振り返れば奴がいる

江戸川さんが小学校に通い始めてから暫くして、明日は古紙回収の日だとハウスキーパーさんが言っていたことを思い出し、溜まっていた新聞を何気なく手に取ると一面に蘭ちゃんのお父さんが載っていることに気が付いた。
またまた難事件解決!!名探偵毛利小五郎という見出しにピースをして写るおじさんの写真を見て、どういうことかと首を傾げる。

おかしい……あの人の推理力は私と大差ないはず……、とまでは流石に言わないが名探偵として新聞に載るほどの腕はなかったと記憶している。
ある日突然推理力が上がるなんてありえない。考えられるのは誰かが故意におじさんを名探偵にしている、ということだ。
そんなことが出来るのは最近探偵事務所に転がり込んだあのお兄ちゃん気取りの江戸川さんしかいない。

「それで気になって来ちゃったんだけど、これってどういうこと?」
「いや、気になるなら直接新一に聞きに行けば……何故ワシの家に?」
「近いから」

新聞片手にそう答えると隣の家のおじさん(52)は呆れた顔を見せた。歩くのが面倒なんだよ、そんな顔しないでくれ。
それに江戸川さんと昔から親しい博士ならこの件についても何か知っていると確信しているから来たのだ。
実際私の考えは当たっていて、話を聞けば博士が発明した犯人追跡メガネや蝶ネクタイ型変声機、時計型麻酔銃などを駆使して江戸川さんが陰から事件を解決していき、それらを全ておじさんが解いたようにして毛利探偵事務所の名を上げ、依頼が舞い込むようにして自分達の欲しい情報を手に入れようという作戦らしい。

「欲しい情報って何?」
「ほれ、話したじゃろ?新一の身体を小さくした怪しい黒ずくめの奴等のことを……」
「ああ、バットの使い手の…」

お兄ちゃんが消えた次の日、博士が教えてくれたことを思い出す。あの話本気で言ってたのか。

「その黒ずくめの男達に会ったぜ」
「おお、噂をすれば……ってなんと!?」
「江戸川さんじゃん」

突然会話に入ってきた声の方を向けば腕を組んだ江戸川さんが立っていた。
ランドセルを背負っているので学校帰りらしい。うん、馴染んでる馴染んでる。
立派に小学生をやっている彼の姿に、これは認めざるを得ないなと頷く私を無視して、博士と江戸川さんが話を進める。京都に行くため新幹線に乗っていたら、例のバット使いが乗り込んできたそうだ。
怪しい二人のコードネームも分かったそうで、もうちょっとで新幹線爆破の危機だったと語る江戸川さんは、自分が掛けている眼鏡を取ると博士にお礼を言った。

「役に立ったぜ、博士の盗聴器」

眼鏡持って何言ってんだこいつ。
訳が分からない私のために博士が解説してくれた。ツルの部分がそれぞれ盗聴器と集音器になっているらしい。すごい、もうなんか手段選ばないんだな。確かに便利だけども。
丁度良いので先程聞いた他の発明品も見せてもらうことにした。手に取って見ていく中で、私が特に気になったのは時計型麻酔銃だ。

「これのおかげでおっちゃんを眠らせるのも楽になったぜ」
「え、そんなによく眠らせてるの……?」
「ほれ、そこの記事にも書いてあるじゃろ。毛利探偵はまるで眠っているかのような姿で、と。麻酔針で本当に眠らせているんじゃよ」
「それで後ろから俺がこの変声機を使っておっちゃんのフリして事件を解決してんだよ。まあ、腹話術みたいなもんだな」

なんかとてもやばい話を聞いている気がする。
眠らせて後ろからって、これは本当に日本の話なのか?さらに使用する麻酔針は象が30分は寝ている程強力なものだと聞き、ぞっとした。

「そんなのバカスカ打って大丈夫なの?中毒とか……」
「異変が出たらすぐにやめるって。でもそこまで影響はないだろ、博士」
「どうなの博士」
「うん?安心せい、地球にやさしい素材でできておる」
「そういう話じゃない」

