犯人は後妻

何の連絡もなく急に母が帰ってきた。それはまあ、毎度のことなので特に驚かない。
今度は一体どうしたんだと思ったら、とある金持ちの命を狙う不届き者がいるのでそいつを探し出しに来たのだという。何それどういう状況。
よくわからないけど頑張れと言ったら「やだー、さっちゃんも一緒に行くのよ?わかってるくせにぃー!」と笑顔で返された。う、うぜえ、この感情が反抗期か。
そして今、母の運転(軽い地獄)でその金持ちの家へ向かっている。

元々は父が頼まれていた話らしいのだが、あの人は締切とか締切とか締切で色々忙しいので代わりに母が来たそうだ。
依頼人から父の元に届いた今回の件の資料をパラパラ捲る。えーっと命を狙われているのは藤枝幹雄(58)

「若い頃に資産家の令嬢と結婚。婿養子に入り、そのお金を使って裏で色々悪い商売をやっていたと有名。奥さんは半年前に亡くなって、愛人を後妻に迎えた模様。3日連続で脅すようなメッセージが本人の寝室の枕の下に置いてあったので犯人は多分家の中の誰か」
「そんな風に書いてあったかしら?」
「難しい言い回しが多いから自分なりに訳した」

悲しい事に、この資料を作成した人の知能指数が高すぎて中学生の全国平均を下回る学力の私にはまともに読めないのだ。まあ、日本の探偵ではなく海外にいるお父さんにわざわざ依頼するような人なんだからそりゃ頭良いか。

「愛人から昇格した後妻は藤枝素華、26歳…26歳!?」
「随分若い後妻だこと…ホント男って若い女が好きよね」

呆れたように母が言う。正直その一言で片づけられないレベルだ。
これ遺産目当てだって言われても仕方がない年の差だよ。まあ元々愛人だったんだし実際そのつもりなんだろうけど。

「この後妻が依頼人じゃないよね?他人事みたいに書いてあるし…依頼人って誰?藤枝家の人?」
「それが詳しくは聞き忘れちゃったのよね。優作ったら行けば分かるって言うんだもん」
「えー、むちゃくちゃー」
「あの人ってそういうところあるわよね!この間もね、私が…」
「あ、ここ左です」

いつもの愚痴が始まりそうだったので地図片手に遮るような形で道案内をしておいた。もういいから運転に集中して欲しい。
目的の藤枝家に辿り着いたのはその30分後。いかにもお金持ちのお屋敷といった感じで広い庭は隅々まで手入れが行き届いている。
母と「素敵なお家だねー。うちの庭もこんな風にしようよ」「そうねえ、でもお手入れ大変じゃない?」なんて話しながらインターホンを鳴らすとこほこほと咳をしている年老いた執事さんが出迎えてくれた。執事がいるって金持ちっぽくて良いよね。
依頼人が誰だか分からないが、藤枝氏は現在進行形で命を狙われていて忙しいだろうし、とりあえず元愛人の若奥様に取り次いでもらうことにした。
玄関近くの洒落たインテリアの値段を推理しながら待っていると、大きな足音を立てて若い女性がやってきた。どこか焦ったような顔をしている彼女を不思議に思いつつ母が口を開く。

「あら、あなたが藤枝さんの若奥様?はじめまして。私は」
「あ、あ、あなたまさか…」

挨拶もそこそこに若奥様はいきなりこちらを指差してきた。お、なんだなんだ?
若奥様の次の言葉を待つが、口を開けたままで何も出てこない。どうしたんだろう、と首を傾げれば若奥様の目がこちらに向いた。ばっちりと目と目が合った瞬間、悲鳴に近い大きな声を上げた。

「って、何よ、その子は!?」
「え?私の娘ですけど」
「子供がいるの!?」

いちゃいけないのか。
今日来ちゃいけないパターンだったの?と母に視線で訴えるとほぼ同時に若奥様がキッと眉を吊り上げて「あんた幹雄ちゃんの愛人なんでしょ!」と言った。
見当違いにも程がある発言に「はあ!?」と私達の声が揃う。はあ…?

「そんなわけないでしょう。何か勘違いされていません?私とこの子は」
「うるさい!この…泥棒猫!!何しに来たのよ!帰りなさいよ!」

私、日常で泥棒猫って言葉聞いたの初めて。
ブチ切れたのか、若奥様はこちらの言い分も聞かずに早口で捲し立てる。

「もうわかってんのよ!あんたが幹雄ちゃんの愛人だってことは!子供まで連れてくるなんて最低!どうせ遺産目当てなんでしょうけどね、あんたたちに払う金は一銭もないからね!」
「だからァ!!違うって言ってんでしょ!話聞きなさいよ!」
「ママ、ここが私の本当のパパのお家なの?」
「さっちゃん悪ノリはやめなさい!ややこしくなるから!」

迫真の演技を披露したら久々に母から拳骨をくらった。この昼ドラ展開に参加しなきゃいけないって私の中の女優DNAが騒いだんだもん。
その時、奥の方からパタパタとこちらに向かってくる足音が聞えた。若奥様がかなりヒステリックに騒いでいたのできっと家中に聞こえたんだろう。
執事さんが止めに来てくれたのか、と思いきや現れたのは意外な人達だった。その姿を見て、母がぽかんとする。

「あら…英理…」
「有希子……」

駆け付けたのは蘭ちゃんと江戸川さんと蘭ちゃんのお母さん。
おばさんを見たのはかなり久しぶりだったので一瞬わからなかった。あれ、ここん家って離婚したんじゃなかったっけ。まだ別居中だっけ?
子供を置いてけぼりで手を取って再会を喜び合う母達。どうやら二人が会うのも10年ぶりらしい。母がおばさんに「最後に会ったのは小五郎君と別れる前」というとおばさんは「まだ別居中」だと答えたのでやっぱりまだ離婚はしていないみたいだ。
しかし良い歳したおばさん二人がプリンセスだとか何とか言って盛り上がっているこの状況は何だ。なんかよく分からないので蘭ちゃんに聞いてみるとこの二人は20年前帝丹高校で行われた伝説のミスコンで優勝を争ったことがあるプリンセス(母)とクイーン(蘭ママ)だったっぽいと教えてくれた。
二人とも当時から有名人で騒ぎを聞きつけたファンが日本中から押し寄せ、結局ミスコンは中止になったので勝敗はついていないんだとか。だからそれ以来ミスコンやってないのか。ていうか江戸川さんがいるってことは幹雄ちゃん(58)多分死ぬなこれ。

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