へかけるとおじさんが出た。江戸川さんに代わってもらうと既に蘭ちゃんがバーロと出掛けたという話は耳に入れていたようで、上手くおじさんを焚き付けて米花センタービルまで様子を見に行くことになっていた。話が早い。
途中で適当にバーロを呼び出して、そのまま急用ができたとか言って入れ替わってくれると言うのでバーロの帰りの運転手役として博士をそちらへ向かわせる。バーロのやつ、色んな人に迷惑かけてるな。

夕飯の後片付けをしながら博士の家で皆の帰りを待っていると帰ってきたのは博士と哀さん。あれ?バーロは?と聞けばやっぱり途中で元に戻ってしまったらしく、トイレで哀さんと服を交換して『江戸川コナン』として蘭ちゃんとおじさんと三人で探偵事務所へ帰って行ったみたいだ。
『工藤新一』は事件に呼ばれてまたどこかへ。レストランで置き去りって、蘭ちゃんきっと泣いたと思うよ。

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