阿笠博士は人数分のお茶とお菓子をカチャカチャ音を立てて用意しながら言った。
途中から話聞いてなかっただろこのオヤジ。

「じゃあさ、この先おじさんに免疫とか出来て麻酔が効かなくなったらどうするの?」
「その時はもっと麻酔を強力にしてもらうか、あんまやりたくねーけど殴って眠らせる」

殴りかかる動作をしながら答えた江戸川さんは悪魔のようだった。
ダメだこいつ…早く何とかしないとおじさんが殺される…。薬殺か撲殺かどっちかでお亡くなりになる…。
この時、私は決意したのだ。おじさんを救うためにも江戸川さんに協力してあげようと。

***

あれから気になってアニメも観られないのでおじさんの様子を探りに探偵事務所に顔を出すと蘭ちゃんと江戸川さんと他に見知らぬ小学生が三人いた。
多分、見た目からして江戸川さんの同級生だろう。入口で困っていたら蘭ちゃんが手招いてくれたのでとりあえずお邪魔した。おじさんは留守だと言う。
蘭ちゃんの横に立つ私に、子供たちの遠慮ない視線が注がれる。カチューシャの女の子が江戸川さんに「可愛いお姉さんだね」と言ってくれたのが聞こえたのでドヤ顔をしていると一番体の大きい十円ハゲの男の子が口を開いた。

「おめー誰だよ」

ええ、口悪すぎるだろお前こそ誰だよ。

「この子はさっちゃんよ。私の友達なの」

容赦のない問いかけに怯んで蘭ちゃんにぴとりとくっつくと彼女が代わりに答えてくれた。
このお子様たちは江戸川さんと同じクラスの子達で、10円ハゲの子が小嶋元太君、そばかすのある男の子が円谷光彦君、私を褒めてくれた女の子が吉田歩美ちゃん。

「なんだ江戸川さん、学校生活楽しんでるじゃん」
「うるせー」

近づいて、小さな声でからかうように言うと江戸川さんは嫌そうな顔で返した。
それを見た歩美ちゃんが私達を交互に見てから江戸川さんに尋ねた。

「コナン君もさっちゃんとお友達なの?」
「「いや、別に……」」
「もー、まだ距離縮まってないの?二人して声揃えなくてもいいじゃない」

揃って否定した私達の肩を蘭ちゃんが叩いた。我々は友達ではない。

「よくわかんねーけどコナンの友達なら俺達の仲間にしてやってもいいぜ」
「有り難い話だけど友達ではないので」
「さっちゃんも今度一緒にお化け退治に行こうよ!」
「いやー、オカルトに興味ないので」
「本当に不気味な屋敷なんですよ!でも僕達が一緒なら大丈夫ですから行きましょう!」
「ちょっと行かないなー」

三人に囲まれ、自分達がいかに頼りになるか語られる。
なんでも先日イタリアの強盗団を捕まえたらしい。す、すげえ…ハイレベルすぎるわ…。
子供の口からそんな話を聞く日が来るとは聞くと思わなかった。
何となく負けた気分になって、何か自分にも自慢できる話がないか頭の中で探すが、イタリアの強盗団に勝てるエピソードは見つからなかった。強すぎる。

「ま、参りました…」
「おう、弟子にしてやってもいいぜ」
「はあ、よろしくお願いします小嶋先輩…」
「じゃあ今日は親交を深めるために皆で帰りましょう。さっちゃんさんの家はどの辺りなんですか?」
「二丁目の21番地です、ミッチー先輩」
「え?それ、エトウさんのお家と同じじゃない?」

家を教えるとあゆみん先輩が不思議そうに言った。エトウ?
疑問符を浮かべていると今まで黙って成り行きを眺めていた江戸川さんが「だから、それは…」と話に割り込んできたが、それよりも小嶋先輩の声の方が大きかった。

「じゃ、じゃあ…!お前もしかしてエトウか!?」
「いや、工藤ですけど」

誰だ江藤って。
間違いだったかなー?とあゆみん先輩が首を傾げる。彼らの話では二丁目21番地に住人が魔物に喰われた不気味な屋敷があるらしい。マジかよ超怖いな。戸締りちゃんとしとこう。


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