皮膚の下の頭蓋骨

「これからはいつも以上に気をつけなさいよ、変なのがいるみたいだから」

幹男ちゃん事件の翌々日、そう電話で言い残して母は帰って行った。何の話かと思ったら、母の運転する車が尾行されていたらしい。
正確に言うとその車には江戸川さんと哀さん、ついでに小嶋先輩ら愉快な仲間たちも乗っていた。なんでそのメンツで車に乗っていたかというと女優のコネでお子様たちに仮面ヤイバーの試写を観せてあげようとしたんだとか。
歩く災厄の江戸川さんと元バット組織の哀さんが揃っていて尾行というなら、相手はバット関連か母の熱狂的ファンのどちらかだろうか。
どちらでも私には無関係…とは言い切れない関係性(血縁)なのでとりあえず神妙な顔で頷いておいた。警戒してます!って態度でいないと外国生活が待っているからだ。

さて、警戒生活開始2日目、大好きな日曜日を迎えた私は、哀さんが熱を出したと聞いてお見舞いのために阿笠博士の家へ来ていた。
昨夜から苦しんでいるかわいそうな哀さんのために、何か滋養のあるものでも…と思ったが何も見つからなかったので、一昨日ようやく完成させたリコーダーケースを見舞いの品として持って行った。作り方を調べて見様見真似で作ったがこれが中々良い出来なのだ。やればできるもんだな、私ってばセンスに溢れすぎ。

「で、なんで江戸川さんがいるわけぇ」
「なんだよ、俺が来ちゃ悪いのかよ」

悪いよ。人が死ぬもん。
他人を巻き込むタイプほど性質の悪いものもないだろう。口には出さず、むっとする私に顔を顰める江戸川さん。
「仲良くせんか」と困ったように言う博士に、咳が止まらない哀さん。
予想以上に苦しそうな姿を見せながら、彼女は例の尾行者たちの件を心配していた。家が知られたら…と危惧する哀さんを安心させるような言葉を江戸川さんがかける。
とにかくこのまま寝かせているより医者に診てもらったほうがいいだろうという話になり、東都デパートに日曜でもやっている病院があるのでそこへ行ってみることにした。

博士の愛車で向かいながら連絡してみると病院は2時間待ちとアトラクション状態になっているようなので予約だけしてその間に昼食をとることになった。レストラン街に玉子粥が絶品というお店があるらしい。
地下駐車場に車を停めると江戸川さんが降りるとき哀さんに手を貸そうとしたがめちゃくちゃキレられてた。
代わりに私が降ろしてあげようとしたら、向かいに停まっている4台のポルシェを見て、哀さんは「気分が悪いから診察の時間まで車で待つ」と一人残ることになった。どうやら例のバット組織の奴らの車がポルシェなんだとか。
バット使いってポルシェに乗ってるんだ。免許を取ったらお父さんにポルシェを買ってもらって乗り回そうと思っていたのだが、やめることにした。哀さんが怯えちゃうから別の車にしよう。

***

「Heyクールキッド!お久しぶりですねー!」
「ジョ、ジョディ先生…」

まっすぐお目当ての玉子粥の店へ行けば想像以上の大行列で、ここに並ぶの〜?と不満を漏らす私たちの後ろから見知らぬ外国人女性が明るく声をかけてきた。なんだこの陽気な外国人は。
彼女と一緒に蘭ちゃんと園子ちゃんまでいる。女性の名前はジョディ・サンテミリオン。帝丹高校の英語教師で、二人と仲が良いので今日は一緒に話題の玉子粥を食べに来たんだとか。そういえばエロい女教師が赴任してきたってちょっと前に園子ちゃんが言っていたような。
博士と江戸川さんは先生と面識があるらしく、私だけ軽く自己紹介をして立ち話をしていたら、今度はテレビの中継がやってきた。この行列に並んでいる人達にインタビューをしているようだ。うっそー、私テレビはNGなんだけど!
リポーターがすぐ近くまで来たので慌ててこのメンバーの中で一番背の高く、なおかつ目立つ外見をしているジョディ先生の後ろに隠れる。

「さっちゃん?どうしたんですかー?」
「あんまり目立つの得意じゃないのよこの子、この見た目でさ」

不思議そうに問いかけてきたジョディ先生に、私の代わりに園子ちゃんが答えた。だってだってー!テレビに映っちゃうとこの美少女は一体…!?ってなっちゃうじゃん?視聴者も業界人も騒然じゃん?そしたら大手芸能プロダクションにスカウトされるじゃん?バックボーンもバレて大物2世でデビューするじゃん?映画CMドラマで引っ張りだこになっちゃって!?人気になりすぎてファンクラブとかできちゃうと困るしぃー!石油王とかに求婚されたら大変だしぃー!
とまあ、賢い私はここまで軽く予測できるわけだ。ぶっちゃけ過去に母とテレビ(国内外問わず)に出演したことが数回あり、私のことを知ってる人は知っているので今更なのだが。ちらりと先生の陰から顔を出すとクルーがすぐそばまで来ていて、私の代わりに江戸川さんがインタビューを受けていた。
何を言うのかと思えば「人がいっぱいいるから帰る」と消極的なコメント。蘭ちゃん達に短く別れを告げるとお姉ちゃん行こう!と手を引っ張られる。え、マジで帰るの?

「どうしたんじゃ急に…」
「私は別に並んでもよかったんですけどー?」
「お、おい、新一君?」
「江戸川さーん?」

ガン無視ダッシュ!!私と博士の問いかけに一切応えることなく江戸川さんは駐車場を目指して走っていた。後を追う私たち。
不思議に思いつつ、博士の車まであと少しという所まで来た時、駐車場内に悲鳴が響いた。例のポルシェの持ち主の一人が、首を絞められて死んでいたのだ。
なるほどね、自分が死神だから犠牲が出る前に早く帰ろうって言いたかったのね。手遅れだったね…。

